小話詰め合わせ-6

-カンパ-

こちらも、8月後辺りのお話になります。





 買い物に付き合ってくれると、薫さんは確かに言った。
 俺がぜんぜん......そういう知識がなくて、その、あれだって言ったら、初心者でもちゃんと出来るように揃えようと。
 その言葉に、安堵したのは事実だ。
 薬局でも扱ってるけど、実際に買うなら専門のお店がいいのよ、と言ってくれた薫さんと二人で買い物。
 ......のはずだった。
 明らかにソレ専門の妖しげな雰囲気が漂うお店。薫さんが案内してくれたそのお店は、見つけにくいような階段を下りた雑居ビルの地下にあった。
 所狭しと、様々なグッズが陳列されている。その中で、きゃいきゃいと場違いな女性の弾んだ声が響いた。
「これなんかいいんじゃないのかなあ」
「それなら、こっちの方がオススメだと思うけど」
 1人は、今時のギャルの格好をしている、志穂ちゃん。
 そしてもう1人は、薫さん。
 二人は楽しそうに手にした商品を眺めている。今日はしっかり女装しているから、薫さんは女にしか見えない。
「智昭はどれが好み?」
 にこやかに、男性用の下着を持って薫さんが振り返った。
 ショッキングピンクのTバックパンツと、メッシュ地の肌が空けて見える材質のTバックパンツを手にしている。
 どっちも無理です。
 そんなもの履けるかと、俺は若干引きながら首を横に振った。
「ええ、あきちゃんはこっちが似合うよ」
 志穂ちゃんが、俺に手渡してきたのは裾にファーの付いたピンク色のベビードール。これもなんか透けてる。
 いや、似合わねえよ。似合ったらおかしいだろ普通。
「カズちんは、どっちが好みかなー?」
「あの男ならなんでもいけるわよ。着ぐるみでもいいんじゃないかしら」
 無理だと思う。
 楽しそうに笑い合う二人に、俺はげっそりとしていた。
 相談した薫さんだけならいざ知らず、どうして志穂ちゃんまでいるのだ。
 恥ずかしい。俺逃げたい。
 こっそりと出口に向かった俺の首根っこを捕まれた。
「智昭ったら、どこ行くつもり?まだ買ってないじゃない」
「も、いい」
「良くないわよ。みんなからカンパまでしてもらったんだから」
 カンパだと?!
 その言葉に俺は驚いて、振り返った。
「志穂は、その代表」
「そうなの~えへへ」
 可愛らしく笑うが、俺は笑えない。
「だ、誰に?」
 誰にカンパしてもらったというのだ。
 俺は思わず薫さんの胸元をぎゅっと掴んでいた。
「まずは、私。それから、志穂でしょ。怜次でしょ。一番金額多く出したのは、やっぱり和臣よね」
「!」
 最後に出た言葉に、俺の体温は一気に急上昇する。
 ヤツに、ヤツにバレた......?!俺が、このことで薫さんに相談してたこと......。
「う......」
 もう羞恥心でいっぱいだ。顔を上げていられなくて俯いてしゃがみこんだ。
 そんな俺の前髪を、薫さんが掴んで上げさせる。
「この程度でショック受けてたら、買えないわよ。大丈夫。私に任せなさい」
 にこやかに微笑む薫さんのお尻から、時たま兄にも生えている悪魔の尻尾が生えているような気がするのは気のせいか。
「凄い、薫ちゃん女王様みたい~」
 無邪気にそうはやし立てる志穂ちゃんに、俺はいっそう羞恥心を掻きたてられて慌てて立ち上がった。
 ローションは多めがいいとか、コンドームにはサイズがあるのだとか、最初が一番肝心だから感度を上げるために薬を飲めとか、いろいろなことを教わった。
 たぶん、余計なものまで聞きすぎた気がする。
「和臣なら、きっとこれぐらいの大きさよね」
「え、そうなの~?えっと怜次はぁ......」
 相変わらず楽しそうに二人は商品を見て回っている。
 アレを模したおもちゃを眺めながら、男性サイズを言い合うのはやめて欲しい。
 俺が居た堪れない。
 他にもいたはずの客がいなくなっている。逃げたくて仕方がねえのに、薫さんはしっかりと俺の服を掴んでいた。
「どうする、智昭。これも買っておこうか。大きさ的にかなり近いはずよ」
 そう言って、見本で陳列されていたディルドを押し付けてくる。
 先ほどから大きさ比べをしていたものの一つだ。
「薫、さん」
 俺はじっと薫さんを見詰めた。
「なあに?」
「無理......俺、できない。......しない」
 目の前がくらくらする。
 折角の覚悟が、急に与えられたたくさんの情報によって、見事にへし折れていた。
 ヤツと、その、こんな恥ずかしい思いしながら......できるか!
「諦めるの?せっかく恋人になって、もっとより深く繋がるチャンスなのに」
 若干青ざめ気味の俺に対して、薫さんは静かに言う。
 んなこと、言ったってよお......。
 もう目の前が涙で霞む。
「好きな人にぎゅってしてもらうの、すごく気持ちいいんだよ」
 志穂ちゃんが俺を励ますように声を掛けてくれる。
「最初は怖いかもしれないけど、貴方は1人じゃなくて和臣って相手がいてくれるんだから、大丈夫」
 ......薫さん、いい人だ。
 俺恋敵なんだし、嫌われてもしかたないのに。
 こうして買い物に付き合ってくれた上に、上手く行くように応援してくれてる。
「......」
 目に滲みかけた涙を、瞬きして消す。俺はきゅっと唇を噛んで、薫さんを見た。
「頑張れるわね?」
「......はい」
「あきちゃんファイト!」
 こくんと頷いた俺に、志穂ちゃんがぎゅうっと抱きついてきた。
 華奢な肩をぎゅっと抱きしめ返して、俺は決心する。
 失敗するかもしんねえけど、と、とりあえず挑戦してみる。挑戦することに価値があるんだ。
「じゃあ智昭。最初の難関よ。これ1人で『自分用です』って言って買ってきなさい」
 薫さんがにこやかに微笑んで、手にしていた妖しげなグッズの数々を俺に押し付けた。

 あ、やっぱ俺嫌われてるかもしれねえ。

 そう思った瞬間だった。


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