小話詰め合わせ-7


-黒猫のかぎしっぽ-

12ヶ月のキャラDE動物パロディです。





 黒猫は不吉だと言われた。けど俺は真っ黒じゃなく、手足と、尻尾の先と鼻先だけが白い猫。
 雨の日に、最後の力を振り絞って生んでくれたらしい猫のお母さんは、一度も顔を見たことがない。
 けど、俺には人間の母さんと父さんがいる。
 亜希子母さんと昭二父さん。俺には、ともあきと言う名前をつけてくれた。
 この人たちにめぐり合わせてくれたのは、兄だ。
 兄は身体も大きくて、子猫だったときも一歩も引かずに、他の野良猫に苛められていた俺を庇ってくれた。
 だけど、俺が病気にかかったとき、兄は俺を人間の家の前に置いていった。
 捨てられたと思って悲しかった。けど、仕方がないことだとも思った。
 俺、みそっかすだし。身体も弱くちゃ生きていけない。足手まといにならなくてよかったと、安堵もしていた。
「まあまあ、どこから来たの子猫ちゃん。......大丈夫?」
 死ぬ気満々だった俺は、亜希子母さんに拾ってもらって、ドウブツビョウインに行って、チリョウしてもらった。
 ホケン?が使えないから旅行いけなくなっちゃったけど、可愛い息子が出来たのよ。と母さんは父さんに俺のことを説明したらしい。

 こうして俺は、藤沢家の家猫になった。

 兄は、時折庭を通り過ぎていったりする。真っ黒な猫だ。にーにー鳴いても、振り向いてくれない。
 かぎしっぽをゆらゆら揺らして、塀の上を横切るばかりだ。
 俺の家の庭には、他にも猫が来る。まだ俺と同じぐらいの茶色の縞模様の猫だ。
 縁側で気持ちよく日向ぼっこをしていたときに、気付いたら一緒になって寝ていた。
 名前を「かずおみ」と言うらしい。
「ともあきさん!」
 今日も、この茶猫は俺の家に来た。
「遊ぼう。ね、外に出てきて!」
 がりがりと戸を引っかいて俺を呼ぶ。
 今日は縁側のガラス戸が開いていないから入れない。
 母さんは今日は留守だ。だから戸締りはちゃんとしていく。
「外、出れない」
「なんで?ともあきさんの身体、毛づくろいしてあげる。俺、餌も獲ってきたんだ。一緒に食べよう」
 ナーナーと甘えた声を出す茶猫。
 俺はコイツを見つめながら、困って尻尾をぱたり、と揺らした。
 出て遊びたいのは山々だが、勝手に出ることは出来ない。
「今日は、無理」
「なんで?嫌だ、毛づくろいしたいー!」
 ガラス戸にすりすり身体を摺り寄せてくる。
 えと。どうしよう......。
 俺もそっとガラス戸に身を寄せて、ヤツの毛並みを舐める仕草をする。
「ねーともあきさ......」
「貴様、俺の弟に何か用か」
「!」
 ガラス越しに威嚇するような声が聞こえた。
 慌ててその姿を探すと、庭の植え込みの中からきらっとした光る目が見える。
 現れたのは、兄だった。
「出てきやがったな!毎回毎回ともあきさんに近づくの邪魔しやがって」
「野良猫風情が、そのチビに近づくからだ。また病気にかかりでもしたらどうしてくれる」
 シャーッと威嚇しあう二匹の猫。
「てめえ目障りなんだよ。この辺りのボス猫だからって、偉そうにすんな!」
「ボス猫が偉くなくてどうする。貴様こそ、どこから来たかしらねえが、礼儀ってもんを教えてやる」
「やめろよ!」
 部屋の中から俺がいくら呼んでも、二匹には届かない。
 どうしよう......。
 室内でぐるぐる回って、ガラス戸を引っかく。
 そうしているうちに、二匹は取っ組み合いを始めてしまった。
 かずおみも頑張ってるが、兄はこのあたりでは有名なボス猫だ。どうみてもかずおみの劣勢。
「やめろってば!!」
 体当たりしても、ガラス戸は開かない。
 ええい!
 俺は縁側から離れて、部屋の奥に進み階段を駆け上がった。
 二階の窓の鍵は、開いてるはずだ。今朝閉め忘れるのを見ていた。
 がりがりと引っかいて出来た窓の隙間から、屋根の上に出る。
「ぅなっ!」
 華麗にジャンプ!......とはいかなくて、へっぴり腰になりながら、俺は木に飛び移る。
 それから恐る恐る進んで、兄がいつも悠然と歩く塀に飛び移った。
 あとは、地面に......。
「ふぎゃっ」
 勢い余って足を滑らせた俺は、斜めになって落ちた。
 反射的にくるっと回転して地面に落り立つ。
 び、びっくりしたー......。
 どきどきしたまま、俺は庭に走った。庭では、いがみ合う二匹の姿があった。
 茶猫はぼろぼろだ。兄は鋭い爪と牙でヤツを追い込んでいる。
「やめろよ!かずおみは俺の友達なんだ!」
 俺は慌てて二匹の間に割って入った。
 兄に毛を逆立てるなんて出来なくて、ビクビクしながら低い体制を保つ。
 耳も、きっと垂れてる。なさけねえ俺。
「......」
 兄は高圧的に俺を見下ろしてきた。
「病気は」
「え?」
「外に出て、大丈夫なのか」
「う、ん。平気。わくちんって、痛いの打たれた」
「そうか」
 うわ。
 身体をかがめる俺を、兄は首根っこを噛んで持ち上げた。
 けど、俺も大きくなってるから手足がずるずる地面に擦る。
 縁側にある平たい石の上に乗せられた。
「家の人が帰ってくるまで、動くんじゃねえ。敷地内から出るなよ。お前なんか一飲みされるぞ」
「!」
 一飲みって、何に?!
「はん、ビビリが」
 びくびく怖がる俺に、兄は鼻を鳴らすと背を向けてひらりと軽い足取りで去ってしまった。
「......」
 い、石の上から降りるぐらいじゃ、飲まれない、よな......?
 おそるおそるちょんと地面に前足を乗せ、大丈夫そうなのを確認してから、俺はかずおみに駆け寄る。
「大丈夫か?」
「へい、き。ともあきさんこそ、出てきて良かったの?」
 ぼろぼろになりながら、ヤツはにへらっと笑う。
 こんな状態でも、コイツは俺の心配するのか。
 ついジーンときてしまった。
 身体を寄せてぺろぺろと舐める。
「ともあきさん......!」
 ぱたぱたと喜びを表すように、ヤツの尻尾が揺れた。
 家は、母さんも父さんも働きに出ているせいで、昼間は誰もいない。
 兄は時々通り過ぎるばっかりで、俺の相手はしてくれない。
 コイツだけが、俺と遊んでくれるのに。
 なんて感謝したらいいんだろう。言葉が浮かんでこなくて、もどかしい。
 俯いた俺を慰めるように、ぺろぺろと毛づくろいをされる。
「ともあきさん、可愛い」
 顔まで毛づくろいされて、くすぐったかった。
 俺は、母さんが帰ってくるまで、ずっとかずおみに寄り添っていた。


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