番外編-8
「え?卒業アルバム?持ってるけど......急に、どうしたの?」
智昭から電話で受けた質問に、私は首を傾げた。
『......かずが、見せてくれなくて』
平坦な声で理由を告げる智昭。
そっけなく言ってるように聞こえるけど、ちゃんと知ってる。
......照れてるだけだってこと。
何、前まで名前呼ぶのにも戸惑っていたのに、今では『かず』?
幼馴染を好きだった心が、未だに少しだけ残っていて、心の中でそんな悪態をつく。
「いいわよ。今度持って行ってあげる」
内心の葛藤など無いように優しく告げると、電話の相手は、ホッとしたようだった。
『うん。ありがと。......ごめんね』
「何言ってるの。別に、智昭が気にすることじゃないじゃない」
ごめんと言われたことに動揺しつつ、またねと言って電話を切る。
......智昭って意外に敏感だから、嫌よ。
自分の部屋のベランダでタバコを吸っていた私は、そう思って、タバコのフェルト部分を噛み締める。
苦い、葉の味が舌を痺れさせた。
「やぁね」
わざと声を出すと、余裕のない響きが含まれていた。
そんな自分にため息をついて、ベランダからリビングに戻る。
「薫。今の相手、誰?」
と、課題をこなしていた1個年下の彼氏が、そんな質問を投げかけた。
タバコを吸いにベランダに出て、電話をしていたところを見られていたらしい。
私に興味がないような素振りもすることも多いのに、結構細かいところまで見ている。
恋人は意外に淡白な男だと思う。和臣の方がよっぽど恋人に対して真摯な態度を取ると思うことも、何度か。
......恋人として、付き合ったことはないけど。
そう自然に考えた自分をそっと笑って、私は笑みを浮かべて答える。
「智昭。卒業アルバムの、ちびっ子ギャングを見たいんだって」
「ギャング?」
隆介が、テキストから目を外さずにオウム返しに尋ねる。
そう表現される人物に、心当たりがないらしい。
でも、仕方ない。今のアイツは、いたって温厚な青年、だもの。
「小さい頃の、和臣が見たいんだって」
私......僕がそう呟くと、そこで初めて、篠崎隆介は視線を上げた。
黒い瞳が、僕を射抜く。
「薫」
名前を呼んで、隆介はぽんぽんと自分の膝を叩いた。
呼ばれた僕は少しだけ戸惑う。
課題を邪魔したら悪いと思うのと、......今は近づきたくないと思う心が交錯する。
僕が近づかないでいると、隆介の方が立ち上がって近づいてきた。
動かないでガラス戸の傍で無言で立ち尽くしていると、腕を掴まれ引き寄せられる。
体格のいい隆介は、あっさりと僕を包み込んでしまう。
温かい人の体温。それが、外にいた僕を暖める。
「また、違う人を想ってる」
指摘されて、ギクリとした。
「りゅう、」
「俺を見て」
名前を呼びかけたところで、ほの暗い黒い瞳で見つめられる。
和臣に恋した僕を、ずっと見てきたと告げた男の執念は伊達じゃない。
想いの人が、好きだった人と付き合えるようになったのを目のあたりにして、深く落ち込んだ僕を、絡め取るように引き寄せた、無表情の青年。
法学を学び、優秀な弁護士になるだろうと両親に期待されていたにも関わらず、検察官を選んだ僕と対立的な男。
「ッ、ぅ......」
その男に自然な仕草で、唇を奪われた。
深く荒い口付けに、呼吸と、......思考が乱れる。
「愛してる。......薫」
キスの合間に囁かれる。
「好きだ」『好きなんだ』
隆介の甘い声に、誰かの声が混じった。
「りゅ......」
急に押し寄せた不安に、ぎゅっと抱きつくと、「大丈夫」と甘い声で囁かれた。
「大丈夫だから。俺でいっぱいにしてあげる」
薫のここを、と胸を優しく撫でられた。
今までの僕、『私』なら意地を張って、男の腕を払って突き飛ばしていたことだろう。
甘えさせることはあっても、甘えることを知らない僕は、それでも精一杯に隆介に自分をゆだねようと、更に腕に力を入れる。
「こわい......」
「大丈夫だよ」
呟くと、優しく髪を撫でられる。
怖い。もう嫌なんだ。あんな......報われない恋をするのは。
目の前に愛しい恋人がいるにも関わらず、不安は尽きない。
わずかに震える僕を目にすると、隆介はふっと笑った。
「他人を想う薫を見るのは嫌だけど、甘える薫が見れるのは嬉しい」
「ッ......だまれむっつりすけべ」
僕が口調悪く罵ると、隆介はちゅっと首筋に吸い付いてくる。
押し倒されて見上げた白い天井に、黒い学生服を身に付けた、細く痩せたガキが目に入った。
『好きなんだ。......和臣のことが』
ガキは、そう思いつめた顔で告白した。