騙すなら、身内から-5


「どうしたの?」
 俺の行動に、達樹が苦笑を浮かべて見つめてくる。
 瞳は、『駄目でしょ、邪魔しちゃ』と言っているようだった。
 でもなあ。
「2人でわかんない話するから、つまんない」
 俺をのけ者にすんなよ。
 唇を尖らせて訴えると、達樹は静かに微笑んでくれた。
「じゃあ、別の話にしようか」
「うん」
 嬉しくって達樹に甘えるように腕に腕を絡ませる。
 そしてちらっと真宏に視線を向ける。
 幼馴染は、達樹にべたべたと甘えてみせる俺に、少しだけ呆れたような表情だった。
 がりがりと頭を掻いて、それから改めて達樹と俺を見据えてくる。
「それなら、あんたと悟が出会ったときのことを知りたい」
 その言葉に、達樹は目を細める。
 俺は思考を巡らして、変態のことを思い出して顔をしかめた。
 達樹は俺のことをそっと抱き寄せてくれる。
 うっわ!
 嫌だとか、真宏の前なのに、とかは全然思わなかった。
 なんて役得!と鼻の下を伸ばしたまま喜んでぎゅっと抱きつく。
「真宏くんは、聞いてないんだね。悟、怯えないで......」
 え?え?なに??
 俺が視線を上げようとすると「そのまま」と小さく耳元で囁かれた。
 びく、とするが、達樹の指示の通りに胸に顔を押し付ける。
 うーん。良いにおい。もっとかぎたい。
 なんてそれこそ変態モード爆裂の俺に、真宏の視線が突き刺さった。
「あの、」
「......悟、学校の先輩に襲われて......」
 ちょっ、ま、ええええ?
 た、確かにそんなこともあったけど、俺全然忘れてたぞ?
 それをなんで今......。
 咄嗟に顔を上げそうになるのを、達樹がぎゅうっと抱きしめて押し留める。
「なん、ですかそれ?!おい!聞いてないぞ悟!」
 急に深刻になった話に、真宏が俺を呼ぶ。
 そりゃ無理もない。男が男に襲われたなんて、そんな話急にされてもな。
 しかも今俺は達樹に抱きついたままだ。
「大きな声出さないでね真宏くん。......それは幸い未遂で終わったんだ。僕が、偶然通りかかってね」
 つーか、俺が襲われてるところを、達樹はただ風間さんに座ってみてたんじゃなかったっけ?
 別にあれは対処出来たからいいけど。
 達樹はぽんぽんと優しく背を撫でてくれる。
「助け出したんだ。悟、凄く怯えてて......」
 俺が、この俺が、あの変態にされたことで怯えるぅ?
 達樹が言い出したことがおかしくて、俺は笑いを堪える。
 これは、きっと真宏を騙すために必要な話なんだろう。けど、可笑しくてたまらない。
 肩が震える俺を、達樹は膝の上に乗せて強く抱きしめてきた。
「そんなに震えないでいいよ。もう僕がそんなことさせないから」
 顔はもう笑いで崩れている。が、俺の背中しか見てない真宏にはそんなことわからないだろう。
「悟は空手習ってて、武術じゃ俺にも負けたことなくて......とにかくそんな話、信じられない」
 真宏がかすれた声で呟いた。
「でも、この学園内で襲われるとは思ってなかったんじゃない?油断してれば、そういうことだって.........そうでしょ、悟」
 問いかけられて、俺は慌てて頷いた。
「ね?......真宏くんは、悟と同室なんだよね?様子が変わったと、思ったことなかった?」
「......」
 沈黙が重い。
 笑い出さないようにするのが辛い。
「それが、僕たちの出会い。......僕も、結構襲われたりしやすい方なんだ。だから、悟の気持ちが痛いほど良くわかってね」
 黙った真宏に構わず、達樹が言葉を続けた。
「それで、悟は可愛いし守りたいって思ったんだ。だから僕は悟に付き合ってって言ったの」
「そう、だったんだ......」
 真宏の苦しげな声が聞こえた。
 ほおおお!すげえ!そういう風にまとめるんだ!
 達樹の舌先三寸で真宏が丸め込まれてる!
 俺は達樹に賞賛を送りたくて、そっと視線を上げた。
 達樹は、俺と視線が合うとそっと優しい微笑みを浮かべる。
 そしてまた、そっと耳元で俺にだけ聞こえるように囁いた。
 真宏から見たら、俺を励ましているように見えるかもしれない。
「さあ後は君の演技力だよ。真宏くんに君がか弱い存在だって、わからせてあげるんだ。うまく言ったら......」
 それだけで、イケるキスしてあげる。
 その最後の一言に、俺は腰砕けになった。
「ま、真宏」
 足に力が入らない状態で、達樹から離れる。
 すとんとベッドから降りて、幼馴染に近づいた。
 真宏は辛そうな顔をしていた。
 その顔を見て、俺まで辛くなる。
 ごめんな、騙して。ホントは全然たいしたことじゃなかったんだけど。
 でも。
 俺と達樹のために、騙されて。
「あの、ごめん......言わなくて」
 俺は沈んだ声で告げる。
「いや。俺こそ、無神経なことしてた、気がするし」
 まあ......風呂に入ってくるのはやめろよ、どっちにしても。
 俯いてぼそぼそつぶやいて告げていると、真宏の手が、俺に伸びてきた。
 ん?
 ぎゅっと抱きしめられる。
「まひ」
「俺が守ってやるから。だから大丈夫。......ってことで」
 ってことで?
 顔を見ようと視線を上げた俺は、ふわりとした浮遊感を感じた。
 え、と思う間もなく、周囲の風景の位置が変わる。
 真宏は、俺を抱き上げていた。
 確かにそれほどでかくない俺だが、こう軽々と同い年のヤツに抱き上げられるとへこむ。
「あんたじゃ悟を守れないでしょう。だから、悟と付き合うのは諦めてください」
 ......どうしてそんな話になるんだ?
 俺はぽかんと口を開けた。


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