4444hitリクエスト -夏風邪症候群- 3
買ったのは氷と桃。
こいつのマンションの近くに、24時間営業のスーパーがあってよかった。
金も足りた。兄に20回も技をかけられた甲斐があった。
マンションに戻り、氷を袋に詰める。
雑多な部屋だ。多少荒らしても構わないだろうとタオルを探し出して氷水の入った袋を包む。
風呂場から洗面器を見つけてそちらにも氷水を入れた。
桃は軽く洗って皮を剥く。
買ってきたばかりで常温だが、あまり冷やしすぎるのも良くないだろう。
皿に盛り付け終えると、色々持ってヤツの元に向かった。
寝室で、ヤツは丸まっていた。
正確に言えば、丸まった布団の塊があった。
寝ているならいいが、その体勢で寝るのはきついだろう。
頭はこの辺りかな、と適当にぺろりと布団をめくると、濡れた目と目が合った。
え、なんで。
泣いてんだてめえ。
「夢でともあきさんにねろって、お、怒られたのに、寝れなくて、ごめんなさい」
はあ?
「変な、触りかたしたから、ともあきさんにきらわれる。ねえどうしよう、ともあきさん」
......。
「また、きらいって言われる......ても、つ、繋いでもらえない」
感極まったのか、ぼろぼろと溢れる涙。
縮こまって、布団の中にまた丸まろうとするので、それを邪魔してやった。
「さっきのともあきさんより、こっちのともあきさんの方が性格わるいし」
あーはいはい。わかったよ悪かったなよしよし。
今のお前の中には、俺がたくさんいるんだな。
ベッドに上がって頭をぎゅっと抱きしめてやる。
「ともあ」
開いた口に、桃をねじ込んでやった。
口に入ってきた柔らかい桃に、少し驚いたようだったがそのままもぐもぐと食べる。
薬飲ませるにも、何か食わせないとな。
「とも」
また開いた口に、桃を放り込む。
唇を伝った桃の汁を、指先でぬぐってやり、俺はその指をぺろっと舐める。
ん。まあまあ甘い。これなら食べやすいな。
こうしてヤツが口を開けるたびに、俺は桃を食わせてやった。
どうやら俺の名前を呼ぼうとしているらしいが、その度に桃を入れられたヤツは最終的に諦めたようだった。
氷枕を用意し、タオルは洗面器の冷たい水で濡らす。
「薬」
玄関に転がっていたのを発見したので、それを渡して水を飲ませる。
「くちうつし」なんて馬鹿なことを言いやがったから、額をぴしゃりと叩いてやった。
ごろんと横になったヤツの額に、濡れタオルを置く。
触れた額は熱かった。余程の高熱なんだろう。
しばらく様子を見て、やっぱり苦しそうなら病院に連れて行こう。
「これって、俺の願望だよねえ」
何だって?
とろんと落ちそうになってる瞼を上げながら、男は呟く。
「こうして、優しくしてもらいたいって願望。最近ともあきさん冷たかったからさあ」
冷たくしてねえよ。
「まー俺が悪いんだけどね、風邪移したくないしさあ」
瞼は落ちかけるのに、口は止まらない。
「寝ろ」
そう言い聞かせても、ヤツは首を横に振るだけだ。
「ともあきさんが消えちゃう。知ってる?ともあきさん、夢って続き見ようとしても見れないもんなんだよ」
そこまで言うなら、朝お前が起きるまで付き添っておいてやろうか。
今の俺が幻じゃなくて、現実だって教えてやるぞ。
「次会うとき、ともあきさん、俺の手を握ってくれるかな」
......そんな不安そうな顔で俺を見るんじゃない。
布団の中に手を入れて、ヤツの手を握ってやった。
嬉しそうに、目を細めて笑う。
そのまま目が閉じられた。
「......」
口から漏れる呼吸は規則正しい。
俺は額に乗せたタオルをひっくり返す。
終電は、諦めよう。
こいつが起きる前に明け方帰ればいい。
......それまで頑張って、体温下げろよお前。
俺の熱が移ってあったかくなった手を、ぎゅっと握った。