二陣-8



 大蛇は真っ黒なシミだけを残して姿が消えていた。妖怪は普通の生き物とは違うんだって、改めて思いながら通りすぎて森の中を歩く。
 馬と荷台が通れるだけの広さの道が森の中には続いていた。だが最近は使われていないらしく、道には草が生え放題だ。
 体内にまだ毒が残っているのか少し頭がふらつく。少し休憩しようとその場で膝を折ると、背後から付いてくる気配にようやく気づいた。首を巡らすとしのかの姿が目に入る。
 ......ついてきてたのか。
「こんな所で休むと虫に刺されるぞ。......もう少し先に廃寺がある。歩け」
 かけられた声は柔らかいが、その手はなかなか強引だった。すぐに立ち上がる気配がないと知ると、俺の角を掴んで無理にでも引きずろうとする。
 鹿としてもそこまで大きくない身体は、引っ張られて動き、しぶしぶ立ち上がって歩いた。
 たどり着いた寺は朽ちてかなりの年月が経ったようだった。屋根には苔が生え、戸は外れて中も荒れ放題だ。比較的傷んでいない場所を見つけると、しのかは俺をそこに促してしゃがみ込む。同じように膝をつくと、腹の部分を覗かれた。
「傷見せろ。......ああ、やっぱり治りきったわけじゃないんだな」
 毛を押し避けて傷見たしのかは、持っていた荷物の中から竹筒を取り出す。小ぶりのものだが液体が入っているらしくちゃぷんと水音がした。それに口をつけると、しのかはぶっと俺の傷に向けて吹きつける。
 いてえ!
 中身は酒らしい。アルコールの匂いがぶわっと広がって傷にしみた。身じろぎする俺を抑えこんで、しのかは持っていた布で丁寧に手当をしてくれた。
「身体が熱いな。......水飲むか」
 頬を撫でられて、俺は頷いた。今度はひょうたんを取り出して、俺の前に椀を置いてそこに注いでくれる。鼻先で匂いを嗅ぎ、舌を出して飲み始めた。その間、しのかは俺に寄り添って首筋から背中までを撫でる。
 喉を十分に潤すと、俺はしのかを見上げた。
「帰れそうか?」
 静かな問いかけに俺は顔を逸らして床に伏せる。毒の浄化と傷の回復に神通力を回したせいで、人型になれる力は残ってなかった。だからといってこれ以上しのかからもらうことなんてできない。
「力が足りないんだろう、俺を呼べよ。......お前の中に」
 しのかの言葉を聞いた途端、かちんと身体の中が組み変わるような音が聞こえた。急いで起き上がろうとするが、脚に力が入らない。ごとっと物音がして見てみると、しのかが目を閉じて横たわっていた。胸板が上下しているのを見れば生きているのがわかるが、でもこれは......。
 俺も急速に眠気に襲われる。他人を眠らせるような神通力は俺にはない。なんだこれは。目を開いてあがいているのに、風景がぼやけていく。

『お前はそれでいいかもしんないけど、俺様まだ死んでらんねぇんだよ』

 最後に聞こえた声は確かに俺のものだった。目の前が真っ暗に染まり、音も聞こえなくなる。自分の存在が消えたような感覚に怯えていると、ぼっと小さい明かりが点った。それはゆらゆらと揺れて灯籠の形を成していく。
 気づくと俺は夢幻の中に現れる社の中にいた。端で灯籠が一つだけ揺らめいている。
 頼りない明かりに照らされた社の中は、廃寺と負けず劣らず荒れていた。天井の模様は剥がれ落ち、床にも穴が開いている。さらに壁の一部は剥がれ、底知れない闇が覗いていた。
「どうして......」
 いつのまにかまたこの中に来ていることに呆然として呟く。今まで二回ここに来ることはあったが、それはどちらも意識を失ってからだ。こんな強制的に来ることはなかった。
 ハッとして俺は周囲を見回した。しのかの姿はまだない。
 俺は這って、灯籠の光が届かない上座の隅に移動した。出来るだけ物音を立てないように、口元を手で抑えて息をひそめる。
 がらりと戸が開く音が聞こえた。
「暗いな......おい、どこにいるんだ」
 入ってきたしのかが俺を探してる。暗い中で見つけられないのか歩きまわる音が聞こえた。弱った床板が踏み抜けて、俺の胸に痛みが走るが声を上げることだけは耐えた。
「くそ、暗すぎる。......出てこい! いるんだろう?」
 居ないってば。俺を探すなよ。
 ここに来たしのかが、俺のことを探す理由は一つだ。身体を交じらわせて、俺に生気を渡すつもりだろう。最初に生気をもらってから一日と経っていない。
 しのかが大蛇を仕損じたのも、もしかしたら俺が生気を取ったから力が足りなかったのかもしれないし、これでもう一回交われば、しのかはもっと衰弱してしまう。
 最悪、もしかしたら死ぬかもしれない。......そんなの嫌だ。
「明かり......あの灯籠じゃダメだ、もっと明かりはどこかにないのか」
 しのかがぼやいた途端、急に社の中が明るくなった。しのかは驚いたように自分の手元を見ている。太く長いロウソクが手燭台の上で煌々とした明かりを灯していた。
 その明かりは、ひっそりと隠れていた俺の姿までしっかりと浮かび上がらせていた。部屋の隅で手で口を覆って縮こまっている俺を見ると、しのかはどこかホッとしたような表情で笑みを浮かべる。
「見つけた」
 しのかが大股で近づいてくる。逃げようと背を向けた所で、すぐにその手に捕まってしまった。
「うわっ」
 俺の胴に腕を回して軽々と持ち上げられる。鍛え方が元から違うのは知っていたが、こんなに軽く扱われるとは知らなかった。
「っ」
 どさりと降ろされたのは、床よりは多少マシという程度まで薄くなった布団の上だ。布団のすぐそばにろうそくを置いたしのかは這って逃げようとする俺の腰を抱き寄せて耳元で囁く。
「抱くぞ」
 短いのに官能的な響きを持つ言葉に、俺は背筋を震わせた。
「いい......! いいって! 俺平気だから!」
「どこが平気だ。明らかに弱ってるじゃないか」
 力強い腕に爪を立てて、殴って引き剥がそうとしても、しのかは離してくれなかった。無理矢理ワイシャツをはぎ取られ、俺は煌々としたろうそくの火に裸体を晒す。俺の背中部分に転々と残る大蛇の牙跡を見て、しのかは痛ましそうに目を細めた。指先が背を撫でると、追いかけるようにその部分にしのかが舌を押し付けて舐め上げる。立ち上る甘い官能的な匂いを感じているのは、しのかも一緒だろう。
 食虫植物のように、甘い匂いで誘って相手から気を奪うなんて、今考えるとひどくたちが悪い。
 流されたら駄目だ。
「離せってば! 俺は大丈夫だから!」
 のしかかるしのかに抵抗していると、苛立ったように舌打ちされる。途端に仰向けにされて頬を叩かれた。それほど力が篭ってなかったから痛くなかったけど、ショックでぐわんと頭が揺れる。
「俺を呼び入れておいて、いまさら拒絶するな」
「......だ、って、しのかまで死んだら、俺......」
 声が涙に濡れたように掠れた。顔を逸らして情けない顔を隠す。
「確かにとつかの嫁が身籠った子は不運だったが、それはお前の責任じゃないだろう。初めに村に来た時だって、俺はお前が人を守るために引き返したのを見たぞ。それに、今日は俺も助けてくれた」
「けど......」
「けどじゃない。俺はお前に気をやったところで死にはしない。......多分あの火は俺の命だ。不安ならずっと見てろ」
 確かに立ち上るろうそくの炎は大きくて力強い。守られているような安心感がある。だけど、だからといってただ気をもらうわけにはいかなかった。
 しのかは一度離れて身につけていた服を脱ぎ捨てると、俺に覆いかぶさってくる。広い肩幅に抱きすくめられて、俺の男としてのコンプレックスを刺激された。
 この腕に頼ることは容易いが、その分の苦労をしのかが背負うことになる。それが耐えられない。
「嫌だって、離せよ!」
「お前、名前は?」
「......え?」
 俺が暴れた途端、しのかに問われて思わず動きを止める。言われてみれば俺は名乗った記憶がない。
「教えろよ、ほら」
「ゆ、きひこ......幸彦、だ」
 催促されて、俺が名前を口走るとしのかが微笑む。それはとても柔らかい、愛情に満ちた表情だった。
「いい響きの名だ。幸彦......」
「んんっ」
 後頭部に手を置かれ、強く引き寄せられる。甘く囁いたしのかにくちづけされた。歯列を割った舌が、俺の舌に絡んで吸ってくる。歯で軽く甘噛みされると、喉が勝手に震えた。
 俺が口づけに気を取られているうちに、しのかは初めて見ただろうベルトをあっさりと外し、スラックスを引き抜がしていく。
「んぅ......っ、ん!」
 そろりと脇腹から腰を撫でた手が、俺のペニスを握った。上下に扱かれて快感が弾ける。しのかの爪先がそろりとくるぶしから足の甲を撫でて、ほのかな愛撫と直接の刺激に俺は腰をよじった。
 ようやく唇が離れると、唾液が糸になって伸びた。しのかもどこか夢見心地のような表情で、俺の唇を濡らした唾液を舐めとっている。それすらも身体の痺れを増す要因になって、俺は熱さに喘いだ。
 首筋にいくつも口付けを落とされて、俺は胸を逸らす。胸板のささやかな飾りまで口に含まれ、歯で甘く噛まれたときは、甲高い悲鳴が出てしまった。けどその声は、媚びて蕩けそうに甘い。もうされるがままの状態だ。
「天女から羽衣を奪いたい気持ちがわかるな......」
「ふぁっ......?」
「いや......俺を庇った挙句、負った傷を治すためにせっかく得た力を失ったのに、お前は俺のことを考えて拒んだ。愚かで愛おしいぞ、幸彦」
「ちが......俺は、俺は俺が誰かを傷つけたくないだけだ。罪悪感に押しつぶされたくないだけで、別にしのかのことを想ったわけじゃない」
 否定する俺にしのかは声を立てて笑った。
「それを素直に口にするところが、可愛らしい。では俺は、俺の罪悪感に潰されないためにもお前に奉仕しよう」
「へっ、え......っしのか!」
 小手を外して生手を出したしのかに、大きく膝を割られて秘部を覗き込まれる。
「そ、そういうデリカシーのないことするんじゃねえよ!」
「でりかし?」
「気遣いが欠けたことすんなって言ってんの!」
 思わず両手で股間を覆って怒鳴る。股を開かれて手で隠すなんてコントか何かか。顔がカッカして熱い。
 しのかは笑って自分の指を口に含んで舐め濡らした。
「そうか、お前はつい昨日まで生娘だったな。......けど、こっちは準備が出来てるようだぞ」
「き、生娘言うなッ! ひゃっ......?!」
 俺が隠した指の合間を突くように、濡らした指で尻の狭間を撫でる。
「っうそ......えっ、ええっ」
 ぐっと指を押し当てられただけで、そこは指を受け入れた。......んな、馬鹿な。しのかの指がぐるりと腸壁を擦る。スムーズに動く指が立てる水音に、俺は思わず涙を滲ませた。
「ふ、ふぇっ......」
 ソコが勝手に男を受け入れるために濡れるだなんて、女にでもなった気分だった。思いも寄らない衝撃で俺は涙ぐむ。ひくひくと横隔膜を引き付かせると、しのかは少しだけ困ったような表情を浮かべるが、指を引き抜こうとしない。
 太ももを締めて抵抗するが、それを押し広げられて、指でアナルを刺激される。


←Novel↑Top