主従の契約-4
部屋に戻ったラフィタは、ベッドでごろごろと転がっていた。
それをすると、柔らかな羽根や髪が絡まって大変な状態になるのだが、考え事をする際には良くしてしまう。
「フェリックス、僕のこと嫌いなのかなあ」
呟きは、真実のように感じられた。
幼い頃契約を交わした後目覚めた彼は、すぐに自殺を図ろうとした。
しかし、それは適わない。
交わされた契約を知ったフェリックスは驚愕し、それからラフィタを強く罵倒した。
「腕なし」「気持ち悪い目で私を見るな化け物」「役立たず」「死んでしまえ気色悪い」
罵倒が、契約解除には繋がらないことを理解すると、次は断食を開始した。
それも緩やかな死だ。
最初のうちは、ラフィタにはどうすることも出来ないが、一日、二日と経ち体力が落ち始めれば契約が作動する。
フェリックスは、食べる意思もないのに身体が正常に戻るまで、契約によって定期的に食事を取らされた。
苦しげに泣いているのを見て、ラフィタも心が痛んだが、死ぬ必要がないことを教え込んで、命を絶とうとすることをやめさせた。
善と悪を教え、種族の違いで人は差別されるべきではないこと、慈しみの心を持つことを優しく諭した。
それは半分は成功し、また半分は失敗したとも言える。
もともと聡明な子供は、与えられる知識を飲み込み自分のものにしていった。
その結果、ラフィタを主人として尽くすが、感情を表すことはなくなり、人形のような存在になってしまった。
「どうせなら罵られた方がマシだったかな......」
少なくとも、そのときは自分を見ていた。それが憎しみであろうとも。
今はもう物言わぬ黒いガラスの瞳。
舞踏会でも、自分を見て微笑んではくれたものの、その瞳はただラフィタの姿を映しただけだ。
「ううー......」
どうすれば笑顔になってくれるかと、日がな一日ラフィタは考える。
ラフィタの心は、ずっとフェリックスのことで占められていた。
「わ!」
トスン。
思考に夢中になりすぎて、ベッドから転げ落ちる。
柔らかな羽根が一部、空を舞った。
「いたたた......」
仰向けに倒れたラフィタは、反動をつけて横に転がりうつ伏せになる。
上半身を支えるものがない状態で、起き上がるのも慣れたものだ。
芋虫のように腰を曲げて起き上がろうとしていると、コンコンと部屋をノックされた。
「失礼しま......」
夜、寝る際に喉を痛めないよう、水と水に入れると蒸気の出る石をトレイに乗せたフェリックスが、ドアを開けて動きを止めた。
「......」
もそもそ床で動いているラフィタを見下ろす。
わずかに、目が細められた。
ぼさぼさの髪と、その髪に絡みつく羽根。部屋の中を舞い踊る羽毛。
「あ、えと、その......」
拙いところを見られたと、ラフィタはバツの悪い顔になる。
フェリックスは無言でトレイをベッドの脇のサイドテーブルに置くと、そっとラフィタを抱き上げた。
ベッドに座らせると、彼は丁寧にラフィタの絡み合った髪と羽毛を解き始める。
「ご、ごめんね。ありがとう」
手を煩わせて申し訳ないという思いと、優しく触れてくれて嬉しいという思いの半々な心境に、ラフィタは微妙な笑顔だ。
「こ、今度、髪の毛切るかなぁ。いっそ、坊主でもいいかもね。フェリの手を煩わせないで、いいもんね」
それに合わせて、羽根も邪魔な部分は抜いてしまうか、と考えていると、不意にフェリックスが口を開いた。
「貴方がそんなことを考える必要はありません。これも仕事のうちです」
硬質な声。
それでも、ラフィタは嬉しくなってしまう。
「ありがとう。フェリは、優しいね」
「仕事ですから」
「うん。でも、ありがとう」
微笑みを浮かべたままのラフィタに、フェリックスはもう何も言わなかった。
呆れられたかな、と感じずにはいられないが長い指に髪を梳かれるのが嬉しい。
殆ど元通りになった頃、ラフィタは少しだけ身を屈めた。
じわり、と背に冷や汗が出る。
舞踏会で、少し飲みすぎたかもしれない。
下半身を圧迫する尿意に、そっと膝をすり合わせた。
すると、するりとフェリックスの手がラフィタの内股を撫でた。
「!」
膝から上にゆっくりと撫で上げられる。
「尿瓶を持ってきましょう」
「い、いい!トイレ、行ける......ッ」
ラフィタは慌てて首を横に振った。
縋るようにフェリックスを見上げる。
「前も、そうおっしゃってませんでしたか?また、廊下を汚すわけにはいかないでしょう」
無表情に言われて、暖かな体温がラフィタから離れる。
彼は静かに部屋を出て行った。
「ううううー......」
残されたラフィタは、またもやごろごろと転がりそうになって、やめる。
せっかく彼が髪や羽根を整えてくれたのだ。乱したくはなかった。
「僕の馬鹿。なんでもっと早く気づかないんだよ......」
うつ伏せの状態で、膝をすり合わせる。
早く気付いても、きっと結果は同じだ。
自分で出来ないとはいえ、下の世話までされるのは抵抗があった。
他の人にされるのは仕方がないと納得できるものの、フェリックスにされるとどうも羞恥心が先に立つ。
恥ずかしさで赤くなった顔をふかふかの布団に埋めながら、ラフィタはフェリックスが戻ってくるのを待った。
「お待たせしました」
「ふぇりぃ......」
青年は、ずいぶんと時間をかけて戻ってきた。
ラフィタは息も絶え絶えの状態で転がっている。
下手に身体を動かせば、とたんに溢れそうなぐらい、切羽詰っていたのだ。
じんわりと涙を滲ませて、ラフィタはフェリックスを見上げる。
あれ?
余裕のない中で、ラフィタは首を傾げた。
少し、ほんの少しだけフェリックスが笑っているように見えたのだ。
更にまじまじと見上げたが、いつもの元の無表情だった。
「身体、起こしますね」
「あ、や、ゆっくり......あ」
ベッドの縁に腰掛けさせられて下半身の服を脱がされる。
布がすれる感覚にも、漏れてしまいそうでラフィタは特に抵抗が出来なかった。
「な、なんで全部......!」
「濡れたら、困りますから」
淡々と言われるが、他の人はそこまでしない。
脱がせたフェリックスは、ラフィタを自分の膝に乗せると背後から抱きしめ、大きく足を割る。
「ど、して......いつも、この体勢......?」
耳を寄せれば、フェリックスの心臓音が聞こえてきそうなほど近い距離だ。
「こうしないと、手のない貴方は背後に倒れるでしょう。寄りかかれる壁が必要です」
「でも、でも......あ」
ラフィタの身体に見合った、幼い性器が優しく摘まれた。つるんとしたソコを守る毛はまだない。
長命を誇る鳥族は、成長の度合いも遅かった。
透明な尿瓶が、先端に当てられる。
「......どうしました?出していいんですよ」
「うう......」
さっきまで漏らしてしまうかもしれないと危惧していたにも関わらず、今度は羞恥と緊張のせいか、少しも出る気配もない。
「いつもしていることではありませんか。ほら」
「や、だっ......ゆ、揺らさないで!」
上下に振られ、ラフィタは自分の身体を支えてくれるフェリックスの胸元に頬をすり寄せる。
「フェリ......」
「出さないといつまでもこのままです」
無表情なまま促される。
ラフィタは、意識して下半身の緊張を解いた。
「あ、あ......あんま、り、見ないで......」
「濡れたら困りますから、その命令は聞けません」
じゅ......っと音がして先端から水が溢れた。
緩やかな弧を描いて、尿瓶の底に少しずつ溜まっていく。
「ずいぶん、溜めていたんですね」
耳元で囁かれて、ラフィタはいやいやと首を横に振った。
やがて水音は小さくなる。
これで開放される、とラフィタは安堵の息を吐いた。
しかし。
「ラフィタ様。貴方はどうしていつも、排泄の際に勃たせるんですか」
「ち、ちが......っ」
透明な尿瓶の口に擦れ合う小さな性器。
排泄し終わった後に、ぴんと上向きになったソレを見て、フェリックスはため息をつく。
「いつも、じゃな......」
「そうですか?私が見る限りでは、いつもですが」
断言されてラフィタは唇を噛む。
いつもではないのは本当だ。そしてフェリックスが見るたびに勃たせているというのも、本当だ。
つまりラフィタは、フェリックスに排泄の手伝いをしてもらうたびに反応してしまっていたのだ。
他の人では、こうならない。
恥ずかしさに俯いていると、尿瓶を抜かれて、手でやんわりと握られる。
「あぅっ!」
「声は、お控えください。高い声は喉を痛めます」
「だって、ぁん、あ、ひゃ......ん!」
手で扱かれるたびに、ラフィタの小さな唇からは声が漏れてしまう。
その声を耳にしたフェリックスは、もう一度ため息をついた。
ラフィタを横抱きにし、片方の手は優しく小さなラフィタ自身を扱きながらもう片方の手で顎を掴んで持ち上げる。
「ん......っふ、」
塞がれる唇。
声を上げそうになるたびに深い口付けとなる。
ラフィタは目を潤ませながら、フェリックスを見つめた。
黒い瞳は、ただラフィタを映す。
何の感情もなくとも、自分を見ているわけではなくとも、そこに映れるというだけで、ラフィタは幸せだった。