小話詰め合わせ-3
-映画前-
とある映画の公開記念に、拍手に載せておりました。
6月の後のお話になります。
住宅街の人気のない道。
いつものように、繋いだ手は熱い。
ヤツも、ぱたぱたとTシャツの胸元を手で煽り、空気を入れている。
俺も熱くて、汗の浮かんだ首元を手で拭った。
それでも、絡む指は離れない。
まるでもともとくっ付いていたような、感覚。
......くっついてねえけど。
「夜に窓開けて寝ると、虫入ってきてうるさいんだよな。けど、クーラーとか、冷えすぎて俺嫌い」
網戸はどうした網戸は。
「近所に大学生ばっかり入ってるアパートあって、そこのやつらの声がうるせぇんだよ」
お前も大学生だろうが、耳栓でもして寝てろ。
「そんなわけで俺寝不足なんだ。ね、どうしたらいいと思う」
知るか。俺は今、それどころじゃないんだ。脳内に流れる歌に、ここんところずっと悩まされてるんだから。
「ねーともあきさん聞いてる?」
反応のない俺に、コンビニ店員が焦れたように手を引っ張る。
引っ張られた分だけヤツに近づいて、肩が触れた。
間近に見える、真っ黒な目を見上げる。
「ね、ともあきさん」
「ぽにょ」
しまった。口が滑った。
咄嗟に口を手で覆うが、一度出た言葉は消えない。
「なに、今の」
顔を覗き込まれて逸らす。
すると、人気のない住宅街の中にある、さらに見落としがちな狭い路地に引きずり込まれた。
がっちり組まれていた手が離されて、顔を両手で捕まれる。
まじまじ見んじゃねえこのやろう。俺がちょっと歌を口ずさんだのがそんなに珍しいか。
手を振り払おうとするが、残念ながらヤツのほうが力は上。
暴れて体力を消費して暑いだけで、俺はそのまま諦めて大人しくなった。
「もしかして、映画、見に行きたかったりする?」
俺は肯定も否定もしなかった。
ただ、視線を下に落とす。
「行きたいなら、一緒に行こう。ね、この間みたいにさ」
ばかやろう。金はどうする。お前に借りを作るなんてぜってぇ、嫌だ。
だけど、本心では見に行きたいと思ってるから、行くとも行かないとも言えない。
「もしもし?聞こえてる?」
耳元で囁かれた。くすぐったくて逃げようとしても、顔を捕まれているから逃げられない。
うがうが往生際悪くまた暴れだすと、耳に噛みつかれた。
「聞こえてない耳ならいらないよな?俺、食べちゃうよ」
なにい?
耳の上の部分を噛まれ、耳朶を歯で引っ張られる。
じん、と痺れが走った。
ひいい。こやつ、肉食か!そりゃ人間なんて雑食だけど!
共食いなんて悪趣味な!と、ヤツの手に爪を立てて睨む。暗がりで、ふっとコンビニ店員が笑った気配がした。
「聞こえてるんだよね、ともあきさんは。......じゃあ喋らない口の方から、いただきます」
ぐいっと顔を上向きにされ、ヤツの唇が降りてくる。
ちょ......なんで顔をちょこっと斜めにする?!目を閉じる?!これじゃまるで......。
「いきたい......」
かすれた、吐息のような声でも、すごく近い位置にいるこいつには聞こえたに違いない。
ぴたりと動きが止まった。
「......」
「いく、から......」
ち、近い近い!息、息かかる!......嫌がらせにも程がある!
普段ない体勢に動揺して、ふるふる震えてしまう。
答えに満足したのか、ようやくヤツは離れてくれた。俺は力が入らなくて、路地の知らない人んちの壁に寄りかかる。
ヤツはといえば......地面にしゃがみこんでいた。口を手で覆って、何かを耐えているようである。
ん?どうした?
ぽんと背中に手を置くと、びく、と酷いほどに体が跳ねた。
「ちくしょー......ちょっとうっかり反応しかけたじゃねえか」ぼそぼそと、そんな言葉が聞こえた。
なに?
同じようにしゃがみこんで様子を見てると、ヤツはがばっと立ち上がった。
「いく、とか、いきたい、とか言うんじゃねえの。映画が見たいって言うの。わかったともあきさん?!」
肩を捕まれて引き起こされる。半ば逆切れに近い勢いで言われて、驚いた俺は思わずこくこく頷いた。
......てめえの方が行きたいか行きたくないか、聞いてきたんだろうが。
理不尽に怒鳴られたことに、俺は少しむすっとしてしまう。
「ほら」
手を繋がれ路地を脱出した後も、俺の機嫌は直らなかった。
その日はヤツも、なんだか様子がおかしかったから、無言で別れた。
......ちぇ。