9月リクエスト-9


「あの」
「帰ろっか、ともあきさん」
 口を開いたのは、なぜか同じタイミングだった。
「なに」
「カフェオレ、飲まない、の?」
 どこか戸惑い、怯えたように言われる。
 俺は手元を見た。
 かき回すだけかき回して、すっかり冷めたカフェオレ。
「なんか、飲みたくなくて」
「でも」
 腰を浮かしかけた俺に、ともあきさんが声を重ねる。
「もったいな......」
 言い切る前に、俺はカップを傾けて全部飲み干した。
「これでいい?行こうか」
 空になったカップを見せて、俺は微笑むとトレイを持ち上げて片付ける。
 紙袋を抱いたともあきさんが慌ててついてきた。
 後ろをついてくるのだけを確認して、俺は先に店を出た。



 買い物には、俺が借りたままのバイクで来た。
 電車でも良かったけど、電車じゃくっつけないし。バイクならともあきさんに抱きついてもらえるし。
 座席の下からヘルメットを取り出してともあきさんに渡す。
 開いたところには、ともあきさんの買った服の入った紙袋を詰めた。
 先に跨ってエンジンをかける。すぐに乗ってくるかと思えば、ともあきさんはヘルメットを手にしたままだった。
「どうしたの?」
 動かないともあきさんに俺は尋ねる。
 じっとともあきさんはヘルメットを見たままだ。
「乗りたくないんなら、電車で帰ろうか」
「乗る」
 降りかけた俺に、ともあきさんはぎゅと腕を掴んできた。
 交差する視線。ちらちらとともあきさんの目の中に見えるのは、俺に対する怯えか。
「......あの」
「ヘルメット、かぶらないと」
 俺はともあきさんの手からヘルメットを取り、被せるとバイクに跨らせてそのまま俺の腹に腕を回させた。
「しっかり捕まっててね」
 声をかけ、俺もヘルメットを被る。
 ゆっくりとバイクは走り出した。



 若干、安全運転ではなかったことは認める。
 それでも、事故ることもなくともあきさんの家の前に着いた。
「着いたよ」
 そう声をかけても、ともあきさんは俺に抱きついたまま、離れなかった。
「ともあきさん、降りて。おうちだよ」
「嫌だ」
 メットの下から、くぐもった声が聞こえる。
 背中に痛いぐらいに押し付けられたヘルメット。
「いったいどうしたの?ともあきさん、変だよ」
 どうして、俺に対してそんなに怯えんの?
 しばらくそうして、ともあきさんの反応を待つが、ともあきさんは俺に抱きついたまま動かない。
 俺はため息をついて、エンジンを切った。
「ともあきさん。俺のこと家に入れてくれる?」
 ゆっくり、出来るだけ優しく尋ねると、拘束が緩まった。
 バイクは路肩に駐車し、メットを脱いで座席の下に放り込む。
 紙袋を持った俺は、家に招きいれられた途端、ぎゅうっと抱きつかれた。
「今日は、ごめん」
 短く謝られる。

 気付かれていた。
 俺の、醜い嫉妬。
 他の人と仲良くしてるからって、じわっと心臓を焼いた嫉妬の炎を。

「俺のほうこそ、ごめんなさい」
 強く抱き返して、俺はともあきさんに謝った。
「ごめん。いいんだ。別にともあきさんが他の人と話したって。全然、普通のことだろ。俺が、変に気にしないようにすればいいだけの話だから」
 ともあきさんが、ニートで引きこもりで、家族以外は俺と、俺の知り合いとしか話さない。なんて変な思い込みがあったから、少し驚いただけだ。
 誰とも話させないなんて拘束をしたいわけじゃない。
「ごめん。マジ、ごめんね。俺、嫉妬してただけなんだ。ごめんなさい」
 何度も謝る俺の顔に、ひんやりしたともあきさんの手が添えられる。
 ぐいっと顔を下に向けさせられた。
 黒い瞳が俺を捉えて、薄く色づいた唇が開く。
「嫉妬?」
「うん。俺以外にも、あんなに綺麗な笑顔を見せてるなんて、って。ごめん」
「お前が嫉妬?」
 繰り返したともあきさん。なにやら......わ、笑ってる?
「ともあきさん......?」
「ふうん」
 吐息のようにそう呟いたともあきさんが、俺の唇にちゅっと口付けをした。
 う......っわ。
 その仕草に、一瞬にして心奪われる。
「嬉しい。嫉妬してるなんて、思わなかった」
 ......はい?
「俺、結構あからさまだったと思う、けど......」
「そか。......俺と一緒にいるのが、嫌なんだと思った」
「はあ?!なんで?!」
「俺が、ダサいから」
 ......まあ。フィルターを外せば、ともあきさんの格好は、お世辞にも良いとは言えない。
 けどそれを理由に俺がともあきさんと一緒にいるのが嫌なんて、思うわけがないだろう。
「嫉妬で、良かった」
 ともあきさんは安堵の表情で、にこにこしている。
 もしかして、俺は墓穴掘った?
 眉尻をさげていると、ともあきさんは上機嫌で俺の鼻の頭を舐めた。
「可愛い」
 ......空耳か?可愛いともあきさんに、可愛いなんて俺が言われてる。
 むすっとした俺はともあきさんを抱き上げた。
「わ」
 靴を脱ぎ捨てて、玄関から上がる。
「ともあきさんの部屋ってどこ?」
「階段上がって、すぐの......わ、ちょ......」
 抱き上げたまま、ともあきさんの部屋に入る。
 シンプルな、ものの少ないともあきさんの部屋。
 優しくベッドに下ろして、覆いかぶさった。
「責任とって。俺を嫉妬させた責任」
「せ、せきにん?」
 驚いたともあきさんは目を白黒させている。
「そう。俺といーっぱいキスして、ぎゅってして、ともあきさんは俺の恋人で、他の人と話してても嫉妬する必要はないんだよって、俺に判らせて」
「......」
 ともあきさんの靴を脱がしながら告げると、恥ずかしそうに目を伏せる。
 指がそろそろと上がり、俺の唇を撫でた。
 その指で、今度は自分の唇を撫でている。
 それだけでも、なんか下半身にクる。
 でもここで俺からしちゃ駄目だ。
 心を決めたのか、視線を上げたともあきさんが、俺の首に腕を回す。
 そっとともあきさんの唇が押し付けられた。
「もっと」
「ん」
 俺の催促に、更に強く唇が当てられる。
「もっと......」
 蕩けそうな声で誘うと、ともあきさんが唇を開けて深いキスを誘ってきた。
 も、無理。
 我慢なんて出来るはずのない俺は、そのまま激しいキスを仕掛けた。

 息の上がったともあきさんに、そろそろ親が帰ってくるって教えてもらうまで、俺は何度もキスをしながらともあきさんにじゃれついていた。

 ほんと、最後の一線を越えなかったのが不思議なぐらいだった。
 ああちくしょう。早く......抱きたい。もっと愛し合いたい。
 そんなことを考えながら、俺は家に帰って真っ先に風呂に入って抜いた。


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