9月-2


 翌朝。
 兄はいつも通りの態度だった。
 偉そうに俺を顎で使い、いつものように俺がいってらっしゃいのハグをすると変わりなく出て行った。
 散々考えて、もう一度お願いしてみようかと思ったけど、あまりにも平然としているから言い出せなかった。
 ......どうしよう。
 手作りの品物、なんてことも考えてみたが、どう考えても俺は器用じゃない。
 料理は多少するが、普段だって作ってなにかとヤツには食わせているから、特別変わったプレゼントじゃない。
 どうせなら、心に残るものをあげたい。
 それはなにかずっと考えていたけど、あとは一つぐらいしか思い浮かばなかった。
 おそらくヤツは喜んでくれるだろうけど、いまいちチープなプレゼントだ。
 はあ、とため息を付いて、俺はその日一日を過ごした。
 夕方になって、まず母の帰宅。それから父。
 夕飯は三人で食べて、俺は夜の10時前になると家を出る。
 殆ど毎日同じ時間帯に外出する俺に、最初不思議がってた両親も、今では笑顔だ。
 母は、「またお友達連れてきてね」なんて言い、「紹介してくれ」と父は笑った。
 連れて行くのは別にいいけど......こういう関係になったあとであいつを両親に会わせるのは、なんか気恥ずかしい。
 気にしなけりゃ、いいんだろうけどな。
 コンビニまでぷらぷら歩いて、駐車場でいつものように待つ。
 最近は夜もそんなに暑くないから、俺は七分袖のシャツだ。
 しゃがみ込んで、プレゼントのことをどう伝えようか考えていると、コンビニ店員が飛び出してきた。
「お待たせ」
 出てきてもすぐに立とうとしなかった俺に合わせるように、男はしゃがみ込む。
 にこにこと微笑むコンビニ店員。
 俺の前ではいつも笑顔だ。
 その顔を見つめながら、俺は立ち上がった。
 ここじゃあ明るいし、人もいるから早く行こう。
 そういう思いを持って、男に手を差し出す。
「ともあきさん、なんか眉間に皺寄ってるよ」
 俺の手を握って立ち上がったヤツは、人差し指でぐりぐりと俺の眉間を押した。
 ヤバい。俺表情に出てた?
 はっとして手を頬に添え、ヤツから視線をそらす。
「やなことでもあった?」
 相変わらず察しがいい野郎だなこいつ。
 俺はなんでもないと言うように首を振って、歩き出した。
 男もすぐに俺の脇に並ぶ。
 コンビニの光が届かなくなって、街灯もまばらな住宅街に差し掛かって、ヤツは俺の手を握った。
 指を絡めてしっかりと握られる。
「ようやく過ごしやすくなって良かったね。俺蒸し暑いの嫌い」
 俺の様子が変なことには気づいているのに、それは口に出さないでくれる。
 たわいない話をしながら、二人で公園に向かった。
 トンネルの中で、二人で座って話をする。
 そのときに、切り出せばいいのかもしれない。
 あそこに二人でいると、......最近俺、変な気分になるし。
「今日は、ともあきさんここね」
 薄明かりだけが差し込むトンネルの中。
 いつもなら並んで座るのに、コンビニ店員はそう言って俺を自分の足の間に座らせた。
 背中から抱きしめられる体勢。
 これだと、視線が合わない。合わない方が、反応がわからなくていいかもしれない。
「で、どうしたの?」
 そっと耳元で囁かれた。
 変な気持ちを煽るような熱くて蕩けそうな声じゃなくて、俺を心配した声色。
「誕生日」
「うん。俺の誕生日、もう少しだよ」
 これで1歳俺に近づくと、男は小さく笑った。
 案外、年の差を気にしているんだろう。
 それは俺だって同じだ。
 年上なのに、不甲斐なさ過ぎてへこむ。
 俺は意を決して言葉を紡ぐ。
「お前に、プレゼント、したくて......」
「俺に?」
 驚いた声が上がる。
 ちくしょう。こいつやっぱ俺からのプレゼントなんて、少しも期待してねえな。
「ん。......けど、あげられるものが、なくて」
「いいよ別に。気持ちだけで十分だって」
 優しげな声。けど、俺が嫌なんだよ。気付けボケ。
「だ、だから......」
 どくどくと鳴り響く心臓のせいで、俺はわずかに震えてしまう。
 喉が乾いて、なにもしてないのに涙が出そうになる。
「ともあきさん?」
 耳元で名前を呼ばれて、俺はぎゅっと拳を握った。
「俺、を、貰ってくれる?」
 低くなった俺の声が、わずかにトンネルの中に反響した。
 直後、沈黙が続く。
 あ?返事がねえぞ。
 おそるおそる俺を抱きしめるヤツの様子を伺うと、微動だにせずに固まっていた。
 言い方、変だったか?
 そう考えて、まるで男の俺を嫁に貰え、というようなニュアンスにも取られかねないことに気付く。
 違う。えと、そんな重いことを言いたいわけじゃなくてだ。

「俺のこと、好きにしていいから」
 ......って、これも駄目か?
 んー......。
「お前が嫌じゃなければ、俺とせっ......」
「だああああ!!それ言っちゃ駄目!」
 急に俺の言葉を遮ると、ヤツは間近で見上げていた俺の口を慌てて手で塞いだ。
 これって、もしかして......俺拒絶された?
 さあっと顔から血の気が引く。
 そんな俺に気付かないで、男はさっきまでの沈黙が嘘のようにまくし立てた。
「急に話し出したと思ったら、そんな俺の理性を煽るようなことばっかり言うんじゃねえよ!こっちはただでさえいっぱいいっぱいだってのに!」
 非難するような口調のヤツに、俺は思わずびくつく。
 絡み合う視線。コンビニ店員は怒ったような表情だ。
 俺は悲しくなって目を逸らした。
「い、嫌なら、そう言えよ」
 俺はヤツの手を剥がして、そう言って立ち上がる。
 気持ちは好きでも、身体まではさすがに嫌なんだろう。
 先読みばっかりしすぎた俺が馬鹿だったんだ。
「ああもう!」
 離れようとした俺の腕を掴むと、男は砂利のあるトンネルの地面に俺を押し倒した。
 いっ......てえぞこら!
 背中と後頭部をぶつけた俺は、男を睨みあげる。
 が、ぎらぎらした瞳を受けて俺は竦んだ。
「俺が嫌なわけ、ねえよ。俺はともあきさんを抱きたい」
 直接的な言葉に、俺の鼓動が跳ね上がる。
 まるで肉食動物のような目の光は、欲情の現れだ。
「だったら......」
 俺の声は掠れた。
 だったら、お前の好きなようにすればいいだろう?
 眼差しの訴えに、男は苦しそうな顔になる。
「嫌なのは、ともあきさんの方だろ」
 見透かされた。咄嗟にそう思った。
 ぎらつく瞳が閉じられる。
 ぽすんと俺の胸に、やつの頭が落ちた。
「今までだってせいぜいキス止まりで。最近ようやく上半身触らせてくれるようになったぐらいじゃねえか。......あのね。セックスするとなったら、今までと比べ物になんないぐらい、俺凄いことするよ」
 ぼそぼそと話す声が、身体に響く。
「が、我慢する」
 変態なんて罵ったりしない。逃げようとなんてしない。
 震える俺の声をどう思ったのか。ヤツが笑った。
「据え膳ってやつ?けど俺、好きな人に我慢させてまで、無理に抱きたいなんて思わないんだけど」
「けど......」
 それじゃあ、俺、てめえになにもやれねえじゃねえか。
 俺自身も貰ってもらえなかったら、俺はなにをあげられるんだ。
 顔を手で覆って、喚きたいような荒れる気持ちを押さえ込む。

 仕方ねえな。なにもない俺が、悪い。

「ともあきさん」
 すっげえ、情けねえの俺。
「ともあきさん。俺を見て」
 落ち込んでいる俺に、ヤツの声が染み入るように聞こえた。
 そっと指の合間から男を見ると、指先にキスをされる。
「俺にくれるんなら、時間をちょうだい。ともあきさんの時間」
 え?
「好きなんだ。本当に。......だから一緒にいるために、ともあきさんの時間を俺に頂戴」
 ぎゅっと抱きしめられる。
 苦しいぐらい強く。
「その時間の中で、ともあきさんが俺のことをもっと好きになってくれたら、俺、ともあきさんの心も身体も貰うから」
 ......結局は、今まで通りそばにいればいいって、そういうことだけど。
 俺にあげられるもんがあって、ヤツが欲しいって言ってくれたことが嬉しかった。
 暗がりで俺が頷くと、ヤツは優しいキスを落としてくれた。


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