花嫁の契約-1


 冷たい石の廊下を、鳥の頭をした強靭な肉体をもつ魔族に引っ張られるように歩く。
 そのときのジークリードは、酷い状態だった。ぼろぼろの服装に、やせ細り、皮と骨になった肉体。
 自らの足では歩ける状態になかった。
 恐ろしい外見の魔族に連れられて着いた先には、王座のある広間。
 そこの上座には、一つの椅子があった。
 王座には、二本の角と鋭い牙を持つ鬼が座っている。その隣に立っているのは羽根の持った魔族。
 幼いジークリードは、その時ひどく怯えていた。
 鬼は、寝物語に母親に聞いた、御伽噺に出てくる閻魔様そのものの姿をしていたからだ。
「ベンノ。その子が、甥の花嫁かい?」
 鬼は、深みのある意外に優しい声を出した。
 鳥頭の魔族が、はい、と頷いてジークリードを床に下ろして跪く。
 ひんやりした大理石の床に、ジークリードは頭を摩り付けるようにして頭を下げた。
 目の前にいるのは、暴君と言える村の領主を追って殺した人物だ。
 今まで以上に酷い扱いを受けるに違いないと、ジークリードはカチカチと歯を鳴らした。
 新しい領主は、貢物を献上するように村に通達をしてきた。隣村もそうだったと聞く。
 村には何もなかった。しかし服従の証に何かを献上しなければ、全てを燃やすと脅されたのだ。
 そこで、貢物の内容は問わないと言われた村は、1人の子供を選んだ。
 それがジークリードだったのだ。
 働き手になるにも、貧困と飢えでジークリードもぼろぼろだったが、他には更に幼い子供か老人しか残っていない。
 ジークリードは、そのとき自分は村のため、家族のために死ぬのだと覚悟を決めていた。
「顔を上げなさい」
 その声が、自分に向けてかけられたものだと、しばらくたってから気付いたジークリードは、ゆっくりと顔を上げた。
 強く奥歯を噛んで、ともすれば叫び出しそうになるのを必死で堪える。
 視線はかすんで、鬼の輪郭をぼんやりとしか捕らえられなかった。
「......まだ子供じゃないか!」
「ひっ!」
 荒立った怒鳴り声に、ジークリードは額をぶつける勢いで頭を下げて縮こまる。
 声の主は、鬼の隣に立った羽根を持つ魔族。
「叔父貴。あんなガキを、俺に押し付けんのかよ」
「そう言うなアルトゥール。こちらで過ごすことになるお前に、いい遊び相手になる。可哀想な子なんだよ。これ以上食べ物も衣類も土地も、差し出すものがありませんからって送り出された子だ」
 隣村は、征服した魔族に牛を50頭捧げ、離れた町は金貨と肥沃な作地を捧げた。
 ジークリードの村は、領主の横暴に疲弊し、生きる糧も力も失っていた。
「じゃあいらねえじゃんこんなの」
 そっけなく口にされた言葉に、ジークリードはがばっと顔を上げた。
「なんでもします!だから......みんなをころさないで!」
 自分を貰ってくれと、その羽根の魔族に必死に頼み込む。
 服従の証に貢物を。拒否すれば命を奪い取る。
 それが魔族の出した条件だ。
 貢物を受け取ってもらえなければ、この条件が当てはまってしまう。
 お願いします、と何度も額を床に擦りつけるジークリードに、アルトゥールと呼ばれた魔族は近づいた。
 ジークリードの前髪を掴み、無理やり頭を上げさせる。
 涙目で怯えながら見つめる子供に、魔族は笑った。
 金の瞳はネコのように縦に割れている。整った顔をした、少年と青年の間ぐらい年の魔族だった。
「叔父貴は、今回の貢物を俺の花嫁にするつもりらしい」
「はな、よめ?」
 意味がわからなくて聞き返す。
「お前のことだよ。けどな、俺ロリショタ嫌いだし。泣き虫嫌いだし。なよなよしたヤツ嫌いだし。お前なんか花嫁なんて認めない」
 彼の言葉に、ジークリードは青ざめた。
 認めないということはどういうことなのだと、必死で思考を巡らす。
 自分が村に帰ることになれば、貢物がなかった反抗の意思がある村として、皆、虐殺されてしまうかもしれない。
 それは絶対に嫌だった。
「ぼくをはなよめにしてください!おねがいです!」
 幼いジークリードは少年に縋った。
「俺の花嫁になるのは厳しいぞ。苦しい目にも合うぞ。それでもいいのか」
「いいです!」
 きっぱりと言い切った子供に、アルトゥールはぐしぐしと乱雑に頭を撫でた。
「ところでガキ、いくつだ」
「7さいに、なりました」
 指で7を示して、アルトゥールを見つめる。
 羽根の魔族はうんざりした表情をした。
「赤ん坊と一緒じゃないか。......ベンノ」
「はい」
 鳥頭の魔族を呼んで、ジークリードの胸倉を掴んだ。
 アルトゥールが軽々とベンノにジークリードを投げつける。
「こいつの教育係になれ」
「はい」
 投げられたジークリードを抱きしめて、ベンノはぎょろりとした目を向けた。
「ガキ。お前が成人するまでに、俺の花嫁たる資格を持つようになれ。もしなれなかったら、お前は村に返品だ」
 せいぜい頑張れよ、そう言って羽根の魔族は笑った。



 魔族には、いくつものルールとなる『契約』があった。
 基本となるのは、人間の世界を征服する際にも使った『搾取の契約』。
 服従の証に貢物を。拒否すれば命を奪う取る。
 これは、貢物を差し出した時点で、その者たちは魔族の庇護下に置かれることとなった。
 定期的に、貢物を差し出さなければならないが、その代わりに手厚い保護が受けられた。
 『災害の契約』天災で被害を被ったとき、本来の寿命でなければ搾取の契約の元に魔力での治療、蘇生を受けられる。
 『悪意の契約』悪意をもって、人や物を傷つけた際には魔族がその罪の重さによって罰を与えた。無為であれば、程度にもよるが魔族が保障をした。
 『傲慢の契約』他人を卑下する行為は制限され、逆に弱いものに対し、優しく振舞うことを強制された。
 他にもいくつかあるが、これらは弱い立場の人間にとっては、とても生きやすい条件となった。
 結果、魔族が支配者となったせいで、困ることなどほんの一握りの人間しかいなかったのである。


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