7月-11

「ああ、あんた、酔ってるんだっけ」
 脇の下に手を入れられて立ち上がらせられる。
「ごめん」
 短いながらも、きちんと謝れた。
 その反応に、坊主は軽く頷く。
「しゃあねえ先輩だなおい。立てっか?」
 うん。
 砂浜まで引き摺られて、そう問われたから俺はしゃきっと立ち上がる。
「よし、戻るぞ」
 くるっと背を向けた男の手を掴むと、坊主はその手を見た。
 ぺし。
 無言で手を叩かれて離される。
 そうして、歩き出した。
 俺も無言でずるずると浮き輪を引き摺りながら歩く。
 最初にシートを敷いた場所から、ずいぶん離れてしまったらしい。
 すたすたと迷いなく歩く坊主の後を、ふらつきながら歩く俺。
 元々砂浜を歩くのが得意でない上に、酔いのせいで更に足元がおぼつかない。
 坊主がだんだん遠くなる。
 呼びかけることも出来なくて、俺は浮き輪を抱えて座り込んだ。
 ちょっと、休憩。
 息を深く吸って、吐いて、そして見上げる。
「さっさと立てよ先輩」
 目の前には、俺を脅す不良。......いやいや坊主頭の怜次くん。
 驚いて慌てて立ち上がる。
 それを見ると、また彼は振り返らず歩き出した。
 ......びっくりした。
 気にしてないようでも、俺に気を回してくれてんだ。
 少しだけ嬉しくなって、坊主に追いつく。
 そしてその手に、浮き輪を押し付けた。
 ざらっとした砂をくっつけたビニールに、坊主はちらっと視線を向ける。
 そして浮き輪を掴んだ。
 そのまま担ごうとするから、ぐっと片側を引っ張って止めさせる。
 途端に手を離された。
 違う。そっちの端っこ、持て。こっち側俺が持つから。
 ぐいぐいと手に再度押し付けると、また掴んでくれた。
 今度はそのまま歩いてくれるから、安心して俺は半分を持つ。
 こうして歩けば、俺が置いてかれる心配はあるまい。
 俺は安堵して歩いた。



「お帰りなさい。怜次、智昭さん」
 帰り着くと、砂浜には小山が出現していた。
 その上には、笑顔で座る黒髪の女性、薫さん。
「遅かったねえ、大丈夫?」
 ぱたぱたと走ってきたのは、茶髪。......志穂ちゃん、だっけ。
 コンビニ店員の姿は見当たらない。
 寂しいような、でも安心したような気持ちで、俺は目の前のくりくりっとした女の子を見た。
「俺、」
「え?」
「少しは焼けた?」
 きょとんとした志穂ちゃんに、俺はそう尋ねる。
 彼女は、俺の姿を上から下までじっくり見た。
 それからにっこりと微笑む。
「うん。少しかっこよくなったよ」
 実際には、短時間だし、殆ど色は変わってない。
 でもそう言われて、嬉しかった。
 へへ。
 男どもと肌の色を比べ合おうと、俺は坊主頭の怜次くんとコンビニ店員を探した。
 店員はすぐには見つからなかったが、怜次くんはしゃがみ込んで、砂山になにかぶつぶつ話しかけてる様子だ。
「なあ、なにあれ。なんなのあの生き物。あんなんで俺らより一つ上?幼稚園児からやり直した方がいいんじゃねえの、あの生き物。やべえよ、存在自体が」
「何言ってんだ怜次!ともあきさんになんかしたのかよ?!泣かすようなことしたら、てめえでもゆるさねえからな!!」
 あれ。あいつの声が聞こえる。
 きょろきょろと探して、怜次くんの後ろから、山を覗き込んだ。
 ......なにしてんの、お前。
「ともあきさん大丈夫だった?!ホントは俺が迎えに行きたかったんだけど......!」
 悔しそうに歯を食いしばってる、コンビニ店員。
 いや、俺より、お前の方が大丈夫か。
「駄目よ和臣。貴方、あることないこと、智昭さんに吹き込むつもりでしょ?」
 薫さんが、俺の頬をさらりと撫でる。
 そしてつま先でつんつんとヤツの顔を突いた。
「俺は真実しか言わねえ!」
「じゃあ、ずっとそのままでいなさい」
 小山に身体を埋められたヤツは、そのつま先に噛み付こうとして逃げられて、悔しそうな顔をしている。
 ......あれだ、ひっくり返されて起き上がれない亀。
 俺のいない間に、どうやってだか知らないが、いつの間にかコンビニ店員には、こんもりと砂が盛られて動けない状態に追いやられていた。
「ともあきさん」
 泣きそうな顔。その脇には手首から先だけ、砂山から出ている。
 その手をちょいちょいと揺らして俺を呼ぶヤツは、言っちゃあなんだか、ずいぶんと間抜けすぎる。
 せっかくの美形が台無しだ。
「ぷっ......」
「あははは!カズちゃんちょーウケる!」
「お前、やべえよ!」
 その様が可笑しくて、気付けば俺は、みんなと一緒に笑っていた。
 こんな風に人と笑うなんて、久々だ。
「智昭さんも戻ったことだし、ご飯買いに行きましょ」
 薫さんがふわっと笑って砂山から降りた。
「賛成」
「あきちゃんいこ?」
 志穂ちゃんがぎゅっと俺の腕に抱きついてくる。
 う、わ。
 女の子に腕なんて組まれた経験がないから、俺は固まってしまう。
 けど、彼女は怜次くんの恋人のはずだ。また鋭くにらまれるかと思って、びくびくしながら怜次くんを見た。
「あ?何だその目」
 俺、お前の彼女と腕組んでんですが。
 腕を見て、もう一度怜次くんを見る。
「ああ、おこんねえよ。志穂、ちゃんとそのおこちゃまの世話してやれ」
 おこちゃま...?!この俺が、おこちゃまだと?!馬鹿にするにも程がある!
「あきちゃんはおこちゃまじゃないもんねぇ?」
 慰めようとしてくれてるのか、志穂ちゃんが俺の頭をなでる。
 いや、頭......なでないで......。
「お子様って言うより、赤ちゃん?」
 薫さんさえ、そんなことを言って首を傾げる。
 なんなの俺のポジションって......!
 ショックを受けながら海の家に向かう。

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