番外編-3
デートに誘われた。
それはもちろん、将来を誓い合った彼から。
ただ、その提案されたデート場所が、少しあの人らしくなくて驚いたけど。
『え?遊園地』
「そうなの。どんな格好がいいかな」
『珍しいところに行くわね。あんたの彼氏、もっとムードに拘ったデートコース選びそうなのに』
「可愛いところもあるのよ」
プロレス観戦で、熱中したりとか。
デート最中にも関わらず、全身で力いっぱい応援していた恋人を思い出して、ついつい笑ってしまう。
「うん。うん......そうね、スカートは止めるわ。ありがと美菜子」
アドバイスをくれた親友の電話にお礼を告げて電話を切る。
仕事はもう終わっていたから、周囲の人に先に上がる旨を告げて会社を出る。
颯爽とビルの前を歩いていると、何人かの営業部の男とすれ違った。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「お疲れ様」
にこやかに微笑みながら、足を駅に向ける。
と。
「早川さん」
すれ違った営業のうちの1人の男が、足を止めて私を呼び止めた。
もう。私早く帰りたいのに。
そうは思っていても、絶対表には出さない。
「はい?」
私は笑顔で振り返った。
「もう終わりなんだ。俺ももうすぐだから予定がなかったら、飯行かない?」
笑顔で誘ってくるのは、別の課の男。
何度か仕事で会話したことはあるけど、それほど親しいわけじゃない。
そっと両手を胸の前で両手を合わせた。
「ごめんなさい。もう先約あるの。また今度」
......なーんてね。本当は何もないけど。
何かと声を掛けてくれるのは嬉しいけど、『そういう』好意はいらないの。
にっこり笑ってるうちに、気付いてくれないかな。
「そっか......じゃ、また今度ね!」
最初は残念そうな表情をした男は、すぐに明るく言って背を向けた。
あれじゃまだ、意識的に避けてるって気付いてくれなさそう。
「ほんっと、面倒」
ぼそっと呟いた私は、慌てて口を押さえて周囲を見る。
幸いに、同じ会社の人はそばにいなかった。
よかったわ。折角私が作ったイメージが壊れるのも嫌だし。
そのまま、慌てて私はその場を後にした。
高校も進学校、大学だって有名大学を出て、就職先は誰もが知ってる大手企業。
順調だと思っていたけど、一番のネックを感じたのは就職でのことだった。
『じゃ、女の子はお茶汲みから覚えて』
はあ?って思った。
同期で入ったのは男も女もいたけど、そんなことを言われたのは女だけ。
時代錯誤なことを言われるとは思ってもみなかった。
不満そうな顔をしたら、私についてくれた先輩は少し目を細めて笑った。
まだまだ、年功序列、女卑男尊はあるものよ。
そんな言葉をもらった。
別に私は男を敵視もしてなかったし、女ばっかり優遇しろというつもりはなかったけど、じわっとくるセクハラもどきの言動と行動と、優先順位を付けたがる社員に辟易していた。
幸いに私が配属された課には、とても良い上司がいてくれたから、短気な私も耐えていられた。
良いイメージを持ってもらうのは悪いことではないと思ってたから、物凄くたくさんの猫を被って、日々仕事をしていた。
だけど、時にそれは剥がされることもある。
「あんっのくそじじい......!」
何がゴミついてるよ。よ!今時そんなこと言って身体触ってくるなんて、低脳にも程があるわ!!
イライラがピークに達していた私は、資料室に資料を取りに行くと告げて、普段人の来ない会議室の脇にある喫煙所で鬱憤を晴らしていた。
元々形がぼこぼこになっていた、古い円柱形の灰皿に八つ当たり。
ガツンと蹴って、深呼吸を繰り返す。
社会に出て、いろいろ思い通りにならないことも多いことを知った。
もう嫌。こんなところ辞めてやる。
そう思うことはよくあるけど、高橋課長にはお世話になっているし、そう簡単に辞めたら負けたようで大変私の心情的には嬉しくない。
負けず嫌いな性格、どうにかならないかな。
はあ、と大きくため息をついて、私は喫煙所を出た。
「!」
そこで別の課の男が、喫煙所の外の壁に寄りかかっていることに気付く。
う......見られた?
ここで会議がないの、調べてから来たのに!
その男は、私が動揺しながら立ち尽くしているのを見ると、にっこりと笑った。
その手には吸いかけのタバコ。
「早川さん」
「は、はい」
「俺がここでタバコ吸ってサボってたの、黙っててくれる?」
「え......?」
つい、ぽかんと口を開けてしまった。
何かもっと違うことを言われると思っていたから。
私より頭1つ出た身長。人好きのする笑顔。
整った顔と、時折会議で見せる視線の鋭さは、私の同僚の女の子たちからも人気の、男。
最近高橋課長が楽しそうにちょっかいを出すようになったからから、良く知ってる。
藤沢昭宏さん。
フロアではよく顔を付き合わせるけど、営業マンはたくさんいるし、藤沢さんが課長を毛嫌いしていたから、それほど接点はない。
だからこうして2人で話をするのも、いつ振りかわからないほど久し振りだった。
「早川さんたまにここにいるよね」
「え」
「ずっと話したいなと思ってたんだ」
にこにこ微笑まれるが、私はそれどころじゃない。
見てたんなら早く言ってよ!!
ここにくるのは、思い余ってストレス解消しに来る時だから、見られて嬉しいものじゃない。
じろりと睨むと、藤沢さんは驚いたように目を見開いた。
「悪趣味ね。覗いてたなんて」
「気に障ったんなら謝る。ごめん」
頭を下げられて、また驚く。
素直に謝られると、どうも反応がしにくい。
そもそも、ばれないと思ってこんなところで物に当たっていた私がいけないんだから。
そう思い直すと、見かけてしまっただけの藤沢さんに怒るのも、八つ当たりだわ。
「......ううん。私の方こそごめんなさい。変なところ見せて」
ああ、もっと落ち着かないと私も。
しゅんと落ち込む私の前で、藤沢さんがぷっと吹き出す。
そのまま、おかしくてしょうがないというように笑われた。
......。
この人、私の忍耐を試してるのかな。
笑われて平然といれるほど、私も人間出来てないんだけど。
だんだんと目つきが悪くなるのを自覚しながら藤沢さんを見ていると、ふと目が合った。
「やっぱり、早川さんって可愛いね」
そう告げると、藤沢さんはひらりと軽く手を振って、喫煙所の中に入っていく。
言われた言葉と、そのあっさりとした素振りに、拍子抜けしてしまった。
けしていいとは言えない昭宏との最初の接点。
あの喫煙所に行かなくなるのも癪だったから、嫌なことがあったときには普通に通っていた。
思い出すと、よくあの後普通に会話が出来たなと、自分でも思ってしまう。
私も、意地になってたのかもしれない。
「それが今では遊園地デートなんて。凄いよね」
はい。回想終わり。
運転席にいた昭宏が、思わず出た私の呟きを聞きとがめた。
「凄いか?遊園地」
今日の昭宏は、スーツじゃなくてクリーム色のジャケットに、ジーンズ。
見られることに慣れた男は、カジュアルな格好でも自分に似合う色合いのものや、形を良く選んでいると思う。
私は、動きやすいように膝丈の白いパンツに、藍色のカットソー。
いつもよりは低いヒールのパンプス。
足が短く見えちゃいそうで嫌だったけど、歩くからしょうがないよね。
「私彼氏と来たことないの」
そう告げると、昭宏は少し驚いた顔をした。
運転する傍ら、ちらりと視線を向けてくる。
「俺はあんまり好きじゃないから来ないが、デートじゃ定番じゃないのか」
「そうらしいけど」
だって、友達と来た方が楽しいから。
そうひっそりと思って、それから首を傾げる。
「あれ、じゃあなんで昭宏、今日は遊園地なの?」
私は一緒にいれれば、どこでもいいけど。
返答を待っていたけど、昭宏は若干顔をしかめたままで答えてくれなかった。
昭宏は答えたくない時は、よく聞こえない振りをする。
まったく、子供じゃないんだから。
赤信号で車が止まって、私は昭宏の耳に手を伸ばす。
「い......」
「昭宏、何かあるの今日」
耳をきゅっと引っ張ると、昭宏は少しだけ笑った。
「今日か。まあ、なにかあると言えば、あるが......」
「なんなの?その思わせぶりな発言」
「お前に構えられたくないから先には言わん。最後に聞くから、その時は思ったことを言えよ」
ふっと視線を向けられる。
大きな手が伸びてきて、私の髪を軽く撫でた。
目を細めて、ちょっとだけ口角が上がって、笑う。
......私の好きな表情。
昭宏は視線を戻して青信号を見ると、車を発進させた。
私も平然そうに前を見てるけど、内心はすごくドキドキした。
......びっくりした。
あんまり昭宏は、人目のつくようなところで触れ合わない。
私も人目を憚らず抱き合ったりするのは好きじゃないから、急な行動されると驚いてしまう。
これがなんとなく付き合った男にされたんなら、一気に嫌いになるけど、こう鼓動が高鳴ってるのを感じると、ああやっぱり好きなんだって、思う。
ユーモアもあるし行動力もあるし、私のことを考えてくれるし、優しいし。
昭宏の嫌いな部分ってないんじゃないのかな私。
火照る頬を押さえて、窓の外を眺める。
自分の気持ちの整理で一杯だったから、私は昭宏が呟いた言葉を聞き逃していた。
「......これが最後のデートになるかもしれないしな」
そう呟いた昭宏は憂鬱そうにため息をついた。