主従の契約-11
搾取の契約の解除がなされた旧王族は、魔族軍に駆逐された。
一部の人間が犠牲になったが、火種が広がる前に対処できたおかげで、被害は最小限に抑えられたのだ。
空に浮かぶ王宮。その回りには城下町が広がる。
一部の階級しか使えないバーで、エミリオは1人カウンターで静かに飲んでいた。
「......なんだ、落ち込んでいるのかと思ったのに」
「パトリシア」
目に入れても痛くないと言わんばかりの愛しい弟を失ったはずの男は、意外にさっぱりとした表情だ。
人間界に行き、謀反の鎮静を終えたエミリオが、さぞ落ち込んでいるだろうと思っていた軍医のパトリシアは、エミリオの隣に座りながらカクテルを注文する。
「君が俺を誘うからなにかと思えば......慰めてくれようと思ったのか?」
金で縁取られた瞳が少しだけ笑みを浮かべる。
美丈夫は物憂げにため息をついて見せたが、それもどこか芝居がかって見えた。
「なあに?言いなさいよ」
カクテルを一口だけ飲んで、パトリシアはエミリオの肘を突いた。
「下から歌声が聞こえる。ただそれだけだよ」
「歌?でも、ラフィタは空を飛べないはずじゃあ......」
「そうだ。だから気のせいだろう」
その割には、エミリオは落ち着いて見える。
「......まだ他にもなにかあるんでしょう?」
「しつこいな君も。......フェリックスの遺骸を、俺の部下が確認に行ったんだ。俺たちは気流が読めるし、どの辺りに落ちたかわかれば、下の地域に住む魔族に落下物の情報だってもらえる」
「それで?」
もったいぶった言い方をするエミリオに焦れたパトリシアは先を促す。
パトリシアはラフィタの治療に当たった魔族だ。鳥族の歌声も好きだし、ラフィタの歌のファンでもある。
すぐには無理だがいつかは元に歌えるよう、丁寧に細胞の再構築と治療をしたのだ。
助けた患者が飛び降りて亡くなったと聞いて、ショックで一晩寝込みもした。
その兄が、こうして元気でいることが、納得行かなかった。
「『風』に邪魔された。俺たちは風属性の魔族だ。本来なら風が俺たちの邪魔をするはずがないんだ。結局、あの男の遺骸は確認できなかった。......もちろん、ラフィタもね」
「それじゃあ!い......」
「しーっ」
大声を出したパトリシアの口を手で塞ぎ、エミリオは軽く片目を閉じる。
「静かに。通常で考えれば、あの高さから落ちて生きていられるはずがないんだ。そうだろう?軍の見解だってそうだ。それで俺は人間界に行って謀反軍討伐に加わったんだ。今更生きてるかも、なんて言えやしない」
言いながら口元には笑みが浮かんでいた。
そのエミリオにつられて、パトリシアも笑う。
「そ、そうねえ......そうよねえ。ほんと、確認できなくて残念だわぁ」
「いっ......」
バシバシと満面の笑みでエミリオの背を叩くと、パトリシアはくいっとカクテルを傾けて飲み干す。
「マスター、もう一杯」
「もう酔ってるのかパトリシア?」
エミリオは勢い良く注文するパトリシアに、嫌そうに顔をしかめる。
「まさか!今日は貴方を慰めるために呼んだのよ?ここは私の奢り。さ、乾杯しましょ」
「何に?」
「もちろん。ラフィタとフェリックスの冥福に」
至極真面目に告げられて、エミリオは深くため息をつく。
「やれやれ......俺の周りにはこんな女ばかりだ。俺の癒しだったのにラフィタ......」
「そうやってラフィタしか見てないから、貴方は結婚できないのよ」
「うるさい。......乾杯」
「ふふ......乾杯」
カチンと小さくグラスを合わせる。
奢りならバーにある酒を残らず飲んでやろうと、エミリオはぐいっと酒を煽った。
風に乗って上がってくる、美しい歌声を思い出しながら。