7月-12



 その途中で、砂山から怒声が上がった。
「ちくしょう俺を忘れんなーッ!」
 あ、忘れてた。
 みんな、コンビニ店員の声を聞いても完全無視だ。
 扱い方が慣れている。
 俺はぴたっと歩みを止めた。
 志穂ちゃんがそんな俺の顔を覗き込んでくる。
「少しの間だし、放っておいても大丈夫だよ」
 うん。でも、掘り出してくる。
 するっと腕を解いて、俺は山に走った。
「和臣!言ったらわかってるわよね?」
 薫さんの言葉に、ヤツは悔しそうにこくこくと頷いている。
 俺の顔を見るとほっとした表情を浮かべた。
「ともあきさん」
 待ってろ。今助け出してやる。
 せっせと、俺は砂を掻き出し始めた。
「俺が言わなくても、さすがにともあきさんも気付いたよね?」
 なにを?
 首を傾げて見せれば「ああ気付いてない......」とヤツはがっくり肩を落として見せた。
 よくわからないが、とりあえず自由にしてやろうと俺は頑張る。
 ヤツの右手をまず自由にして、それから左側。
 上半身の砂を取り除いたところで、下半身。
「砂って結構重いのな......」
 自分でも砂をよけながらコンビニ店員は呟く。
 ようやくヤツを掘り出して、ほっとしていると手を捕まれた。
「砂を落としに行こう」
 ぐいぐい引っ張られて二人で海に入る。
 出たり入ったり、なんか忙しい。
 適度に砂を落として、彼らに合流しようとすぐに砂浜に向かおうとすると、海の中で指を絡められた。
 視線を向ければ、ヤツは少し複雑そうな顔をしている。
 なんだよ。
「俺より、なんかあいつらと仲良くなってない?」
 は?
「ともあきさん、薫のこと美人なんて言うし。砂浜で志穂と話してるし。さっきなんて怜次と二人で、浮き輪握って帰ってくるし」
 指先に、力を込められる。
 こいつの手は、いつも、熱い。
 ......もしかして怒ってる?
 様子を伺うように見上げると、ため息を付かれた。
「来て」
 手を引っ張られて、沖に進む。
 肩まで海に浸かった。
 なんだよもう。俺も腹空いたんだよ。
 そわそわと浜辺に視線を向けると、顔を捕まれた。
 そして、ヤツは海に沈む。
 ぎゃあ。
 沈んだヤツに引き摺られるように、俺も海に沈んだ。
 いきなりのことに、がばっと口から空気が漏れる。
 こいつ、俺を溺れさせる気か?!
 足は地面についているから、まっすぐ立てば、息が吸える。
 それを邪魔したのは俺を沈めた張本人。
 片手は俺の手に指を絡め、もう片方は俺の背中に。
 水面に出ていないのに、酸素が吹き込まれた。
 ヤツの口から俺の口に。
 目を見開いて、黒い瞳を見つめる。
 その目が、切なそうに細められて。
 俺は苦しいのに、その口付けから逃れることが出来なかった。
 酔いなんて、いつの間にか醒めていた。



「ぷはっ」
 肺に酸素がなくなるそのぎりぎりで、ヤツが海面に出た。
 俺も一緒に浮かんで、げほげほ咽る。
 足が着く場所なのに、気付けばコンビニ店員にすがり付いていた。
「やべ......死ぬとこだった」
 夢中になりすぎた、と俺を支えながら、ヤツは呟く。
 な、なん......え、あ?
 俺の頭には、クエスチョンマークしか浮かばない。
「戻ろう。......あいつら戻ってきてる」
 浜辺を見て、ヤツはちっと舌打ちする。
 見れば、志穂ちゃんがぶんぶん手を振っていた。
 俺たちを見てる。
 そう思うと、俺はヤツからばっと離れた。
 突き飛ばす勢いで離れた俺に、コンビニ店員が手を伸ばす。
 その手から逃げて、俺は浜辺に走った。
 途中でこけてまた海水と砂を飲んだけど、あいつが追いつく前にシートに戻った。
 今は、触られたくなかった、から。
 三人が買ってきてくれたのは、ヤキソバだった。
 タオルで身体を巻いて、シートの上でみんな揃って食べたが、味はよくわからなかった。
 ヤツの手と同じ、熱い視線が気になってしょうがなかった。
 なんだよ。お前。薫さんと付き合ってるんじゃねえのかよ。
 ......わかんねえ。

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