4444hitリクエスト -夏風邪症候群- 2

「あれえ、ともあきさん。そんなとこに痣あったっけ?」
 へらっと笑ったコンビニ店員が、俺の二の腕を指差す。
 長袖着てくれば良かった。
 とっさに手で指摘された部分を隠しながら、俺は内心舌打ちをした。
 今日は一昨日よりも更におかしくなっているようだ。
 顔も赤いし、目も虚ろ。時折つらそうに眉を寄せるが、俺と目が合うと笑みを浮かべる。
「病院、行け」
「なに?ともあきさん、俺の心配してくれんのー?大丈夫大丈夫、大学休んで点滴打ってもらったから」
 へらへらと笑って手をぱたぱた揺らす。
 今日も、相変わらず俺には近づかず、手も握らない。
 お前、大学休んだのにバイトに来てどうすんだ。
 そんなに買いたいもんでもあるのかよ。
「そういや今朝のテレビでおとめ座一位だって。俺一位。すごくね?」
 すごくない。
「キーポイントは虹だって。今日晴天なのに虹出るのかな。探せば見つかるかな」
 今は夜だ。見えるわけないだろう。
「虹見つけたらお願い事三回言わなきゃね、ねえともあきさ」
「歩け」
 訳のわからないことばかり言うから、そう声をかけて俺は早足で歩いた。
「......ごめん」
 小さく謝られたが、それも無視した。
 改札について、何か言いたげなコンビニ店員の背中を押してやる。
 さっさと、行け。
 俺の仕草をどう思ったのか、ヤツは目を伏せて改札を通っていった。
「......」
 さて。
 ヤツの背を見送るのもそこそこに、急いで切符を買う。
 どこまで電車に乗るかわからないから入場券分だけだ。
 急がなければ、ヤツを見失ってしまう。
 一昨日、下り方面の電車のホームに行ったのは確認済みだ。
 俺は急いで改札を通ってホームに向かった。
『電車がまいりますので、黄色い線の内側でお待ちください』
 放送が入り、電車が滑り込んでくる。
 ......いた。
 高い背を丸め、俯き気味に歩く男を見つけ、同じ車両の別のドアから入り込む。
 コンビニ店員は。端の席の棒に寄りかかってつらそうに肩を揺らしていた。
 やつの前に座っていたのは品の良さそうなご婦人だったが、具合の悪そうなやつに席を譲ろうと立ち上がる。
 いいババアだ。偉いぞ。
 全部埋まっていた席で、そう立ってくれた人がいたおかげで俺は少し安心した。
 だが、ヤツは首を横に振って断ってしまう。
「座ったら、立てないっぽいんで、いいです。ありがとうございます」
 かすかに聞こえた声。
 その声に、俺はむかっ腹を立てていた。
 そんなに具合が悪いんだったら、バイトに来てんじゃねえよボケ!
 むかむかしながら、俺は電車に揺られた。
 カーブにかかるたびにぐらぐら揺れてるヤツが、気になってしょうがなかった。
 ヤツが降りた駅は、大学がある駅を通り過ぎて3駅ほど進んだ駅だった。
 普通、バイトって自分が行きやすいところにするんじゃないのか。
 ......遠いだろう、あそこじゃ。
 首を傾げながらヤツを追いかけて、切符を精算して外に出る。
 明かりの消えた昔ながらというような商店街を抜けて歩く男の背を見つめた。
 ああ、ぶつかる。こけそう。......もうちょっと足元見て歩け。
 不意に、ヤツの姿が見えなくなった。
 見失った?!と慌ててその見えなくなった地点まで急ぐ。
 周囲を見回して、小さな路地。
 座り込んでる、ヤツがいた。
「きもちわる......」
 堪らず、そっと俺は背中を擦ってやる。
「すいませ、大丈夫、なんで......」
 コンビニ店員は、背中を擦っているのが俺だと気付いていないようだ。
 俯いたまま、何度も荒い呼吸を繰り返している。
「そこの、マンション、俺んちなんで、大丈夫ですから」
 ふらつきながら立ち上がるヤツの身体を支えてやる。
「ともあきさん......?」
 そこでようやく、俺に気付いた。
 おせえよ馬鹿。
 俺は無言でマンションまで歩いた。
 エレベーターに一緒に乗って、男を見る。
「何階?」
「なんで、ここにいんの?風邪移るよ......」
 泣きそうに顔が歪むが、男はもう俺の手を振り払う力もないらしく、大人しく6階のボタンを押した。
 浮遊感に、ヤツが苦しそうに口元を押さえる。
 もう少しで着くから、頑張れ。
 俺はそっと頭を撫でて、優しく髪をすいてやった。
 エレベーターを降りて一歩進むごとに、俺によりかかるヤツの身体が重くなる。
「ここ」
 足の止まった部屋の前で、ヤツはカバンから鍵を取り出した。
 だが、上手く差し込めない。
 しかたなく鍵を奪い取って開け、ドアノブを回して中に入る。
「!」
 と、ドアのわずかな段差に突っかかったヤツが、そのまま中に向かってこけた。
 俺も引き摺られるように中に倒れる。
 ......いてえ。
 ヤツを支えようと頑張った俺は、長身の男に潰されて痛みに顔をしかめた。
「こけた、のに、いたくない」
 熱に浮かされたまま、ヤツは俺を見下ろす。
 俺が下になったからな、そりゃお前は痛くないだろう。
「夢かな、もしかして」
 おいおいおいおい。そこまで具合悪いのか。
 あんまりに酷いなら救急車を呼ばないと、と前に這って出ようとした俺は、するっとシャツの下に入ってきたヤツの手に驚いた。
 ひんやりした手。それが俺の腹を撫でている。
「ともあき、さん」
 うなじにふーっと熱い息。ちゅく、と吸い付かれる感触。
「ともあきさん」
 手が腹から上に上がり、指先が胸の突起を掠る。
「ともあきさん......」
 甘い囁き。首筋に何度も押し当てられる唇。
 俺はヤツが拘束する腕の中で身を捩り、向き合った。
 ばちんと両手で頬を叩くようにして、無理やり視線を合わせる。
「寝ろ」
 ヤツは頷きもしなかったが、立ち上がってふらふらしながら部屋の奥に消えていった。
 ......びっくりした。
 弄られた乳首がつんとしているのが、服の上からでもわかって俺は真っ赤になる。
 ふるふると頭を振って、考えないことにした。
 俺は起き上がって部屋の中を見回す。
 物は散乱して、雑多な男らしい部屋だ。冷蔵庫を見ても、調味料と飲み物がある程度で、飯になるものもなければ氷も入っていない。
 ふん。不摂生しやがって。
 俺はヤツの鍵を握ると、部屋を出た。

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