11月リクエスト-7


-Sweet Drop-



 俺の恋人は、ちょっと執着心が薄い。

 年上の余裕を見せ付けられている、というよりも、俺にあんまり関心がないみたいだ。
 スキンシップは多いけど、ちょっと離れていると、ともあきさんから近づいてくれることはあまりない。

 家の中だと特に、だ。

『ねぇー聞いてる?』
「あ?ごめん、聞いてなかった」
『ちょっとおーもうかずったらぁ。じゃ、もう一回言うね~』
「うん」
 電話越しに聞く、女の甘ったるい声は、機械音が混じって聞き取りにくい。
 つうか、どうでもいい。
 どうでもいい話をさせているから、俺は聞く気がない。
 ソファーに座ったままの俺は、ちらりとともあきさんに視線を向ける。
 俺の大事な恋人は、背中を丸めてぺたんと床に座り、絨毯の縫い目を数え出しているようだった。

 ......暇なんだろ、な、暇なんだろ?
 なんで俺にかまってって言わないの?
 ずっと一緒にいれるわけじゃないんだよ。
 また......あと一時間ぐらいしたら帰るんだよともあきさん。

 土日祝日は別だが、バイト後にともあきさんを連れて部屋に帰って、一緒にいれる時間はあまりない。
 俺がメールや電話をし始めると、ともあきさんは俺から離れて一人遊びを始める。
 どれだけ黙っているのかと思って、ともあきさんが俺の家に来てから帰るまでずっとケイタイで会話してたことがあったけど、一言も喋らず、ともあきさんは1人遊びをしていた。
 その日に「気、悪くした?」と俺の方が尋ねると、ともあきさんはきょとんと可愛い顔を見せて「別に」と答えた。

 ともあきさんは、本当、どうでもいいことは、どうでもいい反応しかしてくれない。

「ちょい待って。......ともあきさん」
『え?』
 会話を中断させて、俺はともあきさんに呼びかける。
 すると、視線を上げて俺を見てくれる。
 そして呟いた。
「せんにひゃくごじゅうよん」
 は?
 俺がぽかんとしていると、名前を呼んだだけと思われたのか、また「1255、1256......」と数え出した。
「あーごめん、ちょっと切る。また明日」
『なにそ』
 プツ。
 荒げた声を最後まで聞く気はなくて、さっさと通話を終えてしまう。
 すぐにまたかかってきたが、無視した。
 絨毯の縫い目を数えているともあきさんを眺める。
 俺の部屋のオブジェとして飾ってあった知恵の輪で遊ぶのは、もう飽きたらしい。
 ともあきさんは解き方も戻し方もわかったようで、なぜか3つほどあった知恵の輪が、1つに合体していた。
 ともあきさん、俺電話終わったよ。
 じっと視線だけでそれを訴えてみる。
 穴が開くぐらいに見つめているのに、ともあきさんは俺の視線に気付かない。
 会話がなくなったことぐらい、わかってるだろうに。
 それほど、縫い目を数えるのに夢中なのか。......俺より?
 ため息が出た。
 好いてくれるのは知ってる。回数は少ないけど、ちゃんと身体の関係だってあるのだ。
 日焼けが落ち着いた肌を嘗め回して、キスだってしてない場所がないぐらい体中にして、中に俺のを押し込むと、ともあきさんはぎゅうっと抱きついてくる。
 そのときのともあきさんは、少しだけ不安そうな顔をしながら聞いてくるんだ。
「きもち、い......?」
 って。
 なんで聞くんだよもう。気持ちいいに決まってるじゃねえか。
 最初ッから俺のアドレナリンは出っ放しなのに、自覚症状がないのが憎い。
 ともあきさんは性経験は俺が初めてのようだった。すべてが戸惑いながら、俺が言うことなすことに従おうとしてくれる。
 恋人はこういうものだ。っていうと、そうなのかとあっさり納得してしまう、ともあきさんが可愛すぎる。

 そんな俺としては。

 恋人がいるときは、ずっといちゃいちゃしていたいわけだ。
 ケイタイの電源を切っていると、さすがに一部の人間から脅しに近いクレームが入ったので、それはやめるようにしたが、できることなら二人きりのときに邪魔されたくない。
 が、ともあきさんはそうは思わないらしく、電話もメールも好きにしろという。
 あまつさえ、用事があるなら毎日会わなくていい、とまで言い切った。

 泣ける。

 会いたくないの?と聞けばそうじゃないと首を振ってくれるが、やっぱり温度差は大きい。
 ともあきさんの言うとおり、メールも電話もしてるよってアピールを見せるが、......正直俺が嫌だ。
 一言、「やめて」って言ってくれたらやめられるのに。
 ずっと電話してても、止めの言葉は入らない。
 ......やっぱ、ちょっとだけでも荒療治したいところだ。
 電話やメールだけじゃ駄目なんだろうな、ともあきさんには。
 恋人の目が他に向くと、ろくなことにならないよって教えてあげないとな。

 俺が1人、決心を固めながらともあきさんを見ていると、ともあきさんの背がだんだん動き始めた。
 ローテーブル越しにともあきさんがいるから、何をしてるかわからない。
 が、相変わらず数字を呟いているから、絨毯の縫い目を数えているんだろう。
 だけど、ともあきさんはだんだんと俺から離れていく。
 いつのまにか、そろそろと四つんばいになって、キッチンスペースに向かっているようだった。
「ともあきさん」
 俺が声をかけると、びくっと反応して動きが止まる。
「そっち、絨毯ないよ。なに数えてるの?」
「フローリングの、板」
 なんでそんなものを、と思わなかったわけではないが、俺は気付いた。
 ともあきさんは俺の質問には答えたが、顔をこちらに向けず、ずっと床を見ている。
 少しだけ見えているその頬のラインは、仄かに赤い。
 ......なんだ、俺が見てるの気付いてたんだ。
 しかも熱い視線に、あてられている。
 俺はにやっと笑った。
「ねえともあきさん、もっと他の数、数えない?」
「何」
 四つんばいのままのともあきさんにそっと近づく。
 俺の影がともあきさんにかかって、それでともあきさんは俺が傍に来ていたことに気付いたようだった。
 真っ赤な顔で、俺を振り返る。
 少し潤んだ瞳に、上気した頬、真一文字に結ばれた唇。
 俺の視線って、そんなにエロいかな。
 考えながら、後ずさりしかけたともあきさんの足首を掴んで引き寄せた。
「キスの、回数」
 唇が触れ合いそうなぐらい、近い位置でそう囁く。
 形の良い目がまんまるになっているのが面白い。
 笑いそうになるのを堪えて、後頭部に手を回す。
「ちゃんと数えてね」
「な......っん」
 まずは一回。
 逃れようとした頭を押さえて、ちゅっと唇を重ねる。
 軽く触れるキスを何度か繰り返した後、「舌出して」と声をかける。
「っは......」
 ともあきさんは俺を見ようとして、でも出来なくなって視線を逸らしながら、小さく口を開けて舌を差し出す。
 恋人同士は、キスの種類もたくさんあるんだよと教えた成果だ。
 ちなみに嫌がるという選択肢は教えてないので、2人きりで甘い雰囲気になると断られたことはない。
 吸って、甘噛みして、舌先だけ触れ合わせて、と俺はたいへんいやらしいキスを続けた。
 互いの唾液が交じり合うほどに濃厚なキスをすると、こくんと喉を鳴らすともあきさんが可愛い。
 ......最近は、時々エロ可愛いが混じってきた。
 ふとした動作に色香がある。
 本人は意識してないのだろうけど、さっきだって板を数えてると言いながら、俺の視線から逃れようとしたときの、腰のラインがやばかった。
 俺の脳内だけがやばいのかと思ったけど、あれは他の人が見てもやばいと思う。
 キスを繰り返しながら、手を下半身に伸ばす。
 手の甲でさらっと股間を撫でると、ともあきさんの身体が跳ねた。
 キスに反応していることは、ソコの固さと表情でわかる。
 目に涙を貯めて、俺についてこようと必死だ。
「これで、何回目のキスか、わかる?」
 赤く色づいた唇をぺろっと舐めて離す。


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