9月リクエスト-8
結局、ともあきさんが買ったのは、灰色のパーカーとこげ茶色のシャツ、黒のカットソーだった。
もう少しカラフルな色も着せたかったけど、ともあきさんが選んだ服も似合ってて可愛かった。
「これからどうしよっか?」
「ん?」
街をぶらぶらと歩きながら尋ねる。
ともあきさんは衣類の入った紙袋を抱えて、軽く俺を見た。
可愛い。もう、ともあきさんだったらなんでも可愛い。
もう物凄くベタ惚れな自覚はある。
「もう少し、街を見て行こうか。あんまりともあきさん、こっち来ないでしょ」
「ん」
手は繋げない代わりに、少しでも近づく。
軽く肩が当たった。
こくんと頷いたのをみて、俺は満足し......。
「藤沢くん!」
どこからか、ともあきさんを呼ぶ声が聞こえた。
ともあきさんもきょろきょろ周囲を見ている。
すると、少し離れた場所で、無料雑誌のロゴの入ったジャンパーを羽織った女が、こっちに向かって手を振っていた。
「平原さん」
ぱあっと、ともあきさんの顔が明るくなる。
......だれ?
ともあきさんが駆け出して、その女に近づいた。
「やだあ、こんなところで会えるとは思ってなかったよ~元気?」
「うん」
「相変わらず無口ね」
笑う女を見て、ともあきさんも楽しそうだ。
身近にあった体温が遠ざかったことで、俺は嫌な気持ちに包まれる。
俺が近づくと、女は俺を見て、それからそっとともあきさんに囁いた。
何を言われたのか、ともあきさんが嬉しそうに目を細める。
「あ、これもらってって」
「うん。頑張って」
「藤沢くんもね!」
女は配っていた無料雑誌をともあきさんに押し付け、ばしんと背中を叩いていた。
にこにこ笑っていたともあきさんが俺の元に戻ってきて、なぜか笑顔が消える。
「どうしたのともあきさん」
質問にもふるふると首を横に振って、俯き気味に歩き出した。
......なんか、あんまり、いい気分じゃない。
今すぐ二人きりになって、ともあきさんを抱きしめたかった。
「ともあきさん、軽くお茶して帰ろうか」
目的なく街を歩いて、足も疲れてきたところでそう声をかける。
ともあきさんは俺を見て、少し強張った表情で頷いた。
俺、なんかしたか?
考えてもわからない。なんだか心がざわついてしょうがない。
目に付いたチェーン店のカフェに入る。
「先に席取りに行ってもらってもいい?」
そう行って、ともあきさんの分も、俺が聞いて注文する。
基本的には、奢られたりするのも嫌うともあきさん。お金があるときぐらいしか、こうやって誘うことも出来ない。
部屋で一緒に寛ぐのもいいし、アウトドアをするのも好きだけど、できれば今日みたいなデートもしたいよな。
二人でカフェでだらだらとするのも楽しいだろうと、俺は気を取り直した。
待たせちゃ悪いと思って、注文したコーヒーとカフェオレを持って、ともあきさんを探す。
すると。
「......」
ともあきさんはいた。けど、知らない男も一緒にいた。
なにやら親しげに話しかけて、男がともあきさんの肩なんて叩いたりしてる。
嫌がる様子もないともあきさん。どうやら知り合いらしかった。
何、今日は厄日かよ。
俺はイラつきながら、二人の元に進む。
「ともあきさん」
声をかけると、ともあきさんと一緒に男が振り向いた。
「なんだ藤沢、お前ツレいんの?じゃあ無理か」
「うん」
「じゃあな、また今度な。教授の復活記念に飲もうぜ」
「東野も、飲みすぎには、気をつけて」
「わかってるって」
笑い合いながら、男がともあきさんから離れる。
身長はそれほど高くない。普通の外見の、スーツの男。
俺が睨みつけてやると、少しだけ驚いたような表情をして出て行った。
「今の、誰」
硬質な声がでるのが、自分でもわかる。
ともあきさんがぱちりと瞬きをした。
「大学の、同級生」
「さっきの、女は?」
「バイトしたときに、お世話になった人」
「......そう」
かたん、と音を立ててテーブルにトレイを置いた。
ともあきさんの前にコーヒーを置き、自分の前にはカフェオレを置く。
理由を聞けば、普通のことだった。
女も男も、少し接点のあるだけのただの知り合い。それだけだ。
なのに、どうして俺は、こんなに気分が悪い?
ともあきさんは、だまってコーヒーを口に運んでいる。
熱いそれにふーふー息を吹きかけて、口をつけて、まだ熱かったのか、また息を吹きかけて。
俺はというと、目の前にあるカフェオレを、ただスプーンでかき回した。
ちびちびコーヒーを飲むともあきさんの目が、俺の手元を見て、それから俺を見る。
すぐさま視線を外された。
それも、なんだか気分が悪い。
無言だった。
俺も話そうとしないし、普段無口なともあきさんならなおさらだ。
時間だけが過ぎていく。
......楽しくない。