8月リクエスト-4


「嫌い?」
「あんまり好きじゃないんだ」
 ともあきさんの手料理を嫌いで残すのは心苦しいけど、味と食感が嫌いでどうしようもないから仕方ない。
 がっかりさせたかな、と様子を伺うと、ともあきさんは俺の避けていたたまねぎを箸で摘んで食べてしまった。
 代わりに、煮付けに入っていたニンジンを俺の方へ転がしてくる。
「嫌い」
「ニンジンが?じゃあなんで入れたの?」
 ともあきさんからは「彩り」との返答。嫌いでも彩りを気にして入れるところが凄い。
 二人でそうやって食べていると、食べきるのが難しいほどあった料理があっという間になくなってしまった。
 ともあきさんもずいぶん食べたし、俺も腹が苦しい。
 ちまちま食べるともあきさんが、小動物みたいで可愛かった。
「美味しかったねえともあきさん」
「満足」
 ともあきさんが器をバッグに仕舞い、形を整えている。
 何をするのかと見守ると、ごろんと横になった。
 視線が合う。
 ぽんぽんと、枕代わりにしたバッグを叩くともあきさん。
 寝ろと言っているみたいだ。
 そして案の定、「昼寝」の一言。
「え、昼寝すんの?」
 美術館で絵画を見て、腹いっぱい飯食べて、それで昼寝?
 ともあきさんの考えるデートは不思議な順序だ。
 微妙な表情を浮かべている俺をよそに、ともあきさんは目を閉じてしまった。
 手足を丸めて、小さくなって寝ている。

 ......こーれーは、なんなんだろう。
 俺がともあきさんの隣で寝れると思ってんのか?
 生殺しだ。据え膳を目の前に手を出さないで、密着して寝てられるほど、俺は人格が出来てない。
 ブルーシートの上で、俺は膝を抱えた。
 ここは涼しいし、強い日差しも入ってこないから昼寝にも丁度いいんだろう。
 その上、誰にも気付かれない場所だから、人も来ない。
 うっかり、イヤらしい想像が脳裏を駆ける。
 吹き抜けていく風の合間に、聞こえるともあきさんの規則正しい呼吸。

 うーん......。
 何もしない自信がない。

 ともあきさんが起きるまで、公園の中でも見ていようか。
 この公園も見飽きているといえば見飽きているが、それでもこのままでいるよりはマシだ。
 そっと足を伸ばし、靴を履く。
 立ち上がろうとしたところで、シャツの裾が引っ張られた。
 ぱっちりと目の開いたともあきさんだ。
 黒い瞳で、俺を見上げてくる。
「あー...俺、眠くないからそこらへん歩いてくるね。ともあきさんは寝てていいよ」
 笑って服を掴むその手を外そうとすると、急にともあきさんが悲しそうな表情になった。
「楽しく、ない?」
 硬くなった、低い声。
「なんでそんなこと言うのかなともあきさん。俺は楽しいよ」
 にっこり笑いかけても、表情は変わらない。
 それどころか首を横に振られた。
「嘘つき」
「......もー、なんでそう思うの?」
 俯いてしまいそうになるともあきさんを抱き寄せて、身体を密着させる。
「ほら、顔上げて。どうしてそう思うのか、俺に教えてよ」
 促す俺に、ともあきさんが顔を上げる。
 近すぎる距離に驚いて、手を突っぱねようとするが、その手はしっかり押さえ込んだ。
「教えて。ね?」
 更なる問いかけに、ともあきさんの視線が俺に定まる。
 小さな唇が、音を発した。
「絵、見てなかった」
「それは、ともあきさんを見てたから」
「飯も、つまらなさそう、だった」
「それは......ともあきさんと話しながら食べたかったの、俺は。でもともあきさん、食べながら話すの嫌いでしょう?」
 誰の教育なのか、マナーや礼儀に対してともあきさんはとても煩い。
 だから、俺もそれに見習ったのに。
「......一緒に、寝てくれない」
 そこで、ともあきさんの眼差しが地面に落ちた。
 もう、この人は......。
 俺が大きなため息をつくと、腕の中のともあきさんが暴れ始めた。
「もう、誘わない」
 逃げ出そうとする身体を押さえ込んで、更に身体を密着させる。
 ともあきさんの手を掴んで、自分の胸に押し当てた。

 煩い俺の心臓の音を感じ取ってよ、ともあきさん。

「わかる?ともあきさんと一緒にこうしているだけで、俺はこんななの。隣で寝たら、なにするかわかんないよ俺」
「わ、わかんない、って......」
 ともあきさんの顔が朱に染まる。
 『そういう意味』で俺が意識しているのだと、ようやく理解したらしい。
「恋人が無防備に寝てたら、ねえ?わかるよね」
 ぶんぶんと、ともあきさんは首を横に振った。
 今理解した癖にわかんない振りしてると、苛めるよともあきさん。
「抵抗があるのはわかるよ。ともあきさんが決心つくまで待つし、俺」
 頬をなで、俯く顔を顎を掴んで上げさせて、俺は囁く。
 耳を軽く甘噛みすると、ともあきさんが震えた。
 けど、声は漏らさない。
「だから、今はキスだけさせて。いい?」
 うっすらと、色づいた頬。
 この距離で見つめているからわかる程度に、ともあきさんが首を縦に振った。
 やっぱり嫌だと訂正されないうちに、俺はしっかりともあきさんの背に手を回して口付ける。
 唇を舐めて、軽く噛んで。
 きゅっと閉じてしまった口を何とか開かせようとするが、ともあきさんは口を開いてくれない。
「ともあきさんずるいなあ」
「え......っ、ん......」
 俺の呟きに、口を開いたともあきさん。
 間髪いれずに、舌を捻じ込む。
 ぎゅううっと手が俺の服を掴んだ。
 俺の舌を追い出したいのに、どうしようも出来ないでいるともあきさんが目を見開いている。
 可愛い。
 存分に口内を弄って、歯列を舐めあげて離すと、ともあきさんがブルーシートに倒れこんだ。
 力が抜けて、ふにゃふにゃだ。
「も、だめ」
 両手で口を隠して涙目で告げてくるから、ついついせがんでしまう。
「駄目?どうしても?」
「だめ」
「あと一回だけ。一回キスしたら、今日はもうしないから。ね、ともあきさん」
 上から覆いかぶさって、ともあきさんの指を舐める。
 首を振り続けて、ともあきさんは拒絶を現した。
「キスしたら、一緒に寝よう?二人で仲良くお昼寝」
 この言葉には、ともあきさんの動きが止まった。
 本当?と言う様に俺と視線を絡ませる。
「昼寝中は変なことしないから、大丈夫。だから、キスしていい?」
 肯定はなかったが、口を覆っていた手がゆっくりと離れる。
 唇を噛み締めているともあきさん。
 ちょっとその態度は傷つくけど、怖がってるだけで嫌がってるわけじゃないとわかるから、辛くはない。
「口開けてともあきさん。今日最後のキスは、俺のしたいようにさせてよ」
 頼み込むと少しの間考え込んだともあきさんは、薄く唇を開いてくれた。
 喜んだ俺は、唇を重ねてちゅっと吸い付く。
 引っ込む舌を引き出して無理に絡めて、ともあきさんの息を上げさせる。
 角度を変えてキスを続けようとすると、顔を逸らされた。
「終わり」
 手の甲で唇を拭う仕草をするから、つい俺も意地になる。
「だーめ、嫌がっちゃ駄目だよともあきさん。嫌がったからもう一回ね」
「な......ぅ、ん......」
 再度唇を重ねる。
 それから俺は、「キスの最中は目を閉じること。閉じなかったからもう一回」「だめだよともあきさん、恋人同士はもっと舌を絡めてキスするの」なんて理不尽なことを言い続けながら、何度も口付けを交わした。
 もう何度キスしたかわからない状態だ。
 ともあきさんも思考が停止しているのか、俺のされるがままになっている。
 まだ足りない。もっとともあきさんを味わいたい。
 口付けを続けようとすると、ジーンズに無造作に突っ込んでいた俺のケータイが鳴った。
「......」
 ともあきさんから離れてケータイを開く。
 俺はこのとき、無意識に舌打ちしていたらしい。
 鳴ったのは、ケータイでセットしていたアラームだった。
 この時間には移動しないと、今夜のバイトの時間に間に合わないという、そんな時間。
 夏休みだからとバイトの日数も時間も増やしたことが、仇になった。
 一瞬サボろうかとも思ったが、サボるとともあきさんと夜には会えなくなる。
 タイムリミットだ。
 そのことを告げようと、俺は残念に思いながらケータイを仕舞ってともあきさんに視線を戻した。
「ともあ......」

「まだ、だめ?」

 ともあきさんは。
 息を弾ませたまま、俺を待っていた。
 潤んだ眼差し、濡れた唇。色香を乗せた肌。
 悩殺されている俺が動けずにいると、ともあきさんは目を閉じた。
 少し突き出した唇は、薄く開いて。
 キス待ちの体勢だ。
 ......恋人にこんな顔されたらさ、男なら我慢しきれねえよな?
 がばっと押し倒して、深く濃厚なキスを仕掛けた俺の手は、勝手にともあきさんのシャツをたくし上げていた。
 指先が、薄い胸板を滑って突起を引っ掛ける。
 きゅっと摘んで転がして、更なる刺激を与えようとしたその時、
 とうとう、ともあきさんの現時点での許容内容を越えたらしい。
 拳で頬を殴られた。
「変態も、嫌い!」
 力も抜けた状態だったから痛くもないけど、言われた台詞にショックを受ける。
 捨て台詞を残して、ともあきさんは茂みから出て行ってしまった。
 なんか、これ、デジャヴュ......。
「なんでこう、俺って堪え性ないのかなあ......」
 残された俺は、がっくりと肩を落とした。



 バイトの時間中、俺はずっとそわそわしてた。
 あのあと、気を取り直してともあきさんを探したけど、もう既に影も形もなかった。
 仕方なくシートを片付けて、ショルダーバッグも回収して、俺はバイト先のコンビニに急いだ。
 結局は一時間、入るのに遅れてしまったけど、店長には軽く怒られただけで済んだ。
 別にコンビニのバイトがクビになろうがどうしようが構わないが、ともあきさんと会う機会が少なくなるのは宜しくない。
 それよりも、今日ともあきさんが来てくれるかどうかが不安だ。
 なし崩しに告白した形になったあの日の後、バイト先に来てくれなかった。
 終電ぎりぎりまでコンビニで待って、終電過ぎても待って、それで来るはずがないって気付いたあの日。
 俺は振られたんだと思って酷く泣いた。
 もっと俺のことを知ってもらって、好きになってもらってから告白しようと思っていたから、運命と薫を恨んだりもしたけれど。
 ともあきさんが俺を受け入れてくれたから嬉しかった。
 でも、これでともあきさん来てくれてなかったら、どうしよう。
 そんな不安に押しつぶされそうになりながら、バイトをきっかり10時に終えて、俺はコンビニの裏口から飛び出した。
 街灯に揺れる、一つの人影。
 思わず顔が綻ぶ。
「ともあきさん」
 にこにこ笑いながら近づくと、その分下がられた。
 え。
「1m以上、近づくな」
 じろりと睨まれる。
 俺は動きを止めた。
「嘘つきと、変態は嫌い」
 ふんと鼻を鳴らすともあきさん。
 昼間のこと、やっぱり怒ってるらしい。
「それって俺のこと、嫌いってこと?」
 自業自得だけど、怒ってるともあきさんに悲しくなって尋ねずにはいられない。
「......じゃない」
 ぼそっと呟いた声は、嫌いじゃないって言っているように聞こえた。
 確認しようにも、さっさとともあきさんは歩き出している。
「俺は、大好き!」
 嬉しくなって、俺は背後からともあきさんに抱きついた。
 すぐに殴られて引き剥がされたけど、俺は上機嫌だ。
 俺ってやばいぐらい愛されてるなあ。
 スキップしそうなぐらい喜んで歩いていると、ともあきさんに「キモい」と言われた。

 キモがられてもいいよ、俺も愛してる。

 心ン中で、普段あまり言えないことを呟いて、俺はともあきさんと並んで駅に向かった。


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