10月-1
-さわやかな秋晴れの日が続きますが-
朝と夜は、やっぱり寒い。
昼間はほかほかでいいけど、布団も厚くなってきた。
紅葉のニュースも、テレビで見るようになった。
最近、俺は変だ。
これは夏が過ぎたから、なんて自分に言い聞かせても、気ばかりが焦る。
朝。目が覚めて、俺は冷えた足を引っ込める。
いつの間にか布団がぐちゃぐちゃになっていた。
ちゃんと身体を覆うようにして、丸くなってほっと息を吐く。
そして、身体の変化に気付いた。
「......」
もぞ。
亀のようにうつ伏せになった状態で、恐る恐る、そっと下半身に手を伸ばす。
ああ。まただ。
俺は泣きそうな気持ちになりながら、出していた首をぽすっと中に引っ込めた。
熱くて、硬い。
......なんで?
パジャマのズボンの中に手を突っ込んで、俺はぎゅうっと自分の物を握って考える。
ここのところ、俺の身体が変だ。
なんでもないときに......その、勃ってしまう。
前はそう何度もあることじゃなかった。それがどうだ。今じゃあちょくちょく......。
「ううう......」
もぞもぞもぞ。
息苦しくなりながら、自分の物を、扱く。
早く、早く終わって。
今日は、ピクニックするんだ。こんなんじゃ行けねえ。
急いて手を動かせば動かすほど、絶頂が程遠い。
どうしよう。
息苦しく感じる布団の中で考える。
ひんやりとした俺の手。これが、もっと熱い手なら。
「んっ」
そう考えるだけで、俺のものは勢いを取り戻す。
実際に触ってもらって、俺が触ったのは、誕生日のあのときだけだ。
最近のヤツは、バイト先にバイクで来るようになった。
それで、マンションまで俺を連れ込む。
そりゃ、人が来るかもしれない外で、その、くっつくよりは、室内の方がいいかもしれない。
ヤツの家のでかいテレビでDVDを見たりだとか、ボードゲームしたりだとか、普通に遊んで、ヤツは俺を家に送る。
くっついてたり、あいつが俺にキスしてきたりはするけど、じゃれあう範囲を出ない。
時折、熱い目で俺を見てたりするけど、そんなときは俺に抱きつかない。
少し離れて座って、手を握るだけだ。
あの熱い手で。
「あ......っふ......」
俺は枕に頭を擦り付けた。
手元から、恥ずかしい水音が、する。
早く、早く.........もっと......。
「......触って......」
びゅくと、跳ねて手の中で熱が出た感触。
下半身に集まっていた熱が冷めていく。
「......」
俺はがばっと起き上がった。
寒さなんて、少しも感じない。
それどころか熱くて仕方がない。
下半身じゃなく、主に上半身だ。
かあっと顔に熱が集まる。
俺は、今なんて......。
「う、わああああああああ!!」
「......朝っぱらかうるせえぞボケ!!」
がん、と壁を蹴る音とともに、兄の怒声が聞こえた。
びくっと震えた俺は、慌てて口を閉じ、そそくさと手をティッシュで拭く。
手から特有の匂いがするのがいやで、部屋を飛び出ると手をすぐさま洗った。
俺は、変だ。
手を泡でぶくぶくにしながら、ちょっとだけ泣けた。
今日はこんなに気持ちのいい秋晴れなのに、俺はため息をついてばかりだった。
とぼとぼと道を歩いて、美術館に向かう。
時折ある触れ合いを思い出す。
抱き合ってキスするのは気持ちいい。
たまに下半身にも触られるが、それほど進まない。
俺が嫌がるから。
まだあんまり服も脱げない。上半身まで気付いたらよく脱がされてたりしたけど、下半身に刺激を与えられると、どうしても羞恥が先に来る。
恥ずかしくて抵抗していたら、ヤツはそういう意味で、あんまり触らなくなった。
雰囲気が妖しくなってくるとヤツは離れて、熱い目で俺を見るばかり。
手は、俺の手をゆっくりと撫でてくる。
黙ってしばらく見つめ合ってると、ヤツはそっと立ち上がってトイレに行ってしまう。
俺は動けなかった。
どうすれば、良かったんだろう。
ずっと、我慢して動かなければいいんだろうか。
そこまで考えて、俺は頭を振る。
今は考えていてもしかたねえ。というか考えるな俺。
今日は、1人でピクニックだ。
5月は飯が食えずに帰っちまったし、8月は、アイツに襲われてそれどころじゃなかった。
今日こそ、腹いっぱいに喰って、昼寝して満足して帰る。
リフレッシュしてから、深く考えてみよう。
いろいろ考えながらついたせいで、いつもより遅かった。既に開いている美術館の中に入る。
あれ?
思ったより人が多い。
また新しい展示物があるのだろうかと、首を捻りながら常設展示の場所に向かう。
すると、そこも展示物が若干変わっていた。
見たことのない絵もいっぱい飾ってある。
画家の詳しい紹介文のかかれたプレートまであった。
けど、俺は興味がない。
なのでその部分を素通りして、新しく展示されている絵を眺めた。
風景画はやっぱり動物の影や形が隠されてて面白い。
人物画は1人の女性が、特に多く描かれていた。
一つの絵をじっくりと見て、それから次の絵を見に行く。
でも、最後の絵だけ、ちょっと異質だった。
鬱蒼とした森の絵。その奥に森の出口のような光があり、中央には黒く塗りつぶされた人が立っている。その人からは、黒く大きな影が伸びていた。
この人の風景画に良くある、隠された動物を探してもなかった。
なんとなく、怖いイメージだ。
今まで柔らかいタッチで描かれたものとは異なる。
その絵で、展示物は終わりだった。
なんとなくすっきりとしない気持ちになりながらも、この後に待っている時間に気を取られた。
昼飯。
楽しみな時間の一つ。
意気揚々と美術館の中庭に行って、公園に抜けようと歩いていたときだった。
「ともあきさん!」
......。
幻聴?と首を傾げるには、その声は程よく響いて俺に届いた。
振り返り、きょろきょろと声の主を探す。
すると、特別展示の場所から1人の男が走り寄ってきた。
黒のジャケットに、グレイのカットソー。落ち着いた色合いのジーンズ。
「絵を見に来たの?......やった、タイミングいい俺」
にこやかなコンビニ店員とは正反対の俺。
朝、あんなことをした俺は、まともにヤツの顔が見れない。
「館長に呼び出されて、面倒だけど来てよかった」
「え?」
「あ、知り合いなの俺。閉館の準備手伝えってさ」
閉館?
驚いたように見つめると、逆に不思議そうに見返される。
「入り口に書いてあったと思うけど、見なかった?」
見てねえ。
こっくりと頷くと、ヤツは「こっち」と俺を招く。
入り口の自動ドアの傍に、小さなプレート。
それは、閉館のお知らせと書かれたものだった。
11月末に閉館し、建物ごと改装してリニューアルするという。
新しい美術館は、隣の公園が潰されてさらに大きくなるらしい。
まあ確かに、客少なかったし、公園もあんまり活用されてねえしな。
「ね?」
黙って眺めていると、顔を覗き込まれる。
それが意外に近くて、俺は驚いて大げさに下がってしまった。
動揺する俺は、慌てて視線を下ろす。
目が自然とヤツの手を見つめてしまい、慌ててあさっての方向に目を向けた。
「どうしたの?」
「別に」
どきどきと鼓動が早くなって、顔に熱が集まる。
ああ、もう......。
「俺、飯食うから」
離れたくて、俺はそんなことを言って外に出ようとした。
とたんに、手を捕まれる。
熱くて大きな手が俺の手首を掴んでいた。
「じゃあ、一緒に食べよ」
え。
「て、手伝いは?」
昼食の時間には、少し早い。そう勝手に出てきていいのだろか。
......というか、手、離せ。
ぐぐぐっと捕まれた手を引くが、しっかりと捕まれて離れない。
体温のあまり高くない俺の手に熱が移る。
「いいよ。どうせただ働きだし。ちょっと待ってて、昼食取ってくる」
ヤツはぱっと離れて、美術館の事務室に向かっていってしまった。
「......」
に、逃げようか。
じんわりと熱くなった手を、もう片方の手でぎゅっと握ったまま、俺はぐるぐる考えていた。