12月リクエスト-3


-センチメンタル-



 ケイタイは、結局まだ買ってない。
 一緒に買いに行ったはいいが、選べなかった俺のせい。
 和臣はドコモのケイタイを勧めて来たけど、俺はソフトバンクのケイタイが欲しかった。......が、結局言い出せず終いだった。
 俺がやっぱりケイタイを買うのは今度にする、と言ったときの残念そうな顔を思い出すと、なんだか俺の方が気まずい。

 そんななんとなく、嫌な気持ちのまま突入した年末。

 仕事を殆どしていない俺は、曜日感覚や日にちの感覚がまるでない。
 寒くなってきたなとか、そういうことは感じるけど、和臣が浮かれて予定を入れてくるまで、その日が何の日だったか、ろくに覚えていなかった。
「今度の水曜日は暇かな?てか、暇でしょ?暇だよね」
 いつもながら、無理やりな三段活用だ。
 にっこりとヤツが浮かべた満面の笑みを、なぜか見ることができない俺は、視線を逸らしたままゆっくり頷いた。
 まだ、兄の恋人の食事会で知ったことを、俺は引きずっていた。
 表情は目の端に入っているが、きちんと見ているわけではないので、和臣が少しの間、寂しそうな顔をしたことにも気付かない。
「クリスマスは一緒に過ごせるよね」
「......」

 ああそうか、その日はクリスマスか。

 言われて、和臣の部屋のカレンダーを見た。
 冬休みに突入した大学生は、かなりの暇人だ。
 平日でも、俺を自宅に連れ込むことぐらいはやってのける。
 今でも、ほら......。
 痛いほど感じる視線に、思わず顔を動かすと息も掛かるぐらいそばに、馬鹿がいた。
「!」
 驚いた俺は、頬に手を当ててぐいぐい押しのけようとする。
 近いんだっての!
「ともあきさん......」
 甘く掠れた声で名を呼ばれ、ぎゅうっと抱きついてくる。
「はなせ!」
「なんで?」
 囁いて、和臣は俺の耳に噛み付く。
 ひいい!そんなとこ美味しくない!
「やだ......って!」
 無理やり引き剥がし、俺はヤツから自分の身を守るように間合いを取った。
 人一人分入るぐらいの余裕が空くと、和臣はソファーの上で肩を落とす。
「最近......なんだか、冷たくない?」
 ひっそりと悲しげに呟かれて、俺はぎくりと身を強張らせた。
 うっかり知ってしまった、兄と和臣の繋がり。
 怖くて未だにどういう関係なのか、確認が出来ていない。
 そんな状態だから俺は、和臣に対してなんだか警戒してしまうのだ。
 触れ合っていて、抱きしめあっていて、ケイタイが震えると俺までびくっと反応してしまう。
 兄から?それとも別の人?
 そんなことを気にする俺は、女々しいと思う。
 不自然な反応をしたくなくて和臣と距離を置こうとするが、それ自体が和臣にとっては不自然な反応なのだ。
 やめようと思っても、無意識すぎてやめられない。
「も、時間、だから......」
 そそくさと時計を見ながら立ち上がる俺に、和臣は少し切なそうに笑って「うん」と頷いた。
 恋人相手でさえそうなのだ。
 兄なんて、俺の微妙な態度をかなり敏感に察していた。
「おい」
 朝食は皆一緒に取る。
 父は今日は出張でいないため、母と兄と、俺でごはんだ。
 低く兄に呟かれて、俺は箸を銜えたまま固まった。
「醤油」
 指示されて、ほっとしながらテーブルの端にある醤油を、手を伸ばして取る。
 それから、カタンと兄と俺の間に置いた。
 そしてまた無言で白ごはんを食べ始める。
「......」
 それを見て、兄は嫌そうに顔を歪めた。
 いつもなら手渡しだ。なぜなら兄が使った後に、すぐ元の場所に戻すのも俺だからだ。
 だけど、このときはどうにか兄と接しないですむ方法ばかりを考えていたために、兄の反応に俺は気付かなかった。
「塩」
 兄に呟かれたので、次は塩を取って間に置いた。
「七味」
 お次は七味だ。そんなに薄味かな今日の料理。
 取った七味をテーブルの上に置こうとして気付いた。
 皿と皿の間に置かれた調味料。それがあるために、新たに取った調味料が取れない。
「ん」
 困った俺は、しかたなく手渡しをしようと、兄を見上げた。
 途端に笑顔になった兄に、頭を鷲掴みされる。
「なんだ、ともちゃんは反抗期でちゅか?」
 いでででで!
 ぐりぐりと頭のツボを押されて身悶える俺。
「今日のメニューに、七味かけるようなもんがあるか?ああ?言ってみろ」
 七味って言ったの昭宏じゃねえか!
 じろっと睨んだが、更に頭を強く捕まれたので、俺の指は勝手に味噌汁を指差していた。
「そうか」
 頷いた兄は、無断で俺の味噌汁に七味をかける。
 あ、あ、あああ......。
 ぷかぷかと水面に浮かぶ、赤い破片に俺はがっかりした。
「お兄ちゃん、トモくんがつれないからって、あんまりちょっかい出したらだめよ」
 先に食べ終わった母が、苦笑しながら食器を片付ける。
「別にそんなんじゃねえよ」
 ぶすくれた兄はごはんをかきこんで立ち上がる。
「ニート、片付けとけ」
 そのまま兄はさっさと仕事に出かけてしまった。
 いつもの、いってらっしゃいの抱擁も待たなかった。
「なぁに、喧嘩でもしたの?」
「......してない」
「早く仲直りしなさいね」
 何もかも知っているかのような母に、ぎゅっと抱きしめられた俺は、微妙な居心地の悪さを感じながら、その日もバイトに出かけた。
 俺が、悪いのか。
 兄と恋人が俺を通さないで知り合いみたいだって、気にする俺が悪いのか。
 2人に対して、よそよそしい態度を取るのがいけないんだろうが、こんなときはどう反応していいかわからない。
 いつものように和臣のバイト先のコンビニに着いた俺は、小雨が降っているせいで、寒さのあまりにコンビニの中でバイトが終わるのを待っていた。
 ぼんやりと悩みながら、陳列している玩具付き菓子の箱を振る。
 かさかさとその音を聞いて、また別の小さな箱を取って音を聞く。
 これとこれは違うかな。これは一緒......か?
 現実逃避に箱を並べ替えていると、バイトを終えたらしいヤツが、「お疲れ様でした」とバイト仲間に挨拶をしながら、俺に近づいてきた。
「それ、好きなの?」
 いじっていた箱を指差され、俺は首を横に振る。
 なんでもねえよ。行こうぜ。
 くいっと軽く服の裾を引っ張ると、和臣は口元を緩ませて頷いた。
 雨の日は、和臣の家に行けない。
 和臣のバイクだと、俺が濡れるから駄目らしい。
 俺より自分の心配をしろ馬鹿め。と思わないことはなかったが、なんとなくくすぐったくて嬉しかった。
 なので代わりに、俺の家に行く。
 和臣はバイクをコンビニに置いて、わざわざ俺を送るのだ。
 なんで?って一度聞いたら、少しでも長く一緒にいたいから、だと。
 ......けっ。
「あれ、ともあきさん耳赤いよ」
 囁かれた言葉を思い出していたら、にこにこと笑ったコイツに、くいっと指で耳を引っ張られた。
 やめろよ。
 手袋に覆われた手で、俺はヤツの手を払う。
「手袋片方貸して」
 そう言われて、手袋を外す。
 和臣は俺の手を握り、外した手袋は自分の空いた手につけた。
「......」
 それぞれ手袋をした手には傘を持ち、寄り添って雨が入らないようにする。
 なので、素手は冷たくない。
 そっと指を交差させる繋ぎ方に変えると、和臣は小さく笑ったようだった。
 なにか言いたいことでもあんのかてめえ。
 くいっとかるく手を引くと、和臣は俺の傘の中を覗いてくる。
「ともあきさん、家が近くなる前に」
「......なに」
 じっと見つめ返すと、ヤツの顔が寄った。
 少し、角度を斜めにした、口付けの前。
「ここ、道、」
「夜も遅いし、こんな暗い中で、傘の中覗き込むヤツなんていねえよ」
 そんなのわからねえじゃねえか!
 身を引いたが、手が繋がっているせいで、それ以上下がれなかった。
 軽く触れ合う......前に和臣が止まる。
 間近で視線が交わる。
 なんだよ、キス、しねえのか。
 身体に力が入ったまま、俺はヤツを見つめた。
「......やっぱやめ。俺、絶対キスだけで終われそうにないもん」
 身近にあった体温が離れる。
 ので、


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