番外編-18


「す」
「す?」
「素股なら、そう言えばか!」
 必要ねえ恥かいたじゃねえか!
 力が抜けてるから、起き上がれずに怒鳴ると、和臣が口をへの字に曲げる。
「いやだって、ちょっとアブノーマルだし、言いにくくて」
 俺が誤解した内容の方が、よっぽどアブノーマルだと思うぞ。
 半眼で呆れたような視線を向けると、なんだか微妙な雰囲気が流れた。
 困ったような表情の和臣はなぜか正座している。
 手際がいいヤツは、もうあっさりと下も脱いでいた。
 ぴんと反り返ってるモノが自己主張してる割に、本人は無視しているところは少し不思議に思う。
「えっと......と、ともあきさんが踏みたいなら俺、いいよ」
 少し頬を上気したまま、そんなことを言われる。
 ああ?それじゃ俺が変態みたいじゃねえか。
「やだよ」
 思わず唇を尖らせて告げると、残念そうな顔をされた。
 お前、どっちなんだ。
 最近ようやく一年を越えての付き合いになったとはいえ、まだまだ把握しきれないコイツの性格。
 まだ先は長いから、これから知っていけばいいんだろうけど。
 そう思いながら、俺はもそもそとうつ伏せに姿勢を変えた。
「どしたの?」
 体勢を変えた俺に、和臣は首を傾げた。
 だって、す、素股ならこっちの方がいいはずだ。
 俺、あんまり足に肉ついてねえし、柔らかくねえから、こっちの方がお前も気持ちいいに決まってる。
 上半身を捩るようにして和臣を見上げながら、俺は軽く腰を浮かして膝を閉じた。
 こ、こうすると、ケツ突き出す格好になるから恥ずかしさに顔が赤くなる。
 片耳をベッドに押し付けるように顔を伏せつつも、視線を向けて俺は催促した。
「ほら」
「え、あ、う......」
 正座の姿勢から立ち上がろうとした和臣。
 そういや背後からって今までなかったなとふと考えた俺に、何か水滴がかかった。
 パタタッ。
 効果音で書くなら、このような感じだったに違いない。
 水滴は、俺の頬から捩った上半身、そしてヤツに向けた尻に断続的にかかっていた。
 なんだ?
 頬の部分に付いた水滴を指で掬う。
 濁った白色で、特に匂いはない。ない、が......。
 ......。
「わーっ?!ともあきさんごめん!た、タオル!っ......その前にティッシュ!」
 さあっと顔を青ざめた和臣が、ばたばた動き出した。
 泣きそうな顔で、俺に付いた精液を拭い出す。
 なにがきっかけで、和臣が射精したかわからない。
「ご、ごめん汚して!」
「いい」
「でも、ごめん」
 慌てる和臣。どうやらパニクっているらしい。
 俺の尻や肌を拭いながら、感情が高ぶりすぎたのか、ぽろっと涙がヤツの頬を伝い落ちた。
 え。
 な、泣くようなことか?
 それを目撃した俺が、若干引き気味になったのを和臣は気付いたらしい。
「ごめ、あの、と、止めるから!止めるから引かないで嫌わないで......!」
 ぼろぼろと涙を零しながら、さっと顔を逸らして俺に布団を被せてくる。
 被せ終わった和臣は、布団から出ていた俺の手を握って、移動し始めた。
 いって。
 手が引っ張られて、腕の付け根に痛みが走る。
 そっと布団から様子を見れば、俺の手を強く握った和臣はベッドの隅っこで顔を伏せていた。
 まったく。
 はあ、と俺はため息を付いた。
 そのため息にもビクッと反応した和臣。
 どうしてコイツは、こんなに俺が好きなんだ。
 呆れたまま、俺は和臣が動くのを待った。



 時間だけが過ぎる。
 もう、終電もなくなった。
 携帯にはきっと兄から何度も着信が入ってる頃だろう。
 帰るつもりはあるけど、こんな状態のコイツを放っておけない。
 微動だにしない男に、俺は焦れて、軽く手を引いた。
 興奮からか汗ばんだ手の平。
 汗で濡れても不快な気持ちにはならない。
「かず」
 名前を呼んで、もう一度手を引く。
 和臣が顔を上げた。
 濡れた目もとは赤くなっているけど、もう泣いてない。
 ほら、来い。
 再度ぐっと引くと、おそるおそる近づいてきた。
「大丈夫か」
「......うん。ごめん」
 落ち込んだ声で和臣は告げると、そっと布団の中に入ってきた。
 俺の身体を抱きしめて、安堵したように息を吐く。
「ともあきさんのことになると、俺、感情の幅が振れ過ぎちまう」
 ぼそぼそと低い声で呟いた。
 なんだそれ。
「きもいぞそれ」
 思わず、ぽろんと落ちた言葉。
 青ざめた和臣の目にまた涙が浮かんだ。
 ああ、待て。泣くな。
 抱きしめて、ぽんぽん頭を撫でてやる。
 生理的に本当に駄目なら、こうして裸で抱きしめてねえよ。
「......俺だって、もうちょっと普通に好きでいられたらなあって思う。ほんっと日に日に好きになって困る。どうしてこんなに好きなのかわからない」
 嬉しいことを言う。
 少しだけ頬を緩ませて顔を覗き込むと、和臣は目を伏せていた。
「好きで大好きで、愛してるけど......俺いつか間違えそうで怖い」
「......」
 またごめんねと謝る男。
 怖いと思えてるんなら、大丈夫だろ。
「俺、ペットいらない」
 言い聞かせるように、そっと囁く。
「え?」
 急な発言に、和臣は戸惑ったように俺を見た。
「お前の世話で、いっぱいだから、お前だけで、いい」
 リンタくんみたいな動物も飼えたらいいけど、2人きりで暮らすのもきっと楽しい。
「かずは大丈夫」
 間違いなんて起こらないよ、お前なら。
 だからいい加減、泣き止め。
 頬を手で包んでちゅっとキスをすると、和臣の身体から力が抜けた。
 間近で見つめた瞳は、まだ揺れている。
「インポならいいのに。俺、性欲なくていい」
 今度は、和臣の言葉に俺がきょとんとする番だった。
「は?」
「そうすればずっと優しい気持ちでいられる。こんなにともあきさんに枯渇、しなくていいのに」
 告げて、和臣は目を閉じた。
 苦しく切なく想う気持ちが、その表情に表れている。
 それがすべて、俺に向かっているのが、俺は不思議でならない。
 コイツにここまで想われるほど、俺なんて凄い人間じゃない。
「ばか」
 普通の男は、そんなこと思わねえよ。
 だけど、それを指摘すると和臣はまた動揺すると思ったから、言わないでおいた。
「時間ないから、素股、また、今度な」
「あ。......うっわ。もうこんな時間?」
 時計を見た和臣が顔をしかめる。
「たまにはいいだろ」
 言いながら暑くなってきて布団を跳ね除ける。
 起き上がって和臣を見下ろした。
「シャワー、いこ」
「......っうん。うん。行く。ともあきさん大好き!」
 あーはいはい。
 好意を前面に押し出して、纏わり付いてくる和臣に、腰を抱かれながら寝室を出る。
 リビングを通り過ぎる間にケージを見たが、しんとしていてフェレットが起きてる様子はない。
 わりいなリンタくん。コイツ、俺のだから。
 俺も結構執着心があるんだよ。......言わないだけで。
 なんて心の中で呟いて、俺は和臣と一緒にバスルームに向かった。


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