当番制-2
思ったよりも、遅くなってしまった。
家に着いて愛車を降りた英輔は、暗がりで腕時計を見て軽くため息をついた。
俯いたせいで下がった眼鏡のブリッジを指先で押し上げると、明かりのともった我が家へと足を踏み入れた。
明かりが漏れているのはリビングだ。
無言のまま足を進めていくと、リビングから話し声が聞こえてくる。
楽しそうなその声の持ち主は、血の繋がった弟たちのものだった。
「英輔にいちゃん、遅いね」
「仕事、忙しいんじゃねえの」
だらだらとソファーに寝そべりながら会話している双子の弟たち。
英輔がそっと顔を覗かせると、鉄馬が先に気付いた。
「あ、アニキ!」
「え?」
すぐに起き上がって駆け寄ってくる鉄馬。勇樹もその後を追いかけるようにして駆け寄ってくる。
「お帰りなさい英輔にいちゃん」
「お帰り!なんだ、ドアの音、全然聞こえなかったよ」
「ただいま」
尻尾があれば、パタパタと振られているような気がする。
それぐらい、弟たちの反応は嬉しそうなものだった。
1人暮らしの長かった英輔は、その反応に面食らう。
「ご飯、あるよ。夕飯まだだよね?」
ぎゅうっと腕に自分より身長の低い勇樹が抱きついてくる。
「まだ食べてないんだろ。俺、風呂入れてくるからさ」
鉄馬は張り切ったようにリビングを出て行く。
勇樹に促されるままにスーツの背広を脱ぎ食卓の椅子に腰を下ろした英輔は、至れり尽くせりの状態に、どう反応してよいかわからない。
いそいそとエプロンを身に着け、キッチンスペースで動く勇樹を無言で見つめた。
妻を娶ったような気分だ、と心の中でひとりごちる。
そして何を考えているんだと目を閉じて、眼鏡を外した。
疲れているのだろう。緊張しているのかもしれない。
眉間を指で押さえていると、ふいに目の前に人影を感じた。
「疲れてる?英輔にいちゃん」
不安そうに見つめる勇樹の手には、湯気の立つ美味しそうなシチューの皿があった。
視覚と嗅覚が刺激された脳は、一気に空腹を訴えてくる。
「大丈夫だ」
英輔は無意識に軽く口元を緩ませると、ぱあっと勇樹の頬が赤くなる。
にこにこと笑う愛らしい弟の顔を、見つめると益々赤くなって視線をそらされる。
その意味を、英輔は深く考えなかった。
「なら、ちゃんと食べて、栄養つけてね!」
「ああ。いただきます」
頷いて、英輔は用意された食事に手を付ける。
今朝方に体験したことは、すっかり忘れていた。
腹が満ちた後は、鉄馬が入れてくれた風呂に入った。
入浴にゆとりを求める人間ではないので、普段はシャワーしか使わない。
だが、足を伸ばしてゆっくりと湯に浸かると、緊張していた筋肉がほぐれていくようだ。
湯船の中で、ゆっくりと肩や腕のマッサージをする。
すると、急激な睡魔に襲われた。
ふわふわとした、おぼつかない感覚が強くなるにつれて、このままでは浴槽の中で寝てしまうと危機感が募る。
慌てて英輔は風呂から上がった。
髪を乾かすのもそこそこに、眼鏡をかけて廊下を歩く。
リビングを覗くと、そこはしんとしていて人の気配はなかった。
「......寝たのか」
壁掛け時計に視線を向ければ、既に12時近く。
リビングに2人が居れば一声かけようと思っていた英輔は、すぐに二階の自室に向かった。
英輔の部屋は6畳の洋室だ。鉄馬と勇樹は2人で8畳の部屋を使っている。
ガチャリと自分の部屋のドアを開けて、英輔はすぐに視線をベッドに向けた。
寝ることだけを考えて、無防備に足を一歩踏み出す。
と、誰かにどん、と背中を押されて、英輔はベッドに倒れ込んだ。
「......っな!」
振り返ろうとしたところで、ぐっと押さえ込まれた。
視線の端をちらつくのは、ぴんぴんと跳ねた茶色の髪。
「アニキ遅いよ」
わざとらしく頬を膨らませた鉄馬に圧し掛かられていた。
「なにを、している」
低い声を出すと、少しだけ鉄馬が動揺したようなそぶりを見せた。
「鉄馬、ちゃんと押さえててよ」
「勇樹もいるのか?」
「うん」
背後から聞こえた声に、英輔は朝のくだらないやり取りを思い出して、脱力感を覚えた。
こてんとベッドにうつ伏せになる。
身体から力が抜けて、更に眠気に襲われた。
乗りあがった鉄馬が重い。
「また明日遊んでやるから、今日はもう寝なさい」
視線だけ巡らせて告げると、弟たちは顔を見合わせたようだった。
「これって、効いてるのか?表情とか、いつもと一緒なんだけど」
「わかんない。英輔にいちゃん、いつもより、身体が熱くなってたりしない?」
「風呂に入ったからな」
淡々と答える英輔。
それよりも眠気が酷い。身体が倦怠感に包まれる。
「退きなさい」
少し強めに言うと、鉄馬が退いた。
重石がなくなったことで、眼鏡を外してベッドに上がろうとする。
だが。
「......」
眼鏡を外したところまでは良かったが、身体が起き上がらない。
このままベッドにうつ伏せになったまま、寝てしまいたいぐらいだった。
現に、瞼が重く、重力に従うように目を閉じてしまう。
「にいちゃん?」
「これって効いてんのかなあ......」
半信半疑のように呟いた鉄馬は、一つ軽く息を吐く。
それから心を決めて、そっと英輔を背後から抱きしめた。
軽くわき腹を撫でて、下半身に手を伸ばしていく。
「......」
服の上から軽く性器を触られて、英輔は息を飲んだ。
しかし、身じろぎすることすら億劫で、目を閉じたまま気配だけで鉄馬の様子を伺う。
「効いてる、みたいだな。勃起してる」
「本当?僕も触りたい」
その声とともに、股間を弄る手が増えた。
「ホントだ......鉄馬、英輔にいちゃんをベッドに上げて、服脱がそうよ」
「ああ。けど勇樹。お前の料理に入れた薬って、ホントに副作用とかないんだよな?アニキ、気持ち悪くはない?」
言葉とともに浮遊感を感じる。
どうやら弟2人で、自分を持ち上げたのだと気付いたのは、仰向けにベッドに寝かされた感触があった後だ。
ぺちぺちと軽く頬を叩かれて、英輔はうっすらと目を開く。
視界に入ったのは、心配そうに覗き込む鉄馬の顔。
「眠い......」
心底の気持ちを吐息混じりに答えると、双子の弟は真っ赤になった。
「え、えろいな、勇樹......」
「う、うん......」
囁き合う弟たちを見つめ、またゆっくりと瞼を閉じる。
英輔の思考は、完全に止まっていた。
「睡眠作用が副作用なのか」
「どうしよう。これじゃあ英輔にいちゃん寝ちゃう」
「大丈夫だって」
ぼそぼそとした頭上の会話が英輔の睡眠を妨げる。
そのうち、身体を触る手にも邪魔され始めた。
パジャマの上の服を脱がされ、胸を撫でられる。
「ふ、」
指先が突起を掠ったところで、小さく声が漏れた。
「チンコ勃ったままじゃ、アニキも寝れねえよ。......始めようぜ」
「うん、そうだね」
会話は、聞こえている。
だが、身体は動かなかった。