小話詰め合わせ-2
-スキンシップ-
12ヶ月兄視点の小話です。
コンビニ店員と、よく手を繋いで歩くことに抵抗のない理由。
うちの家族、親族は、スキンシップが多い。
それは、俺の弟が生まれてから更に酷くなった。
俺は幼いながらに、抱きしめられたりほっぺたにちゅーされたりするのが嫌いな子だったので、生まれた弟がすぐにターゲットとなった。
抱き上げられてきゃっきゃと喜び、キスをされても笑みで答える。
夜泣きも少なく、良く寝るガキだった。寝ているところを酔っ払いの大人に邪魔されても、ふにゃっと笑って終わり。
そんな赤子だ。
まるで天使のようだったと、人は言う。
弟は小さい頃から、無口で同年代の友達は少しもいなかったが、その分親や親戚からは過剰なスキンシップを受けながらすくすくと育っていった。
そのせいか、人とは付き合いにくい子供ながら、スキンシップは嫌いじゃない子が出来上り。
馬鹿なことに、手を差し出されるとなんの疑いもなく、その手を握り返して付いていってしまう。幼い頃は何度、人攫いな目にあったことだろう。
基本、弟は俺が近くにいるときしか外では遊ばないガキだったから、どうにか大事には至らずにすんだが。
連れて行かれそうになるたびに気付いた俺が守ってやり、そして弟に教え込んだ。
『知らないやつには付いていくな』
ゲンコツ食らわせながら教え込んだおかげで、いっぱしに警戒心を持つようになったが、未だにスキンシップ癖は直らない。
テーブルの上には、パンくずの散った空の皿と、少しだけコーヒーの入ったコップ。
「あああ遅刻しちゃう!ともくん後片付けお願いね!」
母親がわたわたと荷物を持って玄関に向かう。
弟は、その後を追った。
「......」
俺はそれを眺めていた。もぐもぐとパンを口に詰め込み、コーヒーで流し込む。
玄関はリビングと擦りガラスで仕切られているため、忙しなく動く母親とその後ろに立つ弟がぼんやりと見えた。
「お洗濯はあと干すだけだから。時間があったらお夕食のおかず買っておいてね」
無職者に、時間がないわけないだろう。俺はふんと鼻を鳴らす。
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
その後、すりガラスの向こうでは影が重なった。
なんてことはない、母と弟が朝から熱い抱擁を交わしているのだ。
ぎゅーっと抱きしめられている。
いつもの朝の挨拶だ。
それさえしなければ、もっとゆっくり朝ごはんを食べられるんじゃないかと思う。
しばらくして母は出て行った。
次は父の番。食事を早々に終えた父は、洗面所に行って身だしなみを整え、まっすぐ玄関に向かう。
そこで待ち受けるのは弟だ。父は母ほど激しくないが、それでも軽いハグと、小さい子供にするのように頭を撫でて出て行く。
両親を見送った後、弟は戻ってきて食器を洗い始めた。
昔から言われたことは無言でやるガキだ。俺なんかよりよっぽど素直。
「ニート。ネクタイ取って来い」
テレビでニュースを見ながら、俺は言った。弟は泡だらけの手のまま、俺を見る。
お、今日はいて座一位か。早川さんと新しい店に飲みに行ってみるか。
社内でも美人と噂の、最近出来たばかりの自分の彼女のことを考えて、俺は少しだけにやっとする。
すると、視線の端にネクタイを握った手が映った。
今日の俺のスーツはグレイだ。それに合わせたのか爽やかなブルーのネクタイ。
センスは悪くないんだよな、こいつ。
Yシャツのボタンをして、手渡されたネクタイを締める。立ち上がって上着とカバンを持ち、玄関に向かった。
食器はそのままだ。母が帰ったときに汚れ物がそのままだとと悲しむから、どうせ弟が片付ける。
俺は革靴を履いて振り返った。
弟が、ぼんやりと突っ立っている。俺が出る準備を終えたと気付くと、ゆっくり口を開いた。
「いってらっしゃい」
言葉とともに、背中に回される腕。
見送りの抱擁は、母と父だけでなく、俺にも適用される。過剰なスキンシップだ。
前に一度、止めさせたら両親にもしなくなってしまい、それはそれは凄まじいブーイングを受けた。
そのため、今では仕方なく好きにさせている。
「行ってきます」
この言葉は、抱擁解除の言葉だ。
離れかけたこいつに、俺はあることに気付いて後頭部を掴んで引き戻した。
抱きしめた状態で、耳の後ろ側をくんと嗅ぐ。
「汗臭い。シャワー浴びろよ。髪洗え。帰ってきたときにまた嗅ぐからな」
油断すると、こいつは家の中にずっといるからと風呂に入ることを怠る。自分のことには無頓着なのだ。
頷いたのを見届けて、俺は家を出た。
さて、今日も一日頑張りますか。
強くなる日差しの中、自分に気合を入れて俺はアスファルトを踏みしめた。