番外編2(パロディ)-5


「昭宏」
 呼ばれたが、振り向かない。
 スポーツニュースを見ていると、俺の足の間に腰を下ろした。
 視界は遮られないが、下をちらつく黒髪が気になって鬱陶しい。
「髪」
 ぽたぽたと雫をたらしたまま振り返り、そう強請る弟。
 この俺を顎で使おうたぁいい度胸だ。
 また殴ろうか、それとも締めてやろうかと考えたが、それより手にしたアイスに閃いた。
 半分減ったカップアイスを手渡す。
 コイツは甘いものが嫌いだ。
「食ったら、拭いてやる」
「......」
 嫌がってどこか行くかと思いきや、無言で食べ始めた。
 思惑が外れて、思わず眉を潜めてしまう。
「かみ」
 スプーンを咥えながら、振り返って見上げてくる馬鹿。
 その首筋を、つうっと水滴が伝った。
 ......。
「前、向いてろ」
 ちっと舌打ちして、弟の姿を見ないままがさがさと雑に拭いてやる。
 湧き上がった欲求が落ち着いて、ふと視線を下げると、カップアイスを食べる智昭の手が目に入った。
 少し伸びた爪。
 一度目に入ると、気になってしょうがない。
 適度にタオルで髪を拭いて水分を取ると、俺は智昭の背を蹴った。
「爪切り」
 すると、すぐに動いて小箱の中から爪切りを取ってくる。
 また俺の足の間に座ろうとするので、テレビを消して向かい合うようにソファーに座らせた。
 間にティッシュを取って置いて、俺の手より小さな手を取る。
「末端も成長しねえなお前」
 手元を見て呟くと、僅かに智昭の影が揺らいだ。
 顔見りゃ言いたいことはわかるが、生憎と今は手を見ているせいで何が言いたいかわからない。
 パチンパチンと、伸びた爪を切る。
 静音。
「お前、なんで戻ってきたんだ」
 無言でいることが落ち着かなくて、俺は聞きそびれていたことを尋ねた。
 パチン。
「枕が、合わなくて」
「は?寝具全部持ってったろうが。つか連絡しろよ気がきかねえなボケナス」
 パチン。
「......リビング、汚なかったぞ」
「入らなかったんだ。掃除もしねえよ」
「なんで」
 パチン。
 小指の爪を切り終わって、やすりを軽くかけてやる。
「ね、なんで」
 無視していたのに、馬鹿は俺の顔を覗き込んできた。
 リビングは晩酌するのによく使った。ニートをよく付き合わせた。
 人の温もりのないリビングになんて入りたくない。......とは、なんとなく言いがたい。
 ......これじゃ俺がホームシックにかかってるようなもんじゃねえか。
「おら、寝ろ」
 しつこい弟の頬をぱちっと軽く叩くと、俺は立ち上がった。
 何か言いたげな眼差しの智昭を置いて、歯を磨くために洗面台に向かう。
 その最中に、改めてちょっと大事なムスコに体調を聞いたが、答えは『NO』だった。
 くっそ。あんな飲むんじゃなかった。
 ぽやぽやしたボケが傍にいるってのに、アルコールで不能とは歯がゆい。
 大きくため息をついて、寝る支度を整えてから部屋に向かう。
 リビングには居なかったから、もう寝たのだろうと階段を上がると、智昭は自分の部屋の前に座り込んでいた。
 生乾きの髪を弄っていた弟は、俺に気付いて視線を上げる。
 じいっと見つめられる前を、俺は通り過ぎた。
 強い眼差しは俺を追いかけてくる。
 ドアを開けたところで居た堪れず尋ねた。
「なんだよ」
「布団、ねえ」
「は?」
「今日、向こうで出してきたから、布団ないんだけど」
「......」
 ベッドの骨組みだけは残していたが、マットも布団も一式持って行っていたことを思い出す。
「寒い」
 床に座った智昭は、ぼんやりした顔のまま手足を擦り合わせた。
 成人しても幼い表情を見せる弟。つい、手を出したくなる。
 ......別の意味でも手を出したのは、ついこの間だ。
「昭宏」
 掻き抱いた過去を思い出していると、立ち上がった智昭がひんやりとした手を俺の手に重ねた。
 チッ。もう冷えてやがる。
 内心がイラつくのと同時に、どうしようもなく、欲しくなる。
 やっぱ挑発してんなコイツ。
 じろりと見下ろすと、智昭は僅かに首をすくませた。
「お前、なんで帰ってきた。......2人きりなんだぞ」
 口外に性的なことを匂わすと、智昭はそっと視線を下げる。
「母さん、と父さん。......なんか」
「もたつくな、簡潔に言えボケ」
「仲、良くて、新婚ぽくて、居にくかった、し。......それに、その」
 俺の催促に不機嫌そうな口調で、智昭は早口で答えた。
 ぎゅっと、強くなる智昭の手の力。
 後半は聞くつもりはなかったので、遮る。
「そのぐらい我慢しろよ」
「ッ」
 軽く小突くと、足を蹴られる。
 そのまま小突きあいながら部屋に入ると、珍しく智昭が生意気そうな眼差しで睨んできた。
「俺、来ないほうが良かったのかよ」
 まるで俺のために戻ってきたといわんばかりの口調に、俺は目を細める。
「俺は、会いたかったのに!昭宏は違うのかよ」
「そうだな」
「ッ......わかった。明日もど」
 即答した俺は、戻ると言いかけた智昭の腹を掴んで、ベッドに放り投げる。
「立てたら帰れよ」
「な、......え?」
 起き上がろうとした智昭の肩を押さえて身体を跨り、早急に服を脱がした。
 きょとんとした智昭の後頭部を引っつかみ、仰け反らせて薄く開いた唇に自分のものを重ねる。
 ......あーくそ甘い。
 柔らかい唇と舌を味わって、冷えた足に自分の足を絡める。
 手も冷たい。
「は......っう」
 軽い音を立てて唇を離すと、俺は息が上がった状態の智昭の頬を手の平で撫でた。
 呼吸が落ち着くのを待って、額を合わせてやる。
 無言で見つめると、ふにゃりと智昭の顔に笑顔が浮かんだ。
「嬉しいなら嬉しいって、言えよ」
「は。誰が」
「昭宏」
「脳みそ腐ったこと言ってんじゃねえよ」
 威嚇するように低く告げて首筋に噛み付くと、その喉元が震えた。
 智昭の癖に、笑いやがった。......可愛くねえ。
「俺、アルコールで勃たねえから。おわんねえぞ」
 出すもの出せればと思うが、俺も辛いがそれに付き合わせられるコイツは、たぶんもっと辛い。
「ん」
 素肌に手を滑らせながら耳元で囁くと、智昭は小さく頷いた。
 ので。

 俺はがっつり虐めてやった。

 加虐とも言えるような快感攻めを止めたのは、明け方近くにもう出ないと訴えて弟が意識を飛ばした後。


「......」
 俺らしくないのは重々承知だが、智昭は意識がないから構わない。
 そっと額に張り付いた髪を分けて、優しく優しくそこに口付けを落としてやった。


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