二陣-4



「......またここか」
 社に入ってきた男、しのかはため息をつきながらぐるりと周囲を見回す。俺を見つけるとつかつかと歩み寄ってきた。
「こう何度も夢で呼ばれると寝た気がしないんだが」
「って言われても......」
 明らかに迷惑そうな表情を浮かべるしのかに、俺は首をすくませる。
 やっぱり無理だ。こんな男とセックスなんてできない。
「本当に、心当たりはないんだな?」
 改めて問いかけられて、俺は押し黙ってしまった。それが昨日とは違う様子だと気づいたのか、しのかが一歩俺に近づく。
 見れば見えるほど男らしい。目尻に引かれた紅も、男性的な色気をよりアップさせているだけで、力強そうな肩や腕は女を抱きしめるのに役立ちそうだ。
 ......なんか羨ましいなおい。
 俺もそれなりにモテた経験はあるが、男らしい魅力に欠ける。鍛えてもあまり付かなかった筋肉と、時には女に嫌味を言われた太くない腰付き。薄くて平べったいと言われたらそれまでだ。
 自分としのかをそう見比べていると、なぜかしのかの頬が赤らんだ。ごほんとわざとらしい咳払いをする。
「そうじろじろ見るな」
「あ、悪い」
 慌てて俺も視線を外す。そんなに不躾に見ていたつもりはなかったが、ちょっと恥ずかしい。
 火照った頬に手を当ててると、しのかに前腕を掴まれた。俺の腕が細く見えるほど男の手はデカい。昨日と同じように触れられた所がカッと熱くなる。
「なんだよ」
「この匂いはなんだ?」
「匂い?」
「甘い、匂いがする」
 言うが早いか、しのかは俺を引き寄せた。くんっと匂いの元を探すようにしのかが鼻を鳴らして嗅ぐ。慌てて俺はもう片方の手で男の体を押したがびくともしない。それどころかあっさりとその腕も捕まえられて、俺は身動きしようがなくなった。
「匂いなんてしねえよ」
「いや、する」
 しのかはそのまま俺の首筋に顔を埋めた。密着すると、ふわりと何か香る。甘くて、くらくらめまいがするような香りだ。でもそれは、俺じゃなくしのかから立ち上っている。
「この匂いはお前だろ?! 離せって!」
 頭の芯が痺れてぼうっとしてしまいそうだった。渾身の力を込めて身じろぎをすると、ようやくしのかの手が外れる。大した力を入れていなかったような表情の男が恨めしい。
「俺?」
 首を傾げたしのかはくんくんと自分の匂いを嗅いでいる。その隙に俺は慌てて離れた。火照って身体が熱い。この下半身に絡むネットリとした感覚は覚えがある。そのことが指す意味を悟った俺は顔を真赤にさせた。
 しのかを、男を性的対象として反応しているのだ。
「うっそ......」
 生気をもらうための準備段階、なんだろうか。俺もしのかと同じように匂いを嗅いでみる。なんの匂いもしない。
 でも、これがお互いにだけ感じるものだとしたら......。
 そろりとしのかを見ると、黒い瞳が強く俺を捉えていた。事情はわからずともしのかもなんらかの欲を感じているらしい。
 無言で一歩踏み出されて俺は後退った。ちょっと目つきが怖い。
「ま、待てよしのか!」
 俺が怒鳴ると、しのかは驚いた表情になった。
「どうしてお前が俺の名を知っている?」
「今朝俺のいた小屋で、栗毛の女がお前をしのかって呼んでたから」
「やっぱりお前はあの神鹿か。じゃあ、ここに呼ばれるのは今日で最後になるな」
 納得したようにしのかの言葉に俺は驚いた。今日で最後?
「どうして?」
「たまたま近くにいたから、波長があっただけなんだろう? もう他の村に行くからここには戻ってこない」
「ここに住んでるんじゃないのか」
 俺の言葉に、しのかはふんと鼻で笑った。そのまま俺の目の前に手を突き出して見せる。
「こんな装備をしてる農民がいるか? 俺は退治屋なんだよ」
「......たいじや?」
「なんだ、本当に何も知らないんだな」
 呆れたように目を細めたしのかは、それでもいろいろと俺に教えてくれた。
 瑞穂国に数多く出るようになった妖怪から身を守るために、農民はみんなで金を出し合って退治屋と呼ばれる人たちを雇うらしい。都に近い場所には国軍が出て警備をしているが、辺境の村は見捨てられた形だ。
 この村もそんな辺境の村で、なけなしの金を出し合ってしのかたち退治屋は雇われたのだ。
「昨日今日で、ほとんど片付いたからな。物の怪がでないのなら俺たちがいる理由はない。だから次の村に行く」
「俺も付いて行っていいか?」
「駄目だ」
 勢い込んで尋ねると、しのかは即座に首を横に振った。
「お前の白い鹿の身体は目立つ。今のように人に化けられるなら......いや、こんな顔のヤツを連れていたら、山賊にでも狙われかねないしな。やっぱり駄目だ」
 二回も駄目だと言われた。しかも俺にはどうしようもできない部分でだ。
「こんなって、酷い言い草だな」
「上玉とでもいえばいいか? なぎのように女でも経験を積んで強いならともかく、こんな見目の者なら、男だろうが服を剥かれて慰み者だ」
 顎を掴んで持ち上げられて、俺はかあっと顔を赤らめた。また触れた部分から熱が広がる。
「触ると甘い匂いがする。誘っているのか」
「な、ちがっ......!」
 反射的にしのかの手を振り払って距離を置いた。咄嗟に拒絶したが、しのかが言ってることは間違いじゃない。
 俺の身体は勝手にこの男を誘ってる。
「うー......」
 なんとも言いがたい気分で俺は唸った。しのかはそれを冷えた眼差しで見つめると、肩をすくめて離れていく。どさりと腰を下ろした様子をみると、昨日と同じようにこのまま朝を迎える気らしい。
 明日にはしのかは出ていくと言った。もちろん追いかければいいが、ただ追いかけるだけじゃ駄目だ。結局は、しのかから生気をもらわないと生きていけないんだ。
 それだったら先延ばしになんかしないで、今日、契ってしまえばいい。ただでさえ身体は危険信号を発してる。相変わらず身体はダルい。
 ......でも。
 何度見ても、しのかは俺よりも身体が大きい。さっきだって両腕を掴まれたら全然動けなかった。そんな男と交わるとなると......。
 俺は大きくため息をついた。今日だけ、今回一度っきりだ。しのかから生気を貰えれば、あとは神通力を使って祝詞を唱えれば、日本に帰れる。
 交渉なんてしてる場合じゃないのはよくわかった。これからは大人しく依代になって予言しよう。仕事は......社長と部長は残念がるかもしれないが、工場出向の話は断ればいい。
 俺は覚悟を決めるとしのかに向かって足を踏み出した。足音を立てずに進んだつもりが、朽ち始めた床板がぎしりと音を立てる。しのかがゆっくりと顔を上げた。
 灯籠の明かりはあまり届かないが、それでもしのかがおれの動きを凝視しているのがわかる。ごくっと喉を鳴らしてネクタイを外す。見られていることを意識すると、指先が震えた。
 袖のボタンや襟の第一ボタンは外したものの、それ以上は脱げない。無言で近づいた俺は、しゃがみ込むとネコのように這ってしのかの足に手を伸した。
 しのかは何も言わないし、動きもしない。俺の動きだけをじっと見ている。俺はしのかの眼差しを感じながら、足首を掴んだ。
「っ」
 途端にその手が弾かれて、俺はいつの間にか天井を見上げていた。俺の手足を抑えて伸し掛かった男が、俺に尖った八重歯を見せて笑った。
「さてこれは毒か薬か」
 喉の奥で笑ったしのかの、言葉の意味がわからなかった。問いかけようと開いた口にしのかの唇が重ねられる。がちっと歯がぶつかった。歯に潰される形になった唇が痛い。
 俺は眉間に皺を寄せてしのかの肩を叩いたが、その乱暴な口づけは終わらなかった。それどころかぬるりと舌が忍びこんできたのだ。
「......っく、ふ」
 まるで口の中を探索するように蠢く舌に翻弄される。長い口付けに溜まる唾液が口の端から頬を伝った。更に唾液が流し込まれて、俺はこくんと喉を鳴らしていた。
「ッ!」
 あつっ。
 まるで熱湯を飲み込んだように、それは俺の喉を焼いた。通常なら食道を伝い胃に溜まるものが、胸に留まって全身に広がっていく。強すぎる感触に本能的に暴れる俺を、しのかは抑えつけてキスを続けた。
「いやらしい顔だな。そんなに俺に抱かれたかったのか」
 唇を離したしのかにそんなことを意地悪く囁かれる。羞恥に目が眩んだが俺はもう全身が甘い痺れに侵されていて、自由が効かなかった。
 呆然としたままの俺を、しのかは抱き上げて布団に下ろした。男が身につけているものをひとつひとつ外していくのを、俺はただ眺める。
 厚い胸板に割れた腹筋。臀部から太ももにかけても瑞々しく張った筋肉が見える。
 あ、フンドシだ、なんて思ってられたのもここまでだった。
 性器を覆っていた布を取り払うと現れた生々しいものに、俺はうっと呼吸を止めた。同性の性器なんて、この年になるとまじまじ見ることもない。しのかが言っていた俺の匂いに反応したのか、半勃ちになっている性器は、体躯にふさわしいだけのサイズがあった。
 で、でかい......。あんなもん入るわけない。
 無意識に後退りする俺に、しのかは布団に膝をつくとワイシャツに手を伸ばして首を傾げる。
「.........変な服だな。どうやって脱がすんだこれは」
「脱ぐ、自分で脱ぐから!」
 単なるワイシャツにスラックスでも、しのかには奇妙なものに見えたらしい。力任せに掴まれてボタンがはじけ飛んだら敵わないと、俺は慌てて横たわったまま服を脱いでいく。上から見下ろす男の視線に、背筋を震わせながら服を脱ぐだけで顔が熱くなる。だが、トランクスを手にかけようとしたところで、しのかが先にずり下げてどこかに放り投げてしまった。
 俺の全てが、男の眼差しに晒される。
「神族にまでなると、ここも美しいんだな」
 真面目な顔でそんなことをいう男に、俺はもうどんな顔をすればいいかわからなかった。腕で顔を隠してキツく目を閉じると、腰をぐっと引っ張られて下肢が持ち上げられる。


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