10月-2


 どうしようと考えているうちに、コンビニ店員は戻ってきた。
「公園もいいけど、こっちで食べよう」
 にこやかに微笑まれ、手を引っ張られる。
 『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた階段を上がっていく。
「どこ、行くの?」
 さっきまで手首を捕まれていたのに、いつの間にやらしっかり手を繋いでいた。
 並んで歩きながら、俺はヤツの顔を見上げる。
「屋上。ここの屋上、結構見晴らしいいんだよ」
 じゃらっと鍵を見せてくる。
 ......部外者なのに入っていいんだろうか。
 不思議に思ったが、鍵まで貸すということはいいのだろうと納得して、俺は屋上に続くドアの鍵を開ける男の背中を眺めた。
「けっこう、風あるね」
 開けて外に出る。
 元々、人が出入りするような場所ではないのだろう。
 フェンスもなく、端まで近づくと公園の中の変なオブジェを見下ろせた。
「ともあきさん」
 コンビニ店員に呼ばれて振り返る。
 ヤツは壁に寄りかかるように座っていた。
 手招きされて、近づく。
 隣に腰を下ろそうとしたところで、ぐっと腕を引っ張られ、足の間に座らせられていた。
 うわ......っ。
 背中に感じる、ヤツの体温。
 出来るだけ触れ合う面積を少なくするように身体を小さくする。だが、その分男は俺を腕ですっぽりと抱きしめてきた。
「食べないの?」
「お前、こそ」
 固まって動けなくなった俺は、じっと弁当に入ったカバンを抱きしめているしかない。
「こうしてるとあったかいでしょ」
「......ん」
 耳に聞こえる、ヤツの声が近い。
 跳ね上がった心臓の音が聞こえないか、俺は冷や汗をかきながら、ぎこちなく弁当を取り出した。
 意識を逸らさないと、身体が変に反応してしまいそうになる。
 俺、ほんと変だ。
「常設展示の絵、増えてたの見た?あれね、ここの閉館に合わせて県立の美術館に移動するんだって」
「そう、なんだ」
 高校の頃は暇さえあれば、見に来ていた。
 見知らぬじじいと絵に隠された動物が、猫か犬かで激論を交わした事もあるし、絵を見ていただけで金髪の生意気そうなガキに突っかかれたこともある。
 見れなくなるのは、少し寂しい気がする。
「今度また、見納めに来ようか」
「ん」
 おざなりに頷きながら、弁当を広げていく。
 今日もまた豪勢だ。腹いっぱい食べるつもりで、作ってきた。
 けど、こんなにドキドキしていたら食べられそうにない。
「ともあきさんの作る弁当って、いつも美味しそうだよね」
「たべる?」
「うん。食べたい。ともあきさんが食べさせてくれる?」
 俺の肩に顎を乗せて、男が頭をすり寄せてくる。
 ......う。
「離して」
「え。でも寒いよ。こうしてくっついてれば、あったかい」
「食べさせられない」
「......そっか」
 納得したように、ヤツは俺を離してくれた。
 ほっとした俺はそそくさと離れて、隣に腰を下ろす。
 確かに風通しが良くて少し肌寒いが、離れた方が俺は安心できる。
 サンドイッチを手で持って、ヤツに差し出した。
 ほら、食え。
 ヤツがじっと俺を見つめた。
 口にサンドイッチの端を押し付けても、ヤツは口を開けない。
 おい。食いたいんじゃねえのかよ。
「口、開けて?」
 首を傾げながらそう声をかけると、ヤツはぱくっと大きな口を開いてサンドイッチに食らいついた。
「ほほはきはん、ははひい!!」
 サンドイッチを口に押し込んで、抱きついてくる。
 何言ってるかわかんねえ。しかもなんだ、離してくれるんじゃなかったのかよ。
 口をもごもごしながら頬をすり寄せてくる。
 俺が嫌がっても離してくれない。
 こいつ......。
「やめろって!」
 ぐっと手を伸ばしてヤツを押しのける。
 思ったより力が入っていたのか、コンビニ店員が仰向けに倒れた。
 1人で倒れてれば良かったのに、この馬鹿は。
 俺の腕を掴んでいたせいで、俺までヤツに乗り上げるように倒れてしまう。
 これじゃあ、俺が押し倒したみたいだ。
 不機嫌そうに唇を尖らせても、ヤツは嬉しそうな表情のまま。
「こうして見上げるのも、なんか新鮮でいいな」
 サンドイッチを平らげたらしい男は、そう笑って俺の頬を撫でる。
 指先が肌を滑って、俺はわずかに身体を震わせた。
 くすぐったいと感じるよりも先に、じわっと来た熱をそっと息を吐くことで紛らわす。
 やばい、かも。
 軽くじゃれてるだけで、こうだ。
 俺、もう変態に違いない。
「......ともあきさん?」
 男が少し、訝しげに俺の名を呼んだ。
「あ、悪い」
 慌てて起き上がって離れようとした、とたん。
「まっ......」
 離れようとする俺を邪魔しようとした男が膝を立てる。
 ぐりっ。
 膝頭で股間を刺激された。
「!」
 意図的ではないとはわかった。
 わかってはいたが、俺は思わずヤツの顔を殴っていた。
「馬鹿!」
 真っ赤になるのを自覚して、こけそうになりながら屋上から室内に入る。
 そのまま階段を下りて、踊り場で壁にぶち当たった。
「......」
 顔面をぶつけて、そのままずるずると蹲る。
 どうしようどうしようどうしよう。

 気付かれた。


 屋上ではぽかんとしたコンビニ店員が、「あれ、ともあきさんの......硬かった......?」などと、呟いていた。


←Novel↑Top