騙すなら、身内から-3
「まあ、君の場合はその元気なところも、可愛いって思われる要因だろうね」
「へ?」
絶対可憐おしとやか、を目指していた俺に、達樹はそんなことを告げる。
思わず目を丸くしてしまった。
回し蹴りの、どこが可愛いんだ?
「僕がしたら、周囲が凍りつくよ。でも君なら許されるあたりが、羨ましい」
「達樹も......回し蹴りしたい、なんて時があるの?」
まあ、俺にビン入りのぬいぐるみを投げつけてきた達樹だ。もしかしたら回し蹴りもしたいときがあるのかもしれない。
「日に2,3回ぐらいかな」
達樹は涼しげな表情で答えたけど、それって結構多くね?
すましているのがおかしくて、俺は笑い出してしまった。
「なにがおかしいの?」
「だ、だって......したいならすればいいじゃん。回し蹴り。いいと思うよ。ギャップがあって」
理由を告げた俺に、達樹は目を見開く。
が、すぐにやんわりとした苦笑を浮かべられた。
「......できたら、いいのにね。僕は、猫を被りすぎて今更脱げやしない。......悟も、もし嫌だったらいいんだよ?僕に付き合ってお姫様ごっこしなくても」
「嫌なんてことあるわけないじゃないですか」
がしっと手を掴んで俺は達樹を見つめた。
達樹の傍にいれるチャンスを、みすみす自らの手でつぶしてたまるか。
「俺、お花ちゃん目指します。月姫に似合いの可憐な花に!」
「じゃあ、回し蹴りはやめようね」
「......はい」
ぐさっと釘を刺された俺は、肩を竦めた。
「でも、周囲の評価も、おおむね良好みたいだよ。アイちゃん可愛いって」
「そうですかぁー......」
「何か、気がかりでもあるの?」
評価を聞いても素直に喜べない俺に、達樹は首を傾げた。
俺は達樹に、幼馴染の真宏のことを告げる。
あいつの目に、俺がお姫様に見えるようになってもらわないと完璧じゃねえ。
「幼馴染は、ハードルが高いねえ」
事情を知った達樹は、そう一言呟いた。
「でしょ?俺がんばってるのに、ことごとく邪魔してくれるんだよあいつ」
不満を口にした俺は、がつがつと弁当を食べる。
「......ふうん。それなら、僕が手伝おうか?男でも、粗野な扱いをしてはいけない人種がいるってわかるようにすればいいでしょ」
「え?」
「放課後、その真宏くんを僕に紹介してね」
にっこりと、達樹が微笑んだ。
本当は、ホントに本当は紹介したくなかった。
だって、達樹は本当に素敵で、綺麗で可愛くて。
自らライバルを増やすことはしたくなかった。
けど。
折角達樹が手伝ってくれるというのに、無下には出来ない。というか無下にして嫌われたくない。
「俺、部活なんだけど......」
「お前は一日休んだぐらいじゃレギュラー落ちしない!来い!」
「俺まだレギュラーじゃな」
「いいから来い!」
真宏は中学はサッカーをしていた。高校でもサッカーをやっているらしい。
こののっぽ、意外に機敏に動きやがる。
サッカーより野球派の俺は、こいつがどのポジションについてるか知らないが、まあこいつのことだから一日ぐらい出なくてもきっと大丈夫。
俺がぐいぐい引っ張っていたら、ようやく諦めたのか歩き出してくれた。
この身長差では、こいつが本気になって抵抗されたら俺は諦めるしかない。
けど、今までそんなことはなかった。
教室から連れ出し、挨拶してくれる人たちに愛想を振りまく。
いつ何時だって、可愛い印象を与えていくんだ俺。
昇降口で靴を履き替え、目指すは寮だ。
達樹は、寮の自室で待っていてくれる約束。
あんまり待たせるといけないから、俺は急いだ。
俺が早歩きをしても、真宏はのんびり歩くからあんまり意味がなかったけど。
「で、誰を紹介してくれるって?」
寮につく少し前に、真宏がそう尋ねてきた。
腕にしがみ付くようにして歩きながら引っ張っていた俺は、真宏を見上げる。
「俺の恋人!」
「......はい?」
ぉうッ?
答えると、急に真宏が立ち止まった。
しがみ付いていた俺は、思わずつんのめる。
「なんだよ。急に止まるな。歩けって」
「ちょっと待て。もう一度聞くけど、お前、俺に誰を紹介してくれるって?」
一度額に手を当てて、ため息を吐かれた。
「俺の、恋人」
きっぱりと、聞き分けが悪い真宏に告げた。
すると、真宏は険しい表情で俺を見つめる。
「それって、誰?」
「聞いて驚けよ?......『月姫』の月島達樹さんだ!」
どうだ、と言わんばかりに胸を張る。
......。
得意げにしていた俺は、真宏から反応がないことに気付いて視線を上げた。
「誰それ。男?」
眉間には皺が寄り、不機嫌そうな声色。
「誰って......お前知らないの?!すっごく美人で可愛くて、マジ人気のある先輩だぞ?!」
驚いた。
昔ッから周囲に関心が薄いヤツだと思ってたけど、こいつ、達樹のことも知らないとは思わなかった。
俺がいくら言い募っても、なんか反応が薄い。
興味がないらしい。俺には信じられない。
「ふーん。で、その月さんとお前が付き合ってるって?なんで?」
「なんでって......好きだからに決まってんだろうが!それからツキさんなんて呼ぶな!カクさんスケさんみてぇじゃねえか!」
性欲もあるけど、それだって愛があるからだ。
好きじゃない人に、俺だってチンポおったてたりしない。
「好き?like?」
「違う!love!」
力いっぱい力説する俺に、真宏は少しだけ興味を持ったような表情になった。
「つまり、お前は男の先輩と付き合ってるわけか?」
「うん!」
つい最近の話だけどな。
頷くと少し考え込むような顔になる。
「真宏?」
俺はそっと顔を覗き込んだ。
なんですか真宏さん。顔が険しいですよ。
「紹介してくれるんだよな。その人。親友の俺に」
声もなんかとげとげしい。
「う、うん。だからそう言ってるじゃんか」
えーなにこの態度。感じわるー。
内心はぶちぶち文句も言うが、今ここでこいつと揉めたくはない。
「達樹......先輩の部屋、こっちだから」
「おう」
真宏は険しい表情のまま歩き出す。
どうやら会う気になってくれたようだ。
しがみ付いていた腕を解こうとしたら、脇に挟まれてしまう。
あ、あれ?
なぜか腕を組んだまま、俺は達樹の部屋をノックすることになった。