主従の契約-1


 ラフィタは魔族の中でも異色だった。
 ハーピーの父と有翼人の母を持つ、異種族同士の子供だったせいだろう。
 遺伝子の掛け合わせが悪かったのだ、ラフィタを取り上げた医者はそう呟いたらしい。
 背中には、有翼人特有の羽根を持っていたが、本来ある筈の両腕は未熟で、身体の成長を妨げられるとして幼いうちに切り落とされた。
 見た目も、ハーピーのオスであれば、メスを魅了するためにあるはずの見目麗しい顔立ちや極彩の髪や羽根がなかった。
 羽根も髪も、くすんだような灰色。
 顔立ちも父親には似ず、母親の地味でぱっとしない顔立ちだった。
 低い鼻に、小さな唇。目は奥二重だが、瞳の色のみ父から受け継いだ真紅だった。
 周囲は、落胆した。けれど、両親とたくさん居る兄と姉は大事な我が子、可愛い末弟を慈しみ愛して育てた。
 愛を受けて成長した子供は、いつしかその貰った愛を歌い出す。
 それは、ハーピーの本能だ。
 そしてその歌声は、神の調べ、天からの贈り物と言われるほどに美しいものだった。



「ラフィタ」
 自らが住む屋敷の庭に出て、花の香りや木々のせせらぎ、鳥の歌声を聞いていた灰色の長髪の少年は、名を呼ばれて振り返る。
 そこにいたのは、人間界の征服するため、従軍したはずの兄弟だった。
 極彩色の青から紫、黄色に彩られた羽、金の髪に背の高い身長の男。
 長い金の睫に彩られてたサファイヤの輝きを持つ瞳が、まっすぐとラフィタを見て微笑んでいた。
「エミリオ!」
 父の容貌を受け継ぎつつも、母から完全な有翼人の身体を貰った兄を見て、ラフィタは駆け出した。
 細い足で駆ける弟を見て、慌ててエミリオは足を踏み出す。
 両腕のないラフィタは、転んだら顔面から地面にダイブするしかない。
「危ないよラフィタ。転んだらどうする」
 歩み寄ったエミリオは、思わず可愛い弟を抱き上げる。
 ラフィタはぷくっと頬を膨らませた。
「僕の羽根だって、一応飛べるんですよ?」
「お馬鹿だね。転びそうになってから羽根を動かしても、意味がないんだよ。......こら、危ないから無駄に動かすのはおやめ」
 ばさばさと、存在を主張するように羽根を動かしてみせる弟に、エミリオは苦笑した。
「お仕事は、どうしたんですか?人間界に進軍していたのでしょう」
「ああ、それは順調に遂行されたよ。こちら側には被害は殆どなかった。あの方の采配は、相変わらずよどみない」
 鬼族特有の厳つい顔と身体を持つ王弟は、無事に目的を果たすことが出来たらしい。
 兄や友人たちが、武器を手にして旅立ったのを見送るしかなかったラフィタは、ほっとした表情を浮かべた。
「それなら、良かった。皆が戻れた喜びの宴を開きましょう」
 ハーピーも有翼人も、楽しいことが大好きだ。
 うきうきとラフィタが誘うと、エミリオも嬉しそうな顔になる。
 が、その表情がすぐに曇った。
「エミリオ?」
「1人、子供を連れてきたんだ。人間の」
 首を傾げてみせたラフィタに、エミリオは言いにくそうに口にする。
 だが、子供好きのラフィタはぱあっと表情を明るくした。
「人間の子供?その子は、僕より小さいの?」
「ああ。......連れて来ているんだが、その子は、ちょっと、問題があってね」
「会いたい!会わせてくれるんでしょう?僕、友達になれるかな」
 人懐こいラフィタは、友人が多い。また魔族は、外見が違う者が多いため、ラフィタのように障害が持つものがいても、そのことで差別されることは殆どなかった。
 ラフィタは、兄が連れてきたその人間の子供とも仲良くしたいと意欲を見せる。
「わかったよ」
 期待を孕んだ瞳でじいっと見つめられたエミリオは、苦笑してラフィタを下ろして歩き出した。
 ひょこひょことラフィタはエミリオの後をついていく。
 連れてきた子供がいるという自分の屋敷の部屋に入ると、ラフィタは目を丸くした。
 黒髪の子供が、床に蹲っている。
 その手は、背後でしっかりと縛られていた。
「エミリオ......」
「そんな声を出さないでくれラフィタ。暴れるんで、しかたなく、だ」
 非難の眼差しと声を受けたエミリオは、そっと視線を逸らした。
 人間界を征服しに行ったといっても、独占国家の残虐非道、無慈悲な一部の人間が、その他の人間を虐げていると知った王弟が兵を上げたまでだ。
 民間人には暴力を振るわずの意思を持ち、『搾取の契約』を交わして敵意のない人間には庇護を与える。
「この子は、搾取の契約の元に差し出された子だよ」
 そっと近づいたエミリオが、子供の顎を掴んで上げさせる。
 笑顔を浮かべれば、さぞかし愛くるしく見えるだろう、大きい瞳に、黄金率に則った顔立ち。
 だが、愛らしさを微塵も感じさせない子供は、ぎろりとした強い殺意と嫌悪を滲ませた黒い瞳が、エミリオを射抜いた。
 荒々しい雰囲気を纏ったまま荒い呼吸を繰り返している。
「苦しいかい?ここは標高の高い場所だ。酸素も薄いから、平地に慣れた君には辛いだろう、フェリックス」
「私の......名を呼ぶ、な。下賎な、化け物、め......!」
 ひゅーひゅーと掠れる喉から、吐き捨てるような声が漏れた。
 対人受けの良いエミリオに対して浴びせられる暴言に、ラフィタは更に目を丸くする。
「......このように、たいへん問題のある貢物でね」
 エミリオは床にフェリックスを横たえさせると、肩を竦めてみせた。
「私を殺せ!そして私を差し出した......一族も皆殺しにすればいい!しんりゃくしゃに国や財産を奪われておきながら、生き恥を晒すなど、私は......ちちとおなじよう、に......ッ」
 怒鳴っていたフェリックスの頭が、がくりと床に落ちる。
 ぜいぜいと喘ぐその姿は、苦しげだ。
「あああ、高山病だ。まったく、酸素が薄いと言ったのに」
 エミリオは魔力を使い、フェリックスの周囲に平地と同じ濃度の酸素を集める。
 眉間に皺を刻み、深くため息を付いた。
「この子は、支配者側の子だ。我らの敵に当たる。......プライドが高くてね。こんなに小さいにも関わらず、処刑された国王の後を追おうとして、殉死未遂すること数回だ」
「......」
 ラフィタは、そっとフェリックスに近づいた。
 10歳にも満たない、子供に見える。意志の強い黒い瞳は閉じられていた。
 身に付けているものは煤けて汚れていたが上質で、元の身分の高さを伺える。
「洗脳教育、ですか?」
「それに近いね。自分の一族以外の人間は、家畜と思うように教育されてきたらしい。強い差別主義者だ」
「かわいそうに......」
 無理に与えられた価値観しか持てない子供を、ラフィタは悲痛な眼差しで見下ろす。
 すっと息を吸うと、柔らかな声で歌い始めた。
 人々を癒す、優しいメロディーにエミリオは緊張の解いた穏やかな顔になる。
 心を打つ純粋で透明な歌声に、フェリックスは、うっすらと瞳を開いた。
 黒い瞳が自分を映したことに喜んで、ラフィタはにっこりと笑みを浮かべる。
「僕はラフィタ。友達になろう?」
「......」
 子供は一度ラフィタを見つめ、すぐに興味なさそうに目を伏せる。
 今までされたことのない態度に、ラフィタはぱちりと瞬きをした。
「ねえ聞いてる?フェリックス」
 先ほど聞いたばかりの名前を呼んでみても反応がない。
 エミリオに激昂したように怒られた方が、まだ対処のし甲斐がある。
「君がそういう気ならね......えい!」
 ゴツッ。
「!」
 手のないラフィタは自らの存在をアピールするために、フェリックスの頭に対して頭突きを仕掛けた。
「ラフィタ?!」
 これには様子を見ていたエミリオも驚きだった。
 うつ伏せになってしまったラフィタを慌てて抱き起こす。

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