2月-3
和臣の様子が、変だ。
『風邪、大丈夫?』
『ん。まあだいたい、それなりだから』
『なんだそれ。あんまり無理するなよ』
『ごめんね。心配させて、本当にごめん』
交わすメールは、増えていく。
けれど、直接顔を合わせることはない。
風邪を引いたといったあの日から。
適度に散らばった絵文字を見て、俺はため息をつく。
ばふっとベッドに横になって、ケイタイ画面を見つめた。
いつもいつも、意味がなくとも会ってたから、何だか心がぽっかり寒い。
和臣は風邪が長引いていると言っていた。
ごめんねって言葉が、よくメールの文章に混じる。
謝んなくていいから。逢いたい。
「......」
俺はがばっと起き上がった。
なに、この胸のぎゅうって締め付けられるような感じ。
どこの乙女だ。キモいぞ俺。
和臣は具合が悪いんだ。逢えないのは、しょうがない。
俺のわがままで、もっと風邪が長引いたらどうする。悪くなったらどうする。
気付かないうちに、息を詰めていたらしい。
苦しくなって、俺は浅い呼吸を繰り返した。
「かずおみ......」
小さく名前を呼んだら、なんか、もっとぎゅうっときた。
ベッドの上で膝を抱えてうずくまる。
こんなんやだ。
俺、女々しすぎる。
......。
心を決めた俺は、一気に顔を上げた。
「って!」
勢いつきすぎて、後頭部が壁に当たる。
結構な衝撃があったぞ、今。
『会いに行ってもいいか。顔見たら、すぐ帰る』
痛みを堪えつつ、ちまちまメールを打つと、俺はベッドから降りた。
時計に視線を向ければ、現在の時刻は午後8時。少し前に夕食を食べたばかりだ。
電車でヤツの家に行って少しぐらい話しても、そう遅くない時間に家に戻ってこれる。
少しなら、きっと和臣の負担にもならないはずだ。
俺はジャケットを羽織った。マフラーを巻いて、手袋もする。
電車の中はあったかいけど、外は寒いからしっかり着込む。
あとは部屋を出て靴を履くだけ、というときに、ポケットに仕舞い込んだケイタイが鳴った。
『ともあきさんごめん。今、大学の友達が俺の看病、しにきてくれてんの。だから今日は無理。ごめん』
なんだと......?
瞬時に脳内が沸騰した。
俺が、だめで、友達なら会えるってのか。
ぎりっと奥歯を噛み締める。
『かおるさんが来てんの?俺じゃ、ちからぶそきってわけか』
そのままメールを送信しようとして、ぎりぎりのところで思いとどまる。
......ひでえ文章。変換もロクに出来てないし、打ち間違えしてる。
和臣は、大学の友達と言った。つまりは俺の知らない人間がいるってことだ。
薫さんじゃない。
なにかと、薫さんばっかり気にするのは、俺の悪い癖だ。
深呼吸を繰り返し、俺はその場に座り込みながら、その文面を消した。
今度は打ち間違えないように、感情的にならないようにメールを打つ。
『1人じゃないならいい。無理言って、悪い』
俺が、そばにいられないのは正直嫌だ。
でもコイツが、和臣が無理というなら、無理なんだろう。
今日は逢えないんだ。
しゅるっと、巻いたマフラーを解く。
俺の心境とは場違いな、軽快な音楽が部屋に響いた。
和臣からの、メールの着信。
『いや、俺の方こそごめんね。なんか、ほんとごめん』
「......謝るなよ......」
こんな、むやみやたらに、謝るヤツじゃないのに。
どうしたんだよお前。
『気にすんなって。俺、風呂入って、寝るからさ。おやすみ』
そう、メールを書いた。語尾には人生初の、絵文字を入れてみた。
笑顔の、絵文字。
メールって、便利だ。思ってもないことを、さも思ってるかのように、書ける。
「ッ......!」
不意に気持ち悪くなって、ケイタイを壁に投げつける。
ガツ。
ぶち当たったケイタイは、そのまま床に転がった。
「あ......」
さあっと血の気が引くのを感じた。
あれは、和臣からもらった大事なケイタイだ。
慌てて這うようにしながら、ケイタイを掴んで握り締める。
何度か開いたり閉じたりを繰り返して、どこも壊れてないことにほっとした。
『おやすみなさい。ともあきさんは、風邪ひかないようにね』
好き、とも、愛してる、とも混じらないメール。
別に普通のメールだ。
それでも。
なんか、辛い。
目に力を入れて閉じて、俺は水分が集まるのを必死で散らした。