騙すなら、身内から-1
達樹は言った。騙すのならばまず身内から。
まずは身近な人間に、俺は可愛いお姫様になったのだと認識させなければいけない。
それなら、俺にはうってつけの人間がいた。
同学年別クラス、同室の男。
眞田真宏。
こいつは、俺の唯一無二の親友だ。
元々こいつは俺と同中であり、頭の悪い俺に推薦を譲り、実力でこの学校に入ったつわものでもある。
意外に偏差値の高いこの高校に入るためにヒーヒー言っていた俺は、こいつには頭が上がらない。
今まで嘘を付いたことなんてなかった。喧嘩はするが、どちらからともなく謝って、一週間もすれば仲直りする。そんな関係だ。
しかし、これからは違う。
友情より愛情。真宏より達樹だ。
達樹のために、俺はお姫様になるのだ。
嘘だって付くし、なんなら利用だってしちゃうのだ。
その日から、俺の涙ぐましい努力の日々が始まった。
まずは、朝。
煩い目覚ましの音に、意識が覚醒する。
ここからが俺の勝負だ。
「起きろ。朝だ」
低い声で、目覚ましを止めた真宏が俺を起こしてくる。
「んー......」
ホントはあっさり起きてるけど、小さく唸ってもそも布団の中に潜る。
「悟」
ぽんぽんと真宏が俺の背を叩く。
その動作を受けて、俺はこそっと布団の縁から顔を出した。
上目遣いで、じっと見つめる。
「睨むな。寝てると遅刻する」
ぐしっと鼻を摘まれた。
......あっれー?俺睨んだつもりないんだけど。
あくまで愛らしく上目遣いのつもりだ。
「はなしぇ」
鼻を摘まれたせいで、声が変。
真宏はふっと口元だけ笑うと、部屋を出て行った。
「達樹がやってくれた上目遣いはかわいかったんだけどなー......」
まさしくエロテロリスト。下半身にズキュン!だ。
......古いな俺。
あの域まで行くには、きっと修行が足らないのだろう。
俺は起き上がって、ぽりぽりと腹を掻きながら大きな欠伸を一つ。
よーし頑張るぞ。目指せプリンセス。
朝ごはんは、炊いてあるご飯を無視して、ごそごそと真宏のパンを食べる。
お姫様のイメージは朝は洋食だ。クロワッサンにスクランブルエッグにオレンジジュースだ。
クロワッサンはないから、普通の食パン。
スクランブルエッグは無理なんで、ゆで卵。
オレンジジュースの代わりにコーラ。
......。
なんか、一気に庶民の食卓になったのはなんでだろう。
今度買っておこう。そう考えながら、俺はパンにバターを塗って齧った。
「あれ、悟。朝は米じゃないと食べた気がしないって言ってなかった?」
洗面台に行っていた真宏が、パンをくわえた俺を見る。
「ふぁんふぁふぇはふ」
「何語、それ」
馬鹿やろう日本語だ。
パンって詰め込むと、途端に口の中の水分が取られるんだな。
ご飯と違う。
言いたいことが少しも伝わらなくて、俺は黙ってもぐもぐ口を動かした。
俺にパンを取られた真宏は、代わりに俺の食べる予定だった朝食を用意し始める。
白いご飯に実家から貰った漬物にインスタントの味噌汁。納豆と生卵。
あ、やべ。美味そう。
根っからの日本食大好き人間の俺は、真宏の前に並んだ食事に目が釘付けだ。
「茶碗出す?」
俺の視線に気付いた真宏がそう尋ねる。
だが俺は首を横に振った。
「いい。ごちそーさまでした」
パンと手を合わせる。
「え、朝ごはんそれだけ?」
いつも俺が二合はぺろりと平らげるのを見ていた真宏は、驚いたように目を見開いた。
「なんか、食欲なくて」
小さく頷いて儚げに笑う。......よし、これならどうだ?
すると真宏は気の毒そうな顔をした。
「拾い食するなってあれほど言ったのに......」
「誰が拾い食いなんてするか!」
「え?じゃあ知らない人から餌付けされた餌が、悪かったとか?」
「餌って何だ餌って!俺は犬か?!」
ぜいぜいぜい......っは。
「なんだ、いつもと変わんないじゃん。食えよ。食わない悟なんて気持ち悪い」
朗らかに笑うと、真宏は俺の茶碗にご飯を盛った。
味噌汁もちゃんと用意され、俺の口の中はもう唾液でいっぱいだ。
「ほら」
目の前に置かれる。が、ここで手を出しては......。
視線を逸らして、必死で堪える。
「あ、そういやばあちゃんが佃煮送ってくれたんだった」
そう言われて取り出されたのは、白いタッパー。
うぐ。こいつのばーちゃんが作る佃煮は絶品......なんだ。
「やっぱり美味い」
俺の目の前で佃煮に箸をつけるヤツに、俺はもう我慢ならなかった。
「......俺にもください」
茶碗を掴んで真宏の前に差し出す。
うううごめん達樹。
明日から、俺明日からお姫様になるから。
口いっぱいに美味しいご飯と佃煮を噛み締めながら、心に誓った。