そのさん-1

 次の日から、自由はなかった。
 送り迎えを念に押され、朝は博也の自宅まで迎えに行き、一緒に登校する。
 昼休みには、博也が買ったパンを与えられた。
 放課後は放課後で、今まで以上に連れ回される。
 今までと違うことは、他人がいても春樹に対して横暴に振る舞い、そしてどこにでも連れて行きたがるようになったことだ。
 博也とつるんでいた面々は、急に入ってきた春樹に興味を示したようだったが、それも博也が蹴散らすと黙って眺めるだけになった。
 春樹に対して、声を掛けてくるものは殆どない。
 上機嫌で話の中心にいる博也とは対照的に、春樹は貝のように押し黙ったまま一歩離れたところにいることが常となった。



「あー、あーあ!」
「だっせえ!あとちょっとだったのに」
「うるせえよ!もう一回やったらぜってえ取れる!」
 博也は、春樹を連れて友人と供に、駅近くのゲームセンターに遊びに来ていた。
 日も暮れて、すっかり夜だ。
 春樹としては家に帰って今日の授業の復習でもしたいところだが、博也の許可がない限りつき従うしかない。
 面倒だが、変に反抗するよりよほど気が楽だと、春樹は思っていた。
 人前では、黙って傍にいる分には、博也は特に春樹に絡まない。
 UFOキャッチャーに興じる博也とその友人。
 店員の目を盗み、時折台を揺らしたりして景品を取ろうとしては失敗していた。
 一際騒ぎ立てる高校生に顔をしかめるものもいれば、知り合いなのか混じっていく別の学校の高校生もいる。
 春樹はぼんやりとそれを眺めて立っていた。
 こんな時も、博也は春樹を無理に話の輪の中に誘わない。
 春樹はただぼんやりしているだけだ。
 本人は早く帰りたいな、とか、夕飯は何にしようか、などとくだらないことを考えているだけなのだが、ガタイの良い外見と端整な顔で無表情でいるせいで、更に敬遠されていることなど気づきようもない。
 その日も、飽きた博也が解散を言い出すまで、春樹はただ意味なく時を過ごすつもりだった。
「あれ、春樹くんだ」
 名前を呼ばれて振り向く。
 そこにいたのは、制服に身を包んだ茶色の巻き髪の少女。
 春樹や博也とは別の学校の女子高生だ。
「わー久しぶり!春樹くん、ここら辺で遊んでるの?」
 嬉しそうに微笑んだ少女は、嬉々として春樹の視界に入り込んできた。
 視線の端で捕らえている博也は、UFOキャッチャーに夢中で春樹のことなど当に忘れているようだ。
 それを確認してから春樹は、目の前の少女に改めて焦点を合わせた。
 くるりんと上がった睫に、濃いアイメイク。唇はてらてらとグロスが塗られている。
 誰だ。
 親しげに話しかけてきているからには、一度は話したことがあるのだろうが、春樹の頭の中からは綺麗さっぱり消えてなくなっていた。
「マジ会えてよかったあ。春樹くん携帯持ってないでしょ?博也に春樹くんのこと聞いても、返信くれないんだもん」
 少し膨れた表情になる少女。
 なんだ。博也の知り合いか。
 納得した春樹は、景品が取れずに騒いでいる博也を指差した。
「博也なら、そこにいるから会ってきたらどうだ」
「違うって。あたしが会いたかったのは春樹くん」
 上目遣いに見つめながら、女子高生はぎゅっと春樹の手を掴んできた。
 爪を彩るネイルアートを見て、凄いと手をじっと見つめた。
「春樹くん、暇なんでしょ?あたしとあそぼ」
 爪がどんな構造になっているのか気になって、少女が甘い声で囁くのも耳に入らない。
「凄いな」
「え?」
「いや、爪が凄いなと思って。で、なんだって?」
 すっと視線を上げると、女子高生は頬を赤らめた。
 春樹は少女が意外に傍にいたことに内心驚いて、そっと手を引いて半歩下がる。
「見てたけど博也、春樹くんのことずっと放ってるじゃん。ねえ詰まんないでしょ。あたしと遊ぼうよ」
「いや、俺は......」
「春樹ッ」
 鋭い声で呼ばれて、春樹は視線を向ける。
 ぎろりと睨むような眼差しをした博也が、大股で近づいてきていた。
「何してんだよお前」
「何も」
 ただここに居ただけだ、と見つけ返すと、博也の視線が春樹の前に立つ少女に向けられる。
「ゆりなちゃん、ひさしぶりぃ。で、こいつに何の用?」
 眼差しは幾分和らいだが、その代わりに不機嫌なオーラが増していた。
 遠巻きに見ている博也の友人は、近づこうともしない。
 肩を竦めて、何かを囁きあっているだけだ。
「何って......博也、春樹くんと全然会わせてくれないじゃんッ。だからあたし」
「あーはいはい。ごめんねえ。こいつ忙しいんだよ。......真吾ッ」
 由利奈が言い募ろうとしたのを遮り、博也は振り返りながら友人を呼んだ。
「あーい」
 呼ばれたのは、制服さえ着ていなければホストと見間違えそうな外見の男だった。
 アッシュグレイの髪色を地毛と言い放ち、ワックスで遊ばせている。地黒の春樹とは違い、焼いた健康的な褐色の肌の持ち主だ。
 博也とはクラスメイトで、何かとよくつるんではいることを、春樹はここ最近知った。
「ゆりなちゃんはぁ欲求不満だからぁ。......お前遊んでやれよ」
 低く命じた博也に、真吾は軽く肩を竦めた。
 他の友人たちも、やれやれと言わんばかりの態度をしている。
「なにそれ!酷くない?」
 例えられた言葉に憤慨した由利奈が博也を睨んだ。
 そんな少女を腕を、真吾は掴んだ。
「あーごめんねえ。ゆりなちゃんっての?良かったら俺らに構ってよ」
「離してよ!なによあんたたち」
「まーまー。暇なんでしょ?プリクラ撮ろうよプリクラ」
「アイス、奢ったげるよー」
 他の友人も一緒になって由利奈を囲む。
 その異様な状態に、春樹は僅かに眉をしかめた。
「ひろ」
「お前は、こっち」
 呼びかけた春樹の腕を掴むと、博也はにこりともせずに連れてゲームセンターの外に連れ出した。
 無言で歩く博也。強く掴まれた腕が痛い。
「博也」
 名前を呼んでも振り返らない。
 俺、今日は何をしたんだ。
 先ほどまでの出来事を反芻してもわからない。
 ただ、博也の知り合いの女子高生と話をしただけだ。
 博也は、時折このように不機嫌になる。
 こうなると手が付けられない。
 どこに行くのだろうかと考えて、考えたところで何も変わらないと春樹はただ黙って付いて行った。


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