二陣-9



「ああ......」
 じわりと滲みでた官能に俺はしのかに縋り付いた。酸素を求めるように開いた唇を、また厚めの唇で塞がれる。眼を閉じても感じる、強い炎の揺らめき。抱きとめる腕も力強くて心地いい。
 意地張るのをやめろと言われている気がした。身体の細胞が全部、しのかを欲しがっている。
 でも駄目だ。都合よくしのかを使うなんて。
「......お願いだから、やめて、くれ......ッ」
 シーツを掴む手に力が入る。官能が弾けて、腰が揺らめきそうだった。締めていたはずの太ももが、受け入れるように開いていってしまう。俺の頬を涙が伝った。
「泣くな。......俺はお前が抱けるなら生気を渡しても構わない」
「っあ、んっ......そ、れは、香りで、騙されてるだけで......あぁあ......」
「騙されてなんかいない。これは俺の意思だ、幸彦」
 しのかの手が俺の手をシーツから剥ぎとって、自分の首に回させる。じっと見つめられた俺は、目を閉じるとその背に縋り付いた。すぐさま口付けを与えられて、褒められるように舌先で口蓋をくすぐられると、鼻から甘い鳴き声が抜ける。
「ん......っは、ぁあ......し、のかっ......あああっ!」
 蕾に潜り込んだ指がくちゅくちゅとかき回した。柔軟な秘部は絡めとるように指に吸いつき、こりこりとした官能のツボの存在を男に教える。しのかがその部分を指先で優しく揉み込むと、しのかの腹と俺の腹に擦られていた性器からだらしなく精液が溢れた。
「......お前が人だったらどれほどいいか。高天原になんて、帰しはしないのに......!」
「っ......ひぃ、あぁあっ!」
 絶頂に上がったままでひくつくアナルから指を引き抜かれた。代わりに押し当てられた剛直に、痙攣している部分が押し広げられる。
「ぃ、っあ! あっ、ぁん! ......っ!!」
 じゅぷっと音が立つほどに、一気に貫かれた。目の前が真っ白になり耳鳴りが響く。
「っはあ......幸彦、ゆきひこ......!」
 声を掠れさせた男に腰を振るわれる。初めてしたときも激しいと思ったが、今度は更にその上をいった。掴まれた腰が痛いぐらいで、がむしゃらに突き立てられて俺は髪を振り乱して仰け反る。
「ぁあん......! ひあ、あァッ!.........やあ! やーッ!」
 悲鳴を上げて嫌がっているのに、離してくれなかった。それどころか俺のペニスを掴んで扱きながら抜き差しされる。ずっとイきっぱなしだ。
「いぁああッ......やーって、ってるうう......っあん、んんーっ!」
 髪を引っ掴まれて口を重ねられる。がちっと歯があたって痛みに顔を顰めたが、しのかは止まらなかった。呼吸が出来ずに思考が飛びかける。感じすぎて伸した爪先が攣ってしまい、めちゃくちゃ痛い。
 一瞬嵐のような突き上げが止まる。力を抜こうとした瞬間、それは来た。
「ッ~!!」
 全身が蹂躙される熱。しのかの生気が俺の中に流れ込んでくる。それを受けて社の中が一気に明るくなった。倦怠感が立ち消え、心が多幸感に包まれる。
「......っは」
 しのかは大きく息を吐いた。苦しげに歪む表情を見て、俺は手を伸ばしてしのかの頬を撫でる。しのかは熱い手で俺の手を掴むと、中指の先に柔らかく唇を落とした。
 そしてぎらつく瞳を向け直す。
「っ、ああっ......?!......っしのか?!」
 性を吐き出したはずの性器は、萎えずにそのまま俺の中に留まっていた。変わらず突き上げられて俺は酷く戸惑う。
「っやめ......死んじまうぞ?!」
「腹上死か。それもいいだろうな。だがこの程度で俺は死なない。......もっとお前を味あわせてくれ」
「えっ......ひゃ、あっ、あんっ! あっ、あっあ!」
 温度の低い陰嚢まで尻に押し当てられるぐらい、深くを貫かれる。
 それからがまたすごかった。
 暴れる杭を押しこまれたまま、性器や乳首をいじられ、蕩けそうな甘い言葉を囁かれる。何度も腹に注がれてるのに一度も抜いてくれない。快感が苦しいなんて初めて知った感覚だった。
 泣きじゃくる俺を宥めすかして続けられる濃密な性交に、精神世界でも意識を飛ばすなんてことがあることを、俺は無駄に学ぶことになった。



 鼻先を何かが擽る。ぴくんと反応すると、その影は驚いたように身を引いた。うっすらと目を開いてみれば、逃げていく野うさぎの後ろ姿が目に入る。
 あ......?
 うまく思考が纏まらない。頭を掻いて周囲に視線を巡らす。ぼろぼろに朽ちている、多少雨を避けることが出来るだけの廃寺だ。裸で寝ていたせいで、床板のささくれだった部分が皮膚に刺さって痛かった。その部分を指先で掻いて胡坐をかいた俺は、手のひらを見て驚く。
「あっ!」
 人型をイメージしていないのにもう人に戻ってる。わきわきと手を動かして、それからすぐそばに横たわっているしのかに気づいた。
「しのか! おい、しのか!! 起きろよ!!」
 身体を丸めて横たわるしのかがまるで死んでいるように見えて、俺は肩を強く揺さぶる。
「ねえ。ねえ起きろってば、......しのか......」
 反応がなくて俺の心臓は嫌な音を立てる。震える手をそっと首筋に当てると、脈を拾う前に感じた体温に俺はほっとした。
 よかった、生きてる......。
「ずいぶんと刺激的な姿をしているな」
「うおあ!」
 手首を掴まれて強い力で引かれる。俺が胸板に顔をうずめるように抱きしめられた。防具が身体に当たって痛い。見上げるとやはり青白い顔ながら、面白そうに俺を見下ろしていた。
「人にも化けられるのか」
「これが元々の俺の姿なんだよ。鹿は神通力がないときの姿」
「そうか」
 目を細めたしのかが顔を近づけてきた。そのまま唇を重ねられて、角度を変えながら啄まれる。生身で男とキスしてるって思うけど、嫌悪は全くなかった。それどころか足りなくて身を乗り出す。気づけばしのかの膝の上に乗って、指をしのかの髪に絡めながら口付けを繰り返していた。しのかの腕が腰にまわり、キツく抱きしめられる。
「服を貸そう。そのままじゃ風邪を引く」
 もっと口付けようとしたところで、しのかにそう囁かれた。それを合図に俺は立ち上がる。
「......いい。俺もう、帰るから」
 しのかは表情を変えずに俺を見つめる。俺はその視線から逃れるように、周囲を見回した。
「西ってどっちだかわかるか?」
「あまり時間が経ってないようだから、こっちだろう」
 しのかは小さく息を吐くと、天井に開いた穴から太陽の位置を確認して教えてくれる。
「ナタ貸して、もしあったら小さな剣とかがいいけど......」
「これでいいか」
「ありがと」
 しのかから借りた短剣で俺は指先を切った。滲みでた血で東西南北を直に木の板に書き上げる。
 現在地は......そのまんま瑞穂国の廃寺、でいいや。この場合、ちゃんと自宅の俺の部屋に戻れないと、真っ裸じゃ逮捕されちまうから、そっちの方を気をつけよ。
「じゃあ俺かえ......」
「幸彦」
 改めて礼を言ってから帰ろうと振り返ろうとしたところで、背中からしのかに抱きしめられた。
「残るつもりはないか? お前のことは俺が守ろう」
「......俺男だって。そういうもんは女に言うべきだろ」
「俺はお前に言いたい。俺のそばにいてほしい。金はないが、生活は不自由にさせないことを約束する」
「あのさあ」
 俺は大きくため息を付いて、しのかの腕を振り払い、身体を突き飛ばした。普段ならなんともないんだろうけど、生気を大量に失ったばかりのしのかはふらついて床に膝をつく。
「なんか勘違いしてるようだけど、俺、お前としたのは帰るためだから。それ以外のなにもないんだから」
「だが......」
「帰るってったら帰るんだよ! 家には親も兄弟もいるし、俺だって仕事があるんだから! お前がそれと釣り合えるわけないだろッ!! たかだか知りあって二、三日しか経ってない相手を選ぶわけない!!」
 振り返って睨みつけながら怒鳴ると、しのかはゆっくりと一度頷いた。
「無理を言って悪かった。......だから、泣くな」
「泣いてねえよ馬鹿ッ!」
 ちょっと声が震えて、ちょっと目から水が出て、ちょっと興奮してるだけだ。横隔膜が震えて嫌になる。俺はしのかに背を向けると、大きくパチンと拍手を打った。

『掛かけまくも畏かしこき伊邪那美大神、朝霧吹き払ふ事の如く―――.........』

 大神、伊邪那美の朝霧を吹き払った息から生まれた俺の神様、どうか俺を日本に、日本の俺の家の、俺の部屋に、帰してください。お願いします。そう心を込めて唱える。
『よかろう。そなたの訪問、大儀であった』
 鹿の置物はなかったが、唱えた祝詞は上手く作動したようだった。周囲を風が吹き荒んで耳鳴りが激しくなっていく。しのかが俺に何かを怒鳴ったが、それは言葉として届かなかった。
 光に包まれて、身体がその光に同化していく。草木の匂い、花を揺らす風音。それらが遠くなって、電車や飛行機の飛ぶ音、オイルの匂いや驚くほど多い人の呟きの中を通り過ぎる。見覚えがある屋根が見えて、俺は安堵でほっと気を抜いたその瞬間。
『.........まあそっち戻ってからもめっかもしんないけど、それ俺様のせいじゃねぇから』
 ふとそんな笑いを含んだ声が俺の耳に微かに届く。気づくと俺は、自分の部屋の中でぼんやりと座り込んでいた。服はやっぱりなにも身につけていなかった。


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