8月リクエスト-3
-Lovely date-
俺の家の、俺のベッドの上で、ともあきさんが背中を仰け反らせる。
白いシーツに浮かび上がる、日に焼けた褐色の肌が汗を浮かべる。
けど、腰回りだけは、とても白くて。
俺は手を伸ばして、その白い尻を触ろうとして。
目が覚めた。
「......」
ピピピピピ、と目覚ましがなっている。
くそ、こいつのせいか。
自分で設定したはずの目覚まし時計を壁に投げつけて止めると、俺は起き上がった。
大きな欠伸を一つ。
がりがりと髪をかき乱すように掻いて、俺は気付く。
朝の男に起こる生理現象に。
「はあ......」
ため息をついてベッドから抜け出す。
目指すはトイレ。オカズはさっきのともあきさん。
いろいろあって、俺は大好きで堪らないともあきさんと、付き合えるようになった。
けど、とっても倫理観念がしっかりしているあの人は、俺とのスキンシップを極端に避けるようになった。
少し前までは俺が我慢が出来そうになかったから、手を繋いだり肩が触れ合うほどに近づいたりなんてしないようにしていた。
しかし、両思いとなり、いくらでもラヴラヴオーラ出してもいい状態になったにも関わらず、ともあきさんは俺に、外ではなかなか近づいてくれない。
曰く、公共な場である外で、同性同士の恋人が外で手を繋いだり、触れ合ったりするのは良くない、そうだ。
日陰者だと、ともあきさんは言った。
俺はそんなの全然気にしないのに。他人がどれだけいちゃつこうが気にしないから、俺たちも気にせずいちゃつこうぜ?と思う。
でもともあきさんは駄目らしい。
はっきり言って、恋人になる前のほうが身体の距離は近かった。
ずっと、ともあきさんのひんやりした手を握っていられた。
その頃に未練がないとは言わないけど、俺は恋人になれたことを後悔なんてしない。
心が、ずっと前より近いから。
脳内でともあきさんを散々喘がせて、むなしい性処理を終えると俺は手を洗い、そして顔を洗った。
「今日は、美術館だ」
働いていないともあきさんとのデートは、もっぱら今までと同じように金のかからないところへ出かけることだ。
今日は、あの美術館に行く。
そばにある公園では、ともあきさんの手を初めて手を握った。
少し強引だったけど、あの人は途中から手を握り返してくれるようになった。
俺にとっては思い出深い場所だ。
しかも、今日のデートはともあきさんからのお誘い。
俺のバイト帰りに一緒に歩くのはもう日常だけど、今までともあきさんからどこかに行こうと誘われることなんてなかった。
これも、嬉しい変化。
昨日の帰り道には、人気のない場所で手を繋ぐのも嫌がるともあきさんに我慢しきれなくなった俺が、無理に手を繋げていた。
抵抗のある指をしっかり握って歩くと、ともあきさんも諦める。
そして。
「明日。美術館、行く?」
別れ際にそう誘われて、俺は飛び上がらんばかりに喜んだ。
思わず、ともあきさんを連れて駅から離れて、細い路地に連れ込んで熱い抱擁と、少しばかり下心を滲ませたキスをしてしまった。
怒ったともあきさんに殴られたけど、全然痛くなんてなかった。
たぶん、さっき見た夢は、この時の赤くなったともあきさんがエロ過ぎるのが原因だ。
ずっと悶々しながら電車で帰ったんだから。
髪を整え髭を剃り、きっとともあきさんは気付かないだろうけど、ブランド物のいいシャツを羽織って、俺は外に出た。
まだ夏の暑い日ざしを残す空。
けど、流れる雲はもう秋雲だ。
待ち合わせは、俺の働くコンビニ。
電車で行けば近いけど、歩くからちょっと遠い。
でもその分、ともあきさんと一緒にいられる時間が長くなると思えばいいよな。
俺は意気揚々と待ち合わせ場所に向かった。
コンビニに着くと、ともあきさんはもう既に着いていた。
「ごめん。待った?」
......なんて、恋人らしい会話だろうか。
じんわりと喜びが胸に広がる。
ともあきさんは「ううん」って言う代わりに首を横に振り、重そうなショルダーバッグを肩に掛け直した。
「どうしたのそのバッグ」
結構中身が詰まってそうなバッグに、俺は軽く首を傾げる。
すると、ともあきさんは俺の真似をするように首を傾げた。
......どうしてこう、この人は一つ一つの動作が可愛いんだろう。
「作ってきた」
「なにを?」
相変わらず片言で話すともあきさんに、俺は質問を続ける。
するとカバンを開けて、中から包みを取り出してきた。
包みを解けば、その中にはおにぎりが入っている。
「昼ごはん」
んん?美術館に行くのに、昼ごはん?
てっきり、絵画を見に行くだけだと思っていた俺は、不思議そうにともあきさんを見てしまった。
ともあきさんはこっくりと、一度だけ頷く。
おにぎりを包み直してショルダーバッグにしまうと、ともあきさんはくいくいと俺の服の裾を引っ張って歩き出した。
手を繋がなくなってからの、ともあきさんのアプローチだ。
後ろからついてくるのに服を掴むならともかく、隣を歩くのに服を捕まれる。
なあ、これなら手を繋いだ方がいいと思わねえ?俺はそう思うんだけど。
これが夜なら強引に手を繋ぎにいくところだが、今は昼間だし。会ったばかりでともあきさんを怒らせたくないし。
けれど、少しだけ癪だから、俺もともあきさんの服の裾を掴んでみた。
ともあきさんは俺の手を見て、それから顔を見上げてくる。
......笑った。
ちくしょうなんで手を繋いで歩いちゃ駄目なんだよ。
もういいんじゃないかなともあきさん。こんな二人で服を掴み合うぐらいならさ。
「顔、赤い」
いつものように悶々としていると、ともあきさんに覗き込まれた。
夜であれば気付かないだろうに、昼間の日差しの強さが恨めしい。
「今日は暑いからね」
素知らぬ顔で誤魔化して、ぽつぽつ話をしながら美術館に向かった。
ニートでひきこもりというともあきさんだが、ネットやテレビは良く見ているおかげか、俺の振る話題には相槌と、時折の合いの手を入れてくれる。
話している間にも、ショルダーバッグを重そうに担ぎ直すので、そのバッグをひょいっと取った。
すると、ともあきさんは嫌がって取り戻そうとするように手を伸ばしてくる。
だからにっこりと笑って、取らせないようにした。
「これ、俺の分もあるんでしょ?なら俺が持ったっていいよね」
「重い」
「だから俺が持つんでしょ。帰りはともあきさんに返すから」
不満そうにするともあきさん。
けど、俺が渡すつもりがないとわかると、諦めたようだった。
むすっとした表情で、俺の服を掴み直す。
少し遅れて歩いて俺の服を伸ばすようなことをするのは、ともあきさんなりの抗議なんだろうか。
どっちにしろ、可愛いのには変わりないのに。
あんまり笑うと気付いて怒られるから、俺は表情を変えないように我慢しながら足を進めた。
開いたばかりの美術館は、人気がなくてなにやら清廉な空気がある。ような気がする。
ともあきさんは入館すると、まっすぐ無料展示の絵画が飾ってあるスペースに進んだ。
俺はその後ろを付いていく。
無料展示の絵画は昔からあるものばかりだ。俺も良く見てるから、もう見飽きてる。
だから、絵を見るともあきさんを観察することにした。
真剣な横顔。
あ、まつげ長い。
耳たぶは少しふっくらとしている。
悪戯で噛み付いたとき、ともあきさんは震えてたっけ。
あのときも、かなりヤバかった。
ピアスも開けたことのないまっさらな耳を優しく噛んで、息を吹きかけたらともあきさんはどんな反応をするだろうか。
また震えるかな。それとも声を漏らしたりするだろうか。
妄想ばかりが拡がる俺の耳に、急に痛みが走った。
「いっ!」
驚いて息を飲むと、ともあきさんが眉根を寄せながら俺を睨んでいる。
ともあきさんが、俺の耳を強く引っ張ったのだ。
「見る」
指で、絵画を示す。
「み、見てるよ。やだなあともあきさん」
はははと乾いた笑いで誤魔化していると、ともあきさんはきゅっと唇を結んだ。
「嘘つきは、嫌い」
「......ごめんなさい」
項垂れた俺は、大人しくともあきさんと二人、並んで絵画を見た。
12時が過ぎて、若干人が増えてくると、ともあきさんが動き出し始める。
「飯」
くいくい、と一度俺の服を引っ張ってから先に歩き出す。
ともあきさんを見てもいられないし、暇で暇で仕方なかった俺は立ったまま寝れそうだった。
よくこんなに長い時間、絵を見てられるよともあきさんも。
心底そう思う。
年配の職員が軽く頭を下げてきたので、俺も目礼を返しながらともあきさんを追いかけた。
行き先は案の定、美術館に併設された公園だ。
日差しが強い。
この暑さのせいで、公園には誰もいない。
ともあきさんは、ざくざく芝生を進んでいく。
そっちになにかあったっけ?
不思議に思いながら付いていくと、背の低い植え込みの木の中に入っていく。
「ともあきさん?」
さすがにその中を通るのはどうかと思った俺が呼びかけると、ともあきさんは足を止めて振り返った。
「来て」
短く呼ばれる。
戸惑う俺に、手招き。
なおも動かないでいると、ともあきさんが焦れたように俺の手を掴んだ。
強く引っ張られて、植え込みの中に入る。
その先には、枝の生い茂った木々。
「ぅわ!」
枝に頭を突っ込んだともあきさんに引かれ、俺も枝に突っ込む。
いた!枝痛い!
頭や顔に刺さる枝に、目を閉じて苦しんでいた俺は、とんとんと肩を叩かれて目を開いた。
「......」
背の低い草の生えた、強い日差しは遮られた木々の下。
どこからか吹き込んでくる涼しい風。
外からは枝の塊にしか見えなかったのに、そこには快適な空間があった。
まっすぐ立つと、俺の身長では枝が邪魔だが、二人で座るにはとてもいい広さだ。
「俺の、秘密基地」
少し照れたように笑ったともあきさんに、見惚れてしまう。
ぼんやりしていると、ショルダーバッグを取られた。
中から出されるのは、青いビニールシート。
広げたともあきさんは、テキパキとそれを敷き、カバンからこれでもかというぐらいの料理を並べていく。
包みは、おにぎりが入っているのは見せてもらったから知ってる。
半透明のタッパーはウィンナーとスクランブルエッグ?
お重の一段目とも取れる黒い箱の中身は、数々のおかずだった。
「二人分でも、多いんじゃないの?」
余りの多さに思わず尋ねると、ともあきさんは唇を尖らせた。
「リベンジ」
「リベンジ?なんの?」
この質問には、答えてくれなかった。
5月に俺たちに邪魔された1人ピクニックの続きを、ともあきさんが今ここでしているとは俺は気付かない。
気を取り直して靴を脱いでビニールシートの上に座り、さっそくおにぎりに手を伸ばす。
すると、べしっと手を叩かれた。
「いただきます」
「......いただきます」
両手を合わせたともあきさんの真似をして、俺も手を合わせる。
今度はおにぎりに手を伸ばしても怒られなかった。
二人でもくもくと食べる。
「このきんぴら、美味しいね。隠し味何か使ってたりする?」
話を振っても、ともあきさんはこくんと頷くばかり。
食べているときは、普段にも増して話さないようだ。
傍にいれるだけで嬉しいけど、騒ぎあって食べられればもっと楽しいのになあと思って軽く息を吐く。
箸で、こっそり嫌いなたまねぎを避けていると、ともあきさんがそれを目ざとく見つけた。