11月-6


 いつからだ?こんな、本当に何気ない言葉が、痛く感じるようになったのは。

「てめえの恋人は、お、俺だ!女と、他のヤツと腕を組みたいなら、わ、別れてからにしろ!!」
 ......なんてこと言わせるんだ。
 つーか、俺、酷い醜い。
 ぼろぼろと溢れる涙が止まらない。
 もう拭うのも面倒になった俺は、ただ和臣を見つめる。
「けど」
 震える声で続ける俺に、和臣は目を細めた。
「ぜったい、わかれて、やんねえ......!」
 力いっぱい言い切る。
 捨てないで、とか、嫌わないでって言えたらいいのに。
 なんだこの言い方。
 嫌だ。もうこんなの。
 ぐずぐずと俯いて女々しく泣いていると、和臣の方が口を開いた。
「......そんなに俺のこと好き?」
「す、好き」
「どんぐらい?」
「いっぱい、好き。......改めて、聞くんじゃ、ねえよ」
 目の前に影が出来て視線を上げると、ヤツが傍に来ていた。
 驚いて後ずさろうとするが、窓に背が当たっている状態で、それ以上下がれない。

「俺もね、すっげえ好き。ともあきさんをがんじがらめにして離さないぐらい、好き」

 続けながら、俺の濡れた頬に舌を這わせる。
 熱い舌で舐められて、俺は顔を逸らそうとしたが、顎を捕まれて出来なかった。
「ともあきさんってさ、自分から欲しがること少ないでしょ。持ってるものを与えるのは別に全然気にしないし」
「え」
「心は、俺が望んだからくれたんだ。身体だって、俺が望んだから開いてくれた」
 ジッと音を立ててジッパーを下げ、つなぎみたいに着ぐるみを腰元まで脱ぐ。
 そうして熱い手で俺の手を握った。
 ちゅっと、その手の甲にもキスを落とす。
「そんなともあきさんに、欲しがられたかったの、俺」
 抱きしめられて、窓から離れる。
 え。つまり。......なんだ?
「意味、わから、ねえ」
 クエッチョンマークで脳が染まる。
 よほど不思議そうな顔をしていたんだろう、和臣は俺を見つめて少し笑った。
「なんて言いやいいのかな。俺が恋人でも、たぶん9月頃のともあきさんだったら、俺が誰と腕を組んでても気にしなかったと思うんだ」
「んなことな」
「ああ、ごめん。気にしないってのは極端だけど、さっき言ったみたいに、主張してくれないでしょ?多少は不機嫌になるかもしれないけど、俺がそうしたいならそうすればいい、なんて達観しちゃいそう」
 ......。
 クエッチョンマークは増えるばかりだ。
 つまり、コイツは俺を妬かせたかったのか?
 薫さんには良く妬く。なんてったって和臣と幼馴染で仲良いし。
 だけど、今言ってるのはそういうのとは少し違うようだが......。
 わからない。
「悩まなくていいよ。ごめんね。もう誰とも腕を組んだり、手を繋いだりしない。必要以外の人とは話もしないし、何よりともあきさんを優先するから」
「そ、そこまでしろって、言ってるわけじゃない」
「俺がしたいの。......愛してる。俺のことで苦しんでくれて、ありがとう。嬉しい」
 嬉々として口付けしようとしてくるから、なんとなく逃げる。
 だが、そのまま押さえられてちゅっとキスをされた。
 ほやんと優しくて甘いキス。
 角度を変えて重ねるだけのキスの後、軽く唇を舐められる。
 右手は向かい合った和臣に強く握られて、ヤツは空いた手で俺の腰に手を回して密着してくる。
 俺も抵抗は形ばかりになって、和臣の胸に凭れた。
「ともあきさんって」
 うん?
 なんだかぼんやりしてしまった俺は、無言で凭れたまま視線を上に向ける。
 凄く甘ったるい眼差しを向けてくるヤツと目が合った。
「意外に口悪いんだね」
「......」
 うるせえ。そんなん喋んなきゃわかんねえことだろうが。
 ぷいっと顔を逸らすと、頬を擦り寄せられる。
 懐くようなその仕草に俺は、閉じた口を開いた。
「幻滅、しねえ、の」
「口悪くて?んなわけないよ。わかって嬉しい」
 ちゅっちゅ、とキスを繰り返される。
「もっとともあきさんのこと、恋人のこと知りたい」
 恋人、とコイツの口から出てぼんっと赤くなってしまった。
「あと、できることならお願いがあるんだ」
「ん?」
 いいぞ。今ならなんでもしてやれそうだ。
 ふわふわとしたいい気分で、俺は和臣を見た。
「俺の名前、呼んで」
 甘ったるく囁かれて、俺は同じように小さな声で「おの」と呼ぶ。
 すると、「和臣」とすぐに訂正された。
「お、小野......」
「和臣」
「......小野」
 あれ。
 さっきあれほど練習したはずなのに、苗字は呼べても名前が出てこない。
 ぱくぱくと口を開閉させる俺に、和臣はため息をついた。
「どうして、俺は名前で呼んでくれないの?他はみんな、名前呼びだろ」
「し、篠崎」
 アイツは、苗字呼びだぞ。
 それを訴えると、「薫の恋人まで名前呼びで、俺が苗字呼びだったら、それはかなりムカつく」と心底嫌そうに一蹴されてしまった。
「さっきは連呼してくれたのに」
「あ、あれは!」
 お前だと思ってなかったから......!
 顔に熱が集まる。
 さっきは呼べたのに。なんで。
 俺は顔が赤くなったり青くなったりしながら、口を開いては閉じる。
「......はあ。もう、無理しなくていいよ」
 最終的に和臣に呆れられてしまった。
 肩を落としたヤツに、俺は焦る。
「待て。駄目」
 呼ぶんだ。こ、恋人の名前、ぐらい。
 和臣、和臣、と念仏のように心の中で唱えるが、それは音になってくれない。
「......す、好きなのに」
 どうして名前も呼べねえの、俺。
 唇を噛んでどうしようもない自分に自己嫌悪を感じていると、強く抱きしめられる。
「ホント、『好き』は言えるのにねえ。苗字でいいよ、俺のこと好きって言って。ともあきさんが言ってくれるだけで、俺幸せだから」
 そう言って、微笑まれる。


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