一流のネコ?-2


「がはっ......」
「無邪気と天然。それからどうしても守りたくなるような無防備さを身に付けるんだ。だけど、度を過ぎての誘惑はご法度だよ」
「ぐるじ...っ」
 い、息ができない!
 達樹の腕に爪を立てたところで、喉にかかっていた圧力が消えた。
 げほげほと達樹の胸元に顔を伏せて咽ていると、ぽふぽふと頭を撫でられる。
「君。僕と出会う前より、僕のことが好きになっただろう?たぶんいつもの僕だったら、君は今みたいに押し倒そうなんて考えなかったはずだ」
 静かな声に、俺は涙目になりながら顔を上げた。
 あ、優しい目、してる......。
「人間は、どうしても欲しくなると、何もかも投げ打ってでも手に入れたくなる生き物だから。何するかわからないよ」
 だからそこまで誘惑はしちゃだめだよ?と告げる達樹は、まるで体験があるかのようだった。
 少し、遠い眼差しをしているのは俺の気のせい?
 どうすればいいかわからずに、俺が戸惑っているとすぐににやりとした笑みを浮かべた。
 いつも浮かべている優しい微笑みの印象しかないため、見慣れない笑顔だがその顔も好きだ。
「僕と悟は恋人だから、押し倒してもいいけどね」
 くいっと顎を掴んで引き寄せられる。
 あ。
 触れるだけのキスじゃない。
 開いた唇から出た舌に、俺の舌が絡め取られる。
「んんっ......」
 なにこれなにこれ!
 達樹先輩すっげえ上手い!
 口内を探られ、舌で撫でられ、吸われた舌先を齧られる。
 呼吸困難には陥るまいと、鼻息荒くしていると、ちゅ...と最後に唇を吸って達樹は唇を離した。
 濡れた唇を強調するように、中指の腹で拭ってみせる。
「深いキスは......初めて...?」
 二人きりで傍にいるというのに、達樹はわざわざ俺の耳元で囁く。
「あんま......ない、です」
 うわ。俺めっちゃ恥ずかしくねえ?
 掠れた声でしか答えられず、俺はかあっと顔を赤くした。
 視線を合わせられず、俯いてしまう。
「うん。その顔」
 パシャ。
 ぴかっと達樹が光ったと思ったら、携帯を手渡される。
「......」
 そこにいたのは、もじもじと気持ち悪く俯く俺だった。
「それ見てどう思う?」
「や。普通にキモイっす」
 至極真面目に答えると、僕もそう思うと真面目に返された。
「いや......自分で言うのはいいんだけど、人に指摘されるとへこむ...んですが」
 だったらなんで、キスなんてしたんだと恨めしげに睨むと、達樹はくすくすと笑う。
「その顔が、男どもにはいいんだよ。今度、鏡を見て自分の表情を勉強しなさいね。さっき最初に言いたかったのはそれ」
 つい肌が気持ちよくて言い忘れてたけど、と言いながら達樹は俺の手首を掴んだ。
「?」
「男の恥じる姿なんて、見ていて気持ちのいいものではないのに、おかしいね。......僕だってこうなるんだ。君には素質あるよ」
 達樹は、俺の手を、ぐっと自分の股間に押し付けた。
 ぐりっと、硬い芯が布越しに感じられる。
 それは紛れもなく、達樹の、熱で。
「ベッド行こうか......」
 熱い吐息に乗せて誘われて、俺は達樹から目を離せないままこくんと頷いた。



 達樹に招かれるままに、入った部屋。
 寮の部屋の形はどこも同じ。
 でも、好きな人の部屋はやっぱり格別なもの。
 きっと、シックで大人の雰囲気が醸し出された、なんか特殊な部屋なのだろうと思っていた俺の期待は、ことごとく打ち砕かれた。
「これ、やりすぎじゃないっすか」
「え。みんな僕の部屋に入ると、なるほどねって笑ってくれるんだけど」
 その笑い、失笑じゃなかろうか。
 失礼ながら本気でそう思って、達樹のスペースらしき部分を見た。
 机は普通だ。大人の男女に少し大人びた女性、それから今より若い達樹先輩が映る写真が入ったフォトホルダー。
 四角いペン立て。本立てには使われているのだろう辞書や、難しい文字の書かれた本が並ぶ。
 ここまでは、俺が思ってた達樹先輩のイメージに近い。
 が、一転してベッドは。
「......可愛いもの好き、なの?」
「らしいよ。みんなの思う『月姫』は」
 本来なら、小物や本立てなどを置ける部分になっているベッドボード。
 そこには大小様々のぬいぐるみが並んでいた。
 ウサギにクマ、犬やネコ。キャラクターものなど多種多様。
 うわあ......。
 思わず悪寒にぞくっとなった俺は、無意識に鳥肌の立った腕を撫でていた。
 達樹はそんな俺に構わず、ぽすっとベッドに腰を下ろすと、手近にあったぬいぐるみの一つを手に取り、抱きしめる。
「ぬいぐるみが好きなんて...やっぱり、おかしいかな......?」
 立ってる俺を、達樹はじっと見上げてくる。
 赤い唇がわずかに震え、大きな瞳は伏せられる。
 その瞳を縁取る睫には、なにやら光るものが......。
 な、泣かしたぁーっ?!
「そ、そんなことないです!ほんっと達樹先輩のイメージぴったり!」
「......て言って、みんなくれるんだよ。ほんっと、邪魔だよねえ」
 焦って慰めようとした俺の前で、達樹はぽいっとぬいぐるみを投げ捨て、つっと伸ばした足先で綿の詰まった腹をぐりぐりと踏みつける。
 はあ、と深いため息。
「ははは、たいへんですねえ......」
 抱きしめようと宙に浮いた手は、目的地にたどり着けずにぎくしゃくと元の位置に戻った。
 この人の本心はいったいどこにあるんだろうか......。
「さて、座って。ここから先はもっとも簡単で楽しいレクチャーだよ」
 ぽんぽんとベッドを叩く。
 そうだ。さっきエロい表情でベッドに誘われたんだった。
 まだチェリーボーイと呼ばれてしまう俺だって、それが何を意味するかぐらいわかる。
 いそいそと隣に座ると、達樹はベッドに横になって俺を見た。
「僕の前で服を脱いでみせて、悟」
 甘い声と優しい笑みで俺を誘う。
「はいっ」
 俺は元気よく頷いてベルトを外すと、がばっと一気に下着まで脱ぎ捨てた。
 美人に誘われているのに、躊躇することなんてなにもない。
 俺はうきうきと達樹の腰に手をかけた。
 ベルトを下げるより早く、制服のスラックスのジッパーを下ろす。
「...悟」
 べし。
 底冷えする声と共に、こめかみを叩かれた。
 平手だが、結構強い。
「いたっ、何ですか!」
「何ですか、じゃないよ。下半身から服を脱ぐんじゃない。てか簡単に脱ぐんじゃない。もし脱ぐなら、恥じらいもってボタンを一つ一つ外し......なにしてるの」
 ベルトもボタンも外して、足の付け根の部分から手を入れて、尻を揉む俺の頭を、達樹はまるでバスケットボールを掴むかのようにがちっと掴んだ。
 しかし、その程度で俺は怯まない。
 よくよく考えてみれば、さっきから焦らされているのだ。
 今の俺は野獣!
 ぐっと手に力を入れて、双丘を割り開く。そして指で、男を受け入れる箇所を撫で上げた。
 達樹の身体がびくんと跳ねる。
 わなわなと、達樹の唇が震えた。
「っ......この」
「ぐあっ」
 達樹の長い足で、わき腹を蹴られた。
 咄嗟に腕を下着の中から引き抜いてガードしたけれど、完全には防御できない。
「いっつ~......」
 身体を丸めて痛みをやり過ごそうとするおれの肩に、達樹の素足が置かれる。
 そしてぐぐっと踏みつけられた。
「たつ......」
「手癖の悪い子は、お仕置きだよ。悟......」
 きっちりと身に付けていた制服のネクタイを指でずらし、ぎらっと強い眼光を俺に向ける。
 俺は、ひゅっと息を飲んだ。


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