番外編2(パロディ)-3


「服着て、ドライヤー持って来い。......髪乾かしてやる。乾かしてやったら寝ろよお前」
 ぐっと首を押して突き放すと、俺は部屋に入ってドアを閉めた。
 手が震えた。
 どうしてこの俺が、あんなろくでもねえ弟にこんな想いを抱かなきゃいけねえんだ。
 ......あの馬鹿も、どうしてこんな俺を拒絶しない。
 俺は良い兄じゃない。暴力も振るうし横暴だ。疎まれて嫌われるのが当然じゃねえか。
 わざと、そうしてきたのに......。
 顔面を手の平で押さえて天井を仰ぐ。
「昭宏、髪」
 控えめにドアを開けた智昭が部屋に入ってくる。
 俺は弟を見て低く呻いた。
「......どうして、服を着ない」
「履いてる」
 きょとんとしながら俺を見るニート。
 確かにパジャマに使っているジャージの下は履いているが、細く白い肩は、晒されたままだ。
 肩にタオルをかけた智昭が、髪から水滴を滴らせてふわりと微笑む。
 ちくしょう。......確信犯か?
「乾かして」
 差し出されたドライヤーを、俺はもうやけくそになって奪い取った。
 ベッドに腰掛けて、智昭は俺の足の間に座る。
 乱雑に頭をタオルで拭くと、「痛い」と不服そうに睨まれた。
 知るか。
 不機嫌な俺はわざと指で強く頭を押して引っかいてやる。
 嫌がる智昭に少しだけ溜飲を下げて、俺はそっと黒髪をドライヤーで乾かし始めた。
 真っ黒で、一本一本が太い髪。本人のひん曲がった根性よろしく、優しくブローしてやってもぴんぴん跳ねていく。
 智昭はさっきまでは暴れていたが、今は大人しい。
 俺の指が髪を梳く感触が気持ちがいいのか、目を閉じている。
 黒い髪から覗く、細く白いうなじ。肉つきの悪い背中。
 肩も男にしては細くなで肩だ。
「あつっ!」
「あ、悪い......」
 ぼんやりしてしまった俺は、弟の首の付け根の肌に熱風を当てていたらしい。
 赤くなったその部分に指を這わせる。
 ......。
 ドライヤーを放り投げて、俺はうなじに自分の唇を押し当てた。
 舌先で首筋からつうっと背中をなぞると、ビクンと跳ねた体が仰け反った。
「あき、ひろ......」
 馬鹿が、俺の手をぎゅっと掴んで、熱い息で弾んだ声で呼ぶ。
「......乾いたぞ。寝ろ」
 呼ばれたおかげで、俺は自分を取り戻せた。
 堪えろ。コイツは俺が触っていい人間じゃない。
 名残押しく背中を撫でていた指も引き離し、身体を離す。
 こくっと頷いた智昭にほっとして、俺は馬鹿から離れた。
 先ほど濡らされた服を脱いでスウェットに着替える。
 振り返ってベッドを見れば、俺のふとんに丸まって首だけ出し、こちらを見ている智昭と目が合った。
 てっきり部屋に戻るだろうと思っていた俺が馬鹿だった。
 疲労を感じながら口を開く。
「......お前の部屋は隣だろう」
「ここで寝る」
 しっかりと弟は布団を掴んでいる。
 睡眠不足の頭に、さらに頭痛が重なった。
「そうか......。なら、俺はお前のベッドで寝る」
「一緒がいい」
「ふざけんな。誰がお前と寝るかよ。......貧弱な身体しやがって、いっちょ前に俺を誘ったつもりか?キモいんだよ。俺がてめえなんて嫌いだ。苛々する。さっさと出て行け」
 冷ややかな目で見下ろしてやる。
 馬鹿。早く行けって。
「嫌」
 ぷいっと顔を逸らして、馬鹿は言い切った。
 思わずかちんと来てしまう。
 人が一線を越えないように、苦労してるってのにこの馬鹿が......。
「誰にそんな口きいてんだてめえ」
 ぐいっと、乾かしたばかりのふわっとした髪を掴む。
 むりやり顔を上に向かせると、苦しげに智昭の顔が歪んだ。
「痛めつけられたくなかったら、出て行け」
「......」
 間近で脅してやると、馬鹿が俺の頬に手を伸ばした。
 風呂に入ったばかりだってのに冷たい手に包まれて、馬鹿の顔が迫る。
「!」
 髪を引っ張って遠ざけようとしても、遅かった。
「ん」
 ちゅっと落とされる口付け。何度も何度も押し付けられる唇。
「昭宏、行かないで。家に、居て」
 切なそうに囁く智昭に、ぎゅうっと抱きしめられる。
 ふわりと香る、優しい洗い立ての石鹸の香り。
「......くだらねえこと言いやがって。てめえ俺に苛められてえんだな」
「うん」
 うっとりと微笑む馬鹿を見て、俺は唇を噛む。
 すると、智昭は慌てたように言い募った。
「俺が、好きなだけ。そんな顔、すんな」
 ふざけんな。俺がどんな顔してるってんだ。
「昭宏は、悪くない。悪いのは、俺だ。......ごめんね」
「......」
 違う。俺が、先だった。
 小さい頃から俺の後をついてくる弟。コイツのルールは全て俺が作っていた。他のものには、目を向けさせなかった。俺だけを見るように、俺がした。
 それに遅まきに気付いて引き離そうとしても、遅かったんだ。
 後悔と、それからそれ以上の愉悦が俺を包む。
「あっ」
 俺は布団を剥いで、弟の細い体に視線を滑らした。
 あからさまに向けられる眼差しに、智昭は頬を赤らめる。
 手は一度は身体を隠そうと動き、それから全てをさらすように隠すことをやめてシーツを掴んだ。
 ぎゅっと閉じられた瞳。首まで赤く染まっている。
 上下する胸、細い腰。
 指先で身体のラインをなぞる。
「わかってんのかお前。......俺は、お前を抱くぞ」
 直接的な言葉を聞いても、目を閉じたまま、俺の指を拒む様子もない。
「......」
 自分の体を撫でる俺の手を取ると、智昭は指先にキスを落とした。

「好きに、しろ」

 生意気な口を利きながら、そっと目を開いて、嬉しそうに笑うものだから。
 俺もずっと耐えていた思いが溢れ出した。
「......お前は、俺のもんだ」
「ん」
「誰にもやらないから、お前もそのつもりでいろ」
「......うん......っんん......!」
 囁いてそのまま強く抱きしめる。
 獰猛なキスを仕掛けて、細い身体を組み敷く。
 がっついているなと自分でも思ったが、もう止まらなかった。



 翌日。俺はふらふらしていた。
 疲れていたところに、一睡もせずに欲しかった身体を存分に味わってしまったからだ。
 最中は馬鹿もある程度は良かったみたいだが、終わった後に残ったのは鈍い痛みらしい。
 俺は終わったところで力尽きそうだったが、慣れない行為のせいで痛がる弟を置いては寝られなかった。
 痛さにぴーぴー騒いでいた割りに、鎮痛剤を飲んだ智昭は、俺のベッドで至福そうな顔をしたまま寝ている。
 一番の馬鹿は、俺だな。
 瞼が落ちそうになっているのを必死であげて、智昭の顔を眺めた。
 ずっと見ていたかった。我慢しきれず、そっと落とすだけのキスを繰り返す。
 ちくしょう。頭沸いてるな......。
 鼻の頭にキスをすると、それがむずがゆかったのか、智昭はくしょんと小さくくしゃみをした。
 それさえも愛らしく見えて、俺は自分を笑うしかなかった。


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