番外編-4


 車で出てきたのが早い時間だったから、遊園地の開園と同時ぐらいに出入り口についた。
 でも、着いたはいいけど昭宏はすぐに中に入ろうとしない。
 券売所の傍で、少し落ち着かない様子で遊園地に入る人を眺めていた。
「昭宏、入らないの?」
 しばらくは黙って見ていた私も、ついつい声を掛けてしまう。
「入るが......あ、来た」
 そう呟くと、昭宏は人の流れに逆らうように、ずかずかと出入り口とは逆の方向に歩いていってしまう。
「え、ちょっと!」
 いったいどうしたの。
 いつにない昭宏の行動に、不思議に思いながら後から付いていく。
 昭宏の、真一文字に結ばれた唇。視線は、一点を見つめている。
 その視線の先を追いかけて、私もようやく気付いた。
「あれ、智昭くん」
 そこにいたのは、昭宏の弟くんだった。
 一直線に向かってくる昭宏に気付かないまま、笑顔で隣に立つ男の子と話しながら遊園地に向かっている。
 隣に並ぶのは、こげ茶のツンツンした髪の男の子。
 身長は昭宏よりは低いみたいだけど、智昭くんより高い。
 すらっとしていて笑顔が可愛くて、人目を引く子だった。
「智昭!」
 昭宏が、弟くんを呼ぶ。
 すると、智昭くんは驚いたように目を見開いて、こちらを見た。
「げ、なんであんたここに......」
 隣の男の子も、昭宏を見て驚愕の表情を浮かべている。
「カレンダーにあんな堂々と予定が書かれていたら、なあ?」
 ふふんと意地悪く笑った昭宏は、がしっと智昭くんの頭を掴んだ。
「俺に内緒にしたつもりだろうが、お見通しなんだよ」
 抱きつくように首を絞める昭宏。
 智昭くんはじたばたと暴れているようだが、昭宏は楽しそう。
 ほんっと仲のいい兄弟よね。
 少し離れたところで眺めていた私は、苦笑して近づく。
 弟くんがいたから、今日のデートは遊園地だったのかな。......なんかちょっと、肩透かしっぽいなあ。
 2人でいろいろ回ることを考えていた私は、智昭くんを見て軽く会釈する。
 私に気付いた智昭くんは、ますます驚いた顔をした。
 え?
「昭宏、苦しそうよ。離してあげたら?」
 とりあえずぽんと昭宏の肩を叩いて、そう声をかける。
 昭宏は肩をすくめると、弟くんから手を離した。
「......ともあきさん」
 茶髪の子が弟くんを呼ぶ。
 智昭くんはその子に近づくと、私を見ながら何かを囁いた。
 男の子も、徐々に口をぽかんと開いて絶句する。
 なんでそんなに驚くの。失礼だと思うんだけど。
 内心はちょっとイラッと来るけど、それは表面に出さないで微笑んだ。
「こいつ、俺の彼女」
 昭宏が私を指差して、簡単な紹介をする。
「沙紀です。こんにちわ」
「あ、えと、小野和臣です。昭宏さんにはお世話になって、」
「本当に、凄い世話してやったよなあ。なのに......」
「昭宏!」
 智昭くんが慌てて昭宏を引き寄せて、なぜか3人で私から離れていく。
 そしてぼそぼそと聞こえない範囲で内緒話。
 ......もう!なんなの?!
 柔らかく浮かべていた微笑に、ヒビが入った瞬間だった。



 私と昭宏と智昭くんと、小野くん。
 4人で遊園地で入って、歩く。
 昭宏は真面目な顔で園内の配置図を見ているし、智昭くんと小野くんはひそひそと話しては、残念そうな顔をしている。
「......」
 私も気にしないで歩くようにしてるけど、物凄い気になる。
 なんで、4人なの。
「おい。これすぐ傍にあるみ......沙紀」
「なに」
 配置図を見ていた昭宏は視線を上げると、私を見て呆れたような表情になった。
「すごい不細工になってるぞ」
「悪かったわね!」
 つん、と顔を逸らして不機嫌をアピールする。
 だって折角のデートなのに。
 私の態度を見ても、昭宏は肩を軽くすくませるだけで、特に何も言わなかった。
 だけど他の2人は違ったらしい。
 小野くんが「昭宏さん」と呼んで、手を上げる。
「あの、俺たち別行動に」
「却下」
 小野くんが言いかけた言葉は、すぐに昭宏に遮られた。
「せいぜい悔しがれ」
 にやっとシニカルに笑った昭宏。
 その態度も様になっている。
 小野くんは何か言いたげに口を開いたが、私の顔を見ると口を閉じた。
 むすっとした小野くんの服の裾を、智昭くんが引っ張る。
 すると、またひそひそ話を始めた。
 ......私も一緒に悔しがっていいかな。
 物凄い疎外感を感じるわ。
 そんな、不思議な状態のまま、私たちは遊園地を回った。
 行く場所を小野くんや智昭くんが提案すると、必ず昭宏が却下してしまう。
 そして昭宏は自分が行きたいところや、私に行きたい場所を尋ねて、2人を引っ張りまわした。
 乗り物に乗る間の待ち時間は、昭宏の独壇場。
 主に智昭くんにちょっかいを出して、小野くんを無視する。
 私のことは、気にかけてくれている......のかわからないけど、良く手を繋いだ。
 夜にムードがあれば、腕を組んで歩いたりはするけど、手を繋ぐなんてあんまりしない。
 これで機嫌とってるつもり?
 じわじわと心に積もっていく、不機嫌のちり。
 爆発したのは、昼食の時だった。
「ここで飯を食おう」
 そこは園内のレストラン。
 子供が夢中になるような、メルヘンなデザインの内装で、やはりお昼時のせいか、結構混んでいた。
 4人で入って、端の席に案内される。
 私と昭宏が隣同士に座って、その向かい側に智昭くんと小野くん。
 機嫌が一番悪いのは私だと思うけど、小野くんもずいぶん不機嫌そうだった。
 智昭くんは諦めているのか、黙ってメニューを見てる。
「おい」
 昭宏が智昭くんに呼びかけた。
 その昭宏の足元から何かを蹴った音がして、智昭くんが顔をしかめる。
「わかってる」
 ぼそっと答えてメニューを閉じた。
「ともあきさん、なににし」
「んな聞いてねえで、さっさと店員呼べよ」
 昭宏は至極楽しそうに、小野くんの言葉を遮った。
 感じ悪いよ、昭宏。
 子供っぽいことをする恋人に、私まで呆れる。
 どうやら、昭宏は小野くんと智昭くんの邪魔をしたいみたい。
 でも、それで私まで巻き込まれなきゃいけないのかしら。
 ふうとため息を付いていると、眉をしかめた小野くんが店員を呼んでいた。
「注文は、えと、ハンバーグセットと」
「私、この和風パスタ」
「俺は魚のムニエルのセット」
「すいません、このお子様ランチって、大人も食べれますか?」
 智昭くんが、おずおずと確認する。
 2月頃に会ったときには、もっとはきはきしていたイメージがあったけど、いつの間にか出会った頃のように無口な子に戻っていた。
 昭宏から人見知りするとは聞いているけど、もう少し打ち解けられたらいいなと思いつつ、今はそんな余裕はない。
「え?......あ、はい。デザートはプリンとアイスと、どちらになさいますか?」
「......アイスで」
 では注文を繰り返します、と店員は確認して下がっていく。
 それを見送って、視線を戻すと小野くんが驚いていた。
「ともあきさん?なんで」
「耳障りだから、喋るな」
「いっ......」
 どか、と足元から大きな音。
 顔をしかめたのは小野くんだった。
「あんたさっきからなんなんだよッ?!俺がやること言うこと、いちいち口挟みやがって!」
「俺は正論しか言ってない」
 昭宏はふんぞり返って、鼻を鳴らす。
「そうかよッ!」
 昭宏を睨んでいた小野くんは、ぷいっと視線を逸らして次に私を見た。
「えっと早川さんだっけ?コイツやめておいた方がいいよ。性格悪いし」
 本人のいる前で、小野くんは昭宏を指差して告げる。
 急に話を振られて、私は驚いてしまった。
「え......っと」
「そんなことはお前が決めることじゃない。決めるのは沙紀だ。そうだろ」
 ぽすっと頭を撫でられる。
 セットした髪を乱さない程度に撫でて、昭宏は手を引いた。
「だけど......」
「お待たせしましたぁー」
 言葉を続けようとした小野くんを遮るように、空気を読まない店員が、注文の品物を運んできた。
 それぞれの前に、料理が置かれる。
「ではごゆっくりお楽しみくださーい」
 間延びした声で定型文を告げた店員が下がると、智昭くんがお子様料理の乗ったトレイを持ち上げた。
 その下に昭宏が注文したムニエルのセットが置かれ、持ち上げたトレイは昭宏の前に置かれる。


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