月と花の出会い-1
俺にはとても美人な恋人がいる。
月島達樹さんといって、俺よりいっこ上の高校二年生。
足の先から髪の毛の先まで、綺麗な人だ。
美人、佳人という言葉がこれほどまでしっくりくる人は、今まで見たことがなかった。
天然の細い猫っ毛の茶髪。襟足は少しだけ長い。
頬にかかるその髪の毛が、より先輩を繊細に見せる。
長い睫に縁取られた瞳はきらきらと輝いて宝石みたい。
すっと通った鼻筋。
唇は、ぷっくりとしていて、ほんの少しだけ赤い。
儚いその外見は、女なんか目じゃないほど、美しかった。
全寮制の男子高校の入学式に初めて目にした時、俺はあっという間に恋に落ちた。
可愛らしい、愛らしいと言われる外見のせいで、男に惚れられることの多かった俺だったが、今まで男に惚れたことなんて一度もなかった。
憧憬なんて感情ではないことは、すぐにわかった。
初めて見たその日の晩、月の化身のようなその人を脳裏に描いて、自分でチンポを扱いた。
一晩に三回もイッたことなんて初めてだった。
それぐらい、好きな人。
達樹先輩は、この学校では有名な人だった。
なんたってあの外見だ。
月姫なんて呼ばれて、学校の変態どもの密かなアイドル。
閉鎖的なこの空間に閉じ込められた、思春期の男子という名の獣たちのオアシスだ。
俺だったら寒気を感じて、即蹴りを入れたくなるような気持ち悪いまでの、ぎらぎらとした熱い視線を受けながらも、平然と優しい笑みを浮かべている。
むしろその顔もオカズにされているだろう。
俺ももちろん、右手のお供に使ってしまった。
罪悪感もあったけれど、遠くからでも時折無意識にする唇を舐める仕草なんか見せられて、我慢なんて出来るはずはない。
間近にいるやつは、なおさら我慢なんて出来ないんじゃないかと思う。
でも、なにか起こりそうになるたびに、達樹先輩は同学年にいる賀川という男に助けられていた。
達樹先輩はその男と、付き合っているというもっぱらの噂だったから、遠くから見ているだけでよかった。
そう思っていたけれど。
出会いと、そして告白の機会はすぐに訪れた。
「ッ......くそ!離しやがれッ」
「大丈夫だよ。気持ちいいだけだからね、相川くん」
きっしょい声で、俺の名前を呼ぶんじゃねえ!
下品な笑みを浮かべて、毛むくじゃらな手を俺に伸ばしてきたのは、確か入ったばかりの図書委員で、先輩に当たる人物。
普段は使わない学校の別館にある資料室で、書類の整理を図書委員みんなでやる。...なんて呼び出された俺は、資料室に入ってみればこの変態と二人きりという状況だ。
委員会に入ったときから、気持ち悪い視線を向けていたこの男。
もちろん警戒していた。
だけど、子供の時に出没した変質者みたいに、俺に触ってくるとは思ってなかった。
閉鎖的とはいえ、ここは学校の中だ。
公共の場所でナニかしようなんて、俺には考えられない。
......が、考えを改めよう。
「てめぇ、キモイんだよッ」
下半身を隆起させて近づいてくる男に、俺は鳥肌を立てながら逃げた。
資料室は結構広いようだったが、なにぶん初めて入った部屋だ。
構造が良くわからない。
迂闊にドアを背に逃げてしまったせいで、俺は資料室の背の高い棚の奥に追い込まれてしまう。
棚と棚に挟まれ、そしてその先は壁。
俺は舌打ちして男を睨んだ。
男はニヤニヤ笑いながら、ベルトを外し、イチモツを露出させる。
げぇ......っ。
頬が引きつるのを感じた。
おぞましさに身体が強張りそうになるが、それを堪える。
こんなときは動けなくなった方が負けだ。
......変態には、それなりの扱いと処遇を与えないとな。
俺はふっと息を吐き、腹に力を込める。
「怯えなくていいから......」
「誰が怯えてるって?!」
俺は怒ってんだよっ!
先手必勝。
俺は相手の懐に入り込むと、急所を蹴り上げた。
幸い、と言っていいのか、相手が自ら出してくれていたおかげでクリティカルヒット。
「ぎゃっ?!」
変態に対して手加減なんてしない。
身体がぐっと丸まったところで、みぞおちに掌で当身を食らわせる。
一瞬、動きが止まった。
......どうだ?
すぐに後ろに下がって距離を取る。
ぐらりと巨漢が揺れ、床に倒れ落ちた。
「やった......」
呆然と呟いてしまう。
武術を習っているが、人を気絶させるのはこれが初めてだ。
恐る恐る近づいて様子をみる。
...呼吸も安定しているようだから大丈夫だろう。
しばらく立てば起きるはずだ。
そして、それを待つほど俺は馬鹿じゃなかった。
変態を飛び越して、俺はドアに向かう。
そのとき振り返ったのは、偶然としか言いようがない。
俺が追い詰められた棚よりももっと奥。
ほこりっぽい資料室の中で、そこだけが空気が違った。
「......ぇ...」
椅子に腰掛けた『月姫』。
そこに、月島達樹、さんがいた。
優雅に微笑んで、俺を見ている。
「君、強いんだね」
声は、アルト。
生徒の中で出回っていた、携帯の録音機能で取ったらしい『おはよう』という声は聞いたことがある。
むしろ、持っている。
が、初めて聞いた生声の威力は、そりゃもう凄かった。
耳の奥、脳の芯が声に痺れて、心臓が急に走り出す。
「あ......」
思わず立ち尽くす。
どうしようどうしよう。
こんなに近く、この人がいることなんてない。
なぜ達樹先輩がここにいるのかなんて、全然考えなかった。
それよりも、大好きな人が傍にいるということで、俺の思考はどうにかなっていたんだろう。
思わず大またで歩み寄り、ほっそりとした白い手を手に取る。
そして見上げてくる茶色の瞳をうっとりと見つめて。
「好きです!」
告白していた。
達樹先輩はあっけに取られたように、俺に握られた手を見、それから俺の顔を見る。