スイートハニーは誰?-1


『学内一のカップルに迫る!!』
 そう特集を組まれた『裏』学校新聞の記事。
 トップはもちろん月姫こと月島達樹と、この俺相川悟について書かれていた。
 『裏』学校新聞は、生徒会非公認組織が発行している。
 毎回毎回学園内のスキャンダラスなネタや、人気のある生徒の記事を書いていて、人気を博していた。
 一部50円。学生にも優しい値段だ。
「ふんふふ~ん」
 この間、記者の生徒に取材を申し込まれそれに答えた俺は、寮の部屋の自分のベッドの上で、上機嫌で記事の写真を眺めていた。
 トップの写真は、学校新聞には珍しくカラーだ。
 金がかかるから普段は白黒だと聞いたけれど、今回は違うらしい。
 俺と達樹だもんな!カラーがいいよな!
 そうなのだ。記事はもちろん、写真も俺と達樹が見つめあった写真。
 残念ながらカラーコピーでプリントアウトしているせいで達樹の美しさが若干失われてるけど、艶やかなまつげとか、柔らかそうな頬のラインとかは頬擦りしたいぐらいだ。
 ちなみに、俺の部分はどうでもいい。大事なのは達樹だ達樹。
 にやっと笑った俺は、写真の部分を切り抜く。
 生徒手帳の間に挟みこんで、ふっと息を吐いた。
 ベッドから下ろした足をぶらぶらさせて、部屋の中を見回す。
 住み慣れてきた第二の我が家。だけど狭すぎて余計なものを持ち込めない。
 借りた漫画は読み終わったし、CDも聞き飽きた。
「......暇」
 ぶすっと頬を膨らまして俺は呟いた。
 真宏はまだ部活から帰ってこない。
 寮には談話室はあるけど、そこに行くのは躊躇われた。
 だってぇ、可愛いあいちゃんごっこしなくちゃいけないしぃ。
「キモイ。キモイぞ俺!」
 ぶりっ子する自分を想像してひっくり返って笑う。
 が、それもすぐに止まる。
「つまんねえ!」
 怒鳴った俺は、起き上がると携帯を手に取った。
 メールの履歴から一番上にあるものを呼び出す。
『題名:達樹に会いたいよッ^^
本文:ねえねえ!すっげ暇なんだけど、行ってもいい?』
 ハートマークを連打して、送信。
 ゴロゴロして待つと、達樹用に設定してあった甘いラブソングが流れる。
 がばっと起き上がった俺は、わくわくしながら携帯を開いた。
『題名:Re:達樹に会いたいよッ^^
いいよ。初めて会った資料室に来て。あの窓からね。もちろん誰にもばれないようにそっとだよ』
「よっしゃ!」
 ガッツポーズして起き上がる。
 題名が俺が送ったままとか、ハートがなくてそっけないとか、ちょっと引っかかる部分はあるけど、許可が出たんだ。さっさと向かおう。
 制服を羽織って、俺は部屋を飛び出す。
「あれ、あいちゃんどこか行くの?」
 すれ違った同じ寮の運動部の先輩が、そう俺に声をかけた。
 無視して行きたいのをぐっと堪えて半回転。
 にっこりとした微笑を向けると、先輩の顔が少し赤らんだ
「うん!出かけてきます!」
「気をつけて行けよ。変なヤツらに会いそうになったら呼べよな」
 そう告げる男。ガタイもよくて、確か柔道部に所属していた筈だ。
「はあい!先輩って、優しいんですね」
「や、まあ......あいちゃんのためなら......」
 俺の頭を撫でようと伸びてきたごつい手を、さりげーなく避けて、もう一押しに笑う。
「達樹に会いに行ってくるんです僕」
「あ......」
 するとすぐさま手が引っ込んだ。
 そうだぜ先輩。学園のトップアイドルの大事な恋人に手をだそうなんざ、他の生徒に殺されちゃうぜ?
「行ってきまあすっ」
 ふりふりと可愛らしさをアピールしながら、俺は靴を履いて部屋を飛び出した。
 なので、その後起こったことは、俺は知らない。
「なんであいちゃん、月姫と恋人なんだろう......」
 呟いたその男が肩を落としていると、ぽんと誰かがその肩を叩いた。
「ま、2人は目の保養になるからな。とりあえず、協定違反なお前」
「え?」
 男が振り返れば、そこにいたのは寮に暮らす生徒たちが立っていた。
 その生徒たちの誰もが、殺気立っている。
「あいちゃんに触ろうとしただろ」
「月姫とあいちゃんには、話しかけても触るなって決まってんだろ?」
「協定違反者には、バツを与えないとですよねえ」
「あ、いや、その......」
 青ざめた男ににじり寄る生徒たち。

「あぎゃああああああ!!」

「ん?」
 風に乗って、自分の寮の方から変な雄たけびが聞こえてきた気がして、俺は足を止めた。
 だけど聞こえるのは木々の揺れる葉の音と、時折強く吹く風の音だけだ。
「ま、いーや」
 るんるんとスキップしつつ、周囲に気を配る。
 おし、誰もいねえな。
 さっと学校の校舎と校舎の間に滑り込む。
 狭いが、ここを通って別館に行くのが一番いい。
「待っててねえ!達樹ッ!!」
 その大声が誰かに聞かれた場合、怒られるは自分だということをすっかり忘れて、俺は校舎の別館にある資料室に向かった。

 埃っぽい資料室。
 薄暗い中、漏れるのは艶やかな吐息。
 それから喘ぎ声。
「......」
 にっこにこしていた俺の表情が凍りつく。
 ここで、って言われたとき、なんとなく嫌な予感はしてたんだけど、どんぴしゃかよついてねえなあ。
 鍵の壊れた窓から中に入り込んだ俺は、そっと音がしている方に進む。
 ここの棚は背が高いから、本当に近づかないと何がどうなってるかわからない。
 窓から少し奥に入った棚と棚の間を覗き込んで、俺は息を飲んだ。
「っは、あ、う......うぅ、ん......」
 ぱさりと揺れる黒髪。
 彫刻のような滑らかな筋肉の付いた背が、うねる。
 ぱしんと乾いた音がすると、その背中に一筋の赤い線が付いた。
「はしたないですよ、風間さん。そんなにだらだらヨダレ零して」
「あ、ああ......ッ」
 四つんばいになった男の尻に、靴を履いたまま足を乗っけてるのは、もしかしなくても達樹さんじゃなかろうか。
 ああもう、あんな艶やかに綺麗な顔で笑ってるし。
 すっげ楽しそう。
 『月姫』と呼ばれている、儚げな笑顔がトレードマークの学園のトップアイドルは、どこにもいなかった。
 瞳はきらきらして、頬は上気して、薄く色づいた唇は嬉しそうに弧を描く。
「次は、どこを叩きましょうか?背中?お尻?......それともココ?」
「ひぐっ!」
 達樹は楽しそうに、手に持ってる黒い棒みたいなものでぐりぐりと、風間さんの足の間を刺激している。
 おそらくは、風間さんの急所だ。
 自分がされてるわけでもないのに、俺はきゅっと股間を掴んでしまった。
「今日は喋れるんだから、自分で言えますよね」
 綺麗な笑顔で、達樹は風間さんを嬲っている。
 いつもは喋れねえのかよ。なんか、すげえなおい。
 そういや初めてここであったときは、風間さん変なの咥えさせられてたなと、思い出す。
「ぁ、......ッそこ、を、おねが......しまっ......」
 がくがくと風間さんの身体が震えた。
 上半身を支えきれなくなったのか、がくんと床に肘をつく。
「ふふふ。......いくよ。片足上げて。ほら犬みたいに」
 ぺろりと、赤い舌が唇を舐める。
 あー今日は風間さん犬なのか。この間は椅子だったけど。
 現実逃避にか、俺はぼんやりそんなことを思った。
 達樹が尻から足を退けると、風間さんは犬がするように片足を上げた。
 そして。
「あ......ひぃいいッ......!」
 悲鳴と、ぱしんという乾いた音。
 ......い、いたいいたいいたい。
 見てる俺の方がいてえよ、もう。
「あの~......」
 堪えきれずに、俺は声をかけた。
「ッ!」
 風間さんは、俺の声に身体を大きく跳ねさせて硬直させる。
 達樹はゆっくりと振り返って俺を見た。
「来たんだ悟」
 にっこりと浮かべられた笑顔は、半分余所行き用の笑顔だった。
 なんとなく悔しくてぶすっとした顔になる。
「どうしたの?」
「達樹が楽しそうなのに嫉妬してるの」
 言いながら近づく。
 すると、頬を撫でられた。
 心なしか、さっきのきらきらした瞳を俺にも向けられる。
 う、嬉しいけど、怖い......。
 そして案の定、聞かれた。
「悟も叩かれたい?」
 とっても、綺麗な笑顔。
 心底楽しくて仕方がないと、その顔が物語っている。
 でもすんません。俺ついこの間高校生になったばっかの童貞だから。
 チンポぺしぺしされて喜べません......。
「......遠慮、します......」
 意気地のない俺がふるふると顔を横に振ると、達樹は「だよね」と残念そうに肩をすくませた。


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