9月リクエスト-11
それは珍しいことだった。
『あきちゃんあきちゃん。さっき電話出た人だあれ?』
「兄」
『そうなんだぁ。なんか、前にも思ったけど怖そうだね』
「......志穂ちゃん、どうしたの?」
前にも一度電話をかけてくることがあったが、基本、志穂ちゃんや怜次くんは、ヤツを通して連絡を寄越すことが多い。
多いといっても、それほどあるわけじゃない。だから、珍しいことだった。
『えっと、あきちゃんこれから暇?』
「うん?」
壁掛け時計を見る。もう夜の23時になるところだった。
今日は日曜日だ。明日は学校があるだろうと、昼間はヤツに会ったが、あまり遅くならないうちに別れた。
本当なら俺もそろそろ寝る時間だ。
この時間にかかってきた電話に、昭宏がぶつぶつ文句を言いながら電話に出た。
その電話の主は志穂ちゃんで、俺宛だった。
『なんかね。怜次と、かずちんと、薫ちゃん、大変なことになっちゃったらしくてね......』
しんみりとした声の志穂ちゃん。
え、大変なことって、なに?
さあっと身体から血の気が引いた。
よからぬ思いが脳裏を過ぎる。
『だから、あきちゃんも来てくれる?』
「うん」
志穂ちゃんの説明は、良くわからなかった。
けど、なにか大変なことがあるなら俺も行きたい。
『じゃあ、すぐあきちゃんち行くから、待っててね』
「うん」
頷いて、俺は電話を切った。
そのまま玄関を出て外で待とうとして......。
背後に立っていた兄に、首根っこを捕まれた。
「おいニート。こんな時間にどこ行くつもりだ」
「友達のとこ」
「明日にしろ」
「......」
むすっとして、俺は兄を見上げる。
兄は平然と俺を見下ろしていた。
「大変なんだって」
「それならなおさら、お前行っても意味ねえだろ」
なんだよてめえ。勝手に決め付けんな。
「呼ばれた」
「馬鹿かお前。呼ばれたからって、こんな時間にふらつくもんじゃねえだろうが」
ごんっと、頭を殴られる。
酷い。不条理だ。
「......昭宏ばっかり、ずるい」
「ああ?」
「中学とか、高校のとき、よく家を抜け出してた」
そうだ。思い出せ俺。
この横暴な兄は、結構門限のきつかったうちを、夜遅くにこっそり抜け出してやがったじゃねえか。
そしてそれを目撃するたびに、「母さんには言うなよ」と散々脅された。
俺も付いて行きたかったのに、一度として連れて行ってくれなかった。
「あれは......事情があったんだよ事情が」
急に俺に指摘されたことで、過去を思い出したのか昭宏が視線を揺らがせた。
「知ってる」
俺、知ってるもんね。
「あ?」
訝しそうな目を向けられるが、俺は自信満々に言い返す。
「英嗣くんと、遊んでたんだ」
「おま......それをどこで知った?」
ぎらりと兄の目が鋭くなる。
英嗣くんとは、兄の友達だ。昔から格闘技が好きだった兄。似たような趣味の友達ばかり出来ていた。
髪の毛の色がいろいろあって面白かった。英嗣くんは、そのうちの1人だ。
英嗣くんは、確か今プロボクサーになってる。夢を叶えたんだって昭宏が羨ましそうに言っていたのを覚えている。
「英嗣くん」
「あいつ......詳しいことは聞いてないよなお前」
「......」
表情は変わらないが、少しだけ早口になる。
昭宏が焦ったときの反応だ。
俺はふふんと笑ってやった。
知ってるぞ。みたいな笑い方。
......なにをどんなことして、遊んでたかは教えてもらってねえけど。
「いっ......」
ごつんと頭を殴られた。
「なに偉そうに笑ってんだこのニート」
不機嫌そうに鼻を鳴らされる。
酷い。横暴すぎるぞてめえ。
俺は口をへの字に曲げて兄を睨んだ。
「俺も、昭宏みたいに、遊ぶ」
俺だって、たまには夜遊びしたいんだ。
「......しかたねえ」
はあ、と深くため息をつくと、兄は俺の首根っこを掴んだまま、自分の部屋に向かった。
ちょ、なにすんだ。部屋に閉じ込める気かてめえ。
じたばた暴れる俺を難なく押さえつけ、部屋に入ると、充電器をさしたままだった携帯を手に取る。
「持ってけ。......一時間に一回は連絡入れろよ?あと危ないところは行くんじゃねえ」
「......」
手渡された携帯は、兄の個人用のものだった。
携帯と、兄の顔を交互に見る。
昭宏は至って真面目な顔をしていた。
ぽん、と肩を叩かれる。
「お前は弱いしどんくさいから、喧嘩になったらすぐ逃げろ。わかったな」
切々と、諭された。
......俺、どこ行くんだ?
じーっと見てると、兄が落ち着かないようにがりがりと頭を掻いている。
「お前が、俺がしてたような遊びがしたいなんて言うとは......付いていってもいいが、俺だって昔、先輩についてこられたときは、あんまり気分良くなかったし......。警官だけは捕まるなよ」
ちょっと、待て。いったいお前はその昔、どんな遊びをしてたんだ。
今までにない、衝撃の新事実。
ぽかんとしている俺は、兄に玄関まで連れて行かれた。
「楽しんで来い」
ぎゅうっと抱きしめられて、家を追い出される。
「......」
俺、なにしに行くんだっけ。
わからなくなって首を傾げた。