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 最近紀伊の様子がおかしい。
 今も風呂に入りに行ってもう一時間が経っている。
 元々長風呂だったら特には気にしないんだが、紀伊は俺と同じで基本はカラスの行水のようなものだ。それがここ最近えらく長い。
「......」
 俺はだんだんと不機嫌になるのを隠さないまま、汗のかいたグラスを眺めた。
 紀伊の様子がおかしくなってから、あまり一緒に飲んでいない。普段の紀伊がいろいろイベントに勤しんでいるのを差し引いてもだ。
 さらに言えば少し避けられている気がしないでもない。
 ただ、その避け方は俺を嫌いになったというわけではなく、どこか戸惑いを含んだ避け方だ。
 だから俺もああ、なにか思うところがあるのかな、と静観していたんだけども一ヶ月経っても態度が変わらない。
 今までは一緒の布団に裸で抱き合いながら寝ていたのに、急に紀伊はシャツとパンツを着込むようになった。女の子のように華奢な身体を抱きしめるんではなく、俺に抱きしめられると安心すると言った紀伊。
 性的な接触をそれとなく拒む割に......なんとも言いがたい表情を浮かべる。
 背後から抱きしめて寝るのが常だったが、最近は向かい合って抱きしめることが多い。紀伊が俺の腕の中で反転して胸に顔を埋めるからだ。
 俺が紀伊の身体をまさぐろうとするとやんわりと止めるくせに、俺を見上げて短く息を吐く紀伊の色っぽさったらない。
 素直に触りたいことを告げるのに、拒絶する紀伊が申し訳なさそうな顔をするので、これも意味があるんだろうと思うんだが、そろそろ我慢の限界だ。
 酒を飲むとどこか奔放になる紀伊は、自覚しているからか最近は俺と二人きりでは飲もうとしなかった。
 だから金曜日の今日こそは、飲ませてなにを考えているのか言わせてやると俺は紀伊に予定を空けさせた。酔いに任せて寝込んでも大丈夫なようにと言いくるめたら、紀伊は神妙な面持ちで頷いていたので土曜日も特に予定はないはずだ。
 そんな今日のこの日を楽しみに待っていたのに、これだ。
 酒やつまみを準備万端にして、さあ飲もうと声をかけたとたん、シャワーを浴びてくるからと行って一時間強。
 なかなか出てこない。
 手持ち無沙汰でとうとう缶を開けて一人で晩酌を始めてしまった。
 酒を飲んで頃合いを見て聞き出そうと思っていたのに、心がざわついてささくれ立つ。
 こんな状態じゃ、無意味に紀伊を責めてしまいそうだ。責めたいわけじゃなく、何かを悩んでいるのなら相談してほしいだけなのに。
 俺はため息をつくととうに空になったビール缶を手で潰した。二缶も開けてしまった自分を馬鹿だと笑う。俺も強いわけじゃないからもしかしたら自制が効かないかもしれない。
 仕切り直しだ。今日はやめにして、明日にでも酒抜きで改めて聞こう。なんとなく酒が入った方が穏やかに聞けそうだと思った俺が馬鹿だった。
 紀伊用に、と出してあったアルコールは冷蔵庫に戻し、ゴミはゴミ箱に捨てる。卓上を片づけた俺はその足でバスルームに向かった。
 脱衣所をあけると、ざーっと水音が大きくなる。
「紀伊」
 軽くノックをして浴槽のドアの、すりガラス越しに声をかけると、うずくまるように座っていた紀伊の背がぴんっと延びた。
「な、なんだよ」
 うわずったような紀伊の声。俺に何か言われるのが嫌で引きこもっていたに違いない。
「あんまり長い時間入ってると湯当たりするぞ。今日はもう飲まなくていいから出てこいよ」
 かけた声に不機嫌さがにじみ出ていて、俺は内心自分に舌打ちした。すりガラスの向こう側の紀伊の輪郭が揺れる。
 ......くそ。
「俺ちょっと出てくるから」
 顔見たら何か言ってしまいそうだと思った俺は、無駄な衝突を避けるためにとっさにそう声をかけた。
 ただでさえ紀伊はまだ心に傷がある。俺はそれを癒したいと思っているのに、無駄なストレスはかけたくない。
「えっ、あっ? 楠木? ちょ、ええっ」
 焦った紀伊の声に背を向けて、脱衣所を出たときだった。
 音を立ててドアが開き、その数秒後に俺の腰に後ろから衝撃が走る。
「紀伊?」
 振り返りながら下に視線を下げると、紀伊の濡れた茶髪が目に入った。浴室から飛び出てきた紀伊が、俺の腰にタックルをかましたのだ。
「待て、って......ば、ぁ......」
 ......なんて声を出すんだろう。
 甘さを含んで低くかすれた声は俺の下肢を刺激して、さらに視覚的にも素っ裸な紀伊が俺に抱きついているという状態。
 大変よろしくない。
 好きな相手にこんなことをされて我慢できるほど俺の性欲は薄くないのだ。呆れるほどあっさりと反応した下半身を押さえるために奥歯を強く噛みしめる。
 押し倒したいと思う本能を、理性がねじ伏せる。乱暴したいわけじゃないから、深呼吸をした俺は、紀伊の肩に手をかけた。
「き......」
「あ、あっ......っいくっ」
 は?
 俺の腹に回された腕に驚くほど力が込められた。がくがくと揺れる紀伊の腰。ハーフパンツを履いていた俺のふくらはぎに、ぱたたっと水分が伝った。
「っはぁ......くす、のきぃ......ごめ、......抜い、て......」
 腹に回された手から力が抜け、紀伊は、そのまま床にうずくまる。拘束が外れて距離を取った俺は、そこで初めて紀伊の全身が見えて言葉を失った。
 紀伊の白いなめらかな背中が反り、薄い尻が震えている。そしてその中心に、見慣れぬ、黒い物体。......何かの土台部分を咥え込んでいるようだ。そしてそれには指を通すのだろうか、丸いリングがついていた。
「ふえっ......ぬけ、抜けなくてっ......おれ、もうつら、ぃ」
 這った紀伊は瞳を赤く潤ませている。鼻の頭も赤くなった状態で、紀伊が泣いていたのが伺い知れた。
 ほろんとこぼれ落ちた涙が頬を伝う。肩を震わせた紀伊は、なりふり構っていられないのかそのままうめき声を上げて泣き出した。
「だ、大丈夫か?」
 唐突のことに頭が真っ白になっていた俺は紀伊の顔を覗き込むが、紀伊は首を横に振るばかりでこれ以上言葉も発せないでいる。
 戸惑ったが、俺は紀伊の尻の......その、よくわからないもののリング部分に指を通しておそるおそる引っ張ってみた。
「うぅ......」
 紀伊が小さく息を漏らす。そのモノはよほどしっかり食んでしまっているのかびくともしない。
「もう少し力入れるぞ」
 声をかけて引っ張るが、どこまで力を入れていいものか加減がわからない。
 やはり抜けないモノに、紀伊はさらに涙を溢れさせた。
「ひっ......く、うう......ぬけ、抜けなかったら、どうし......よ......びょ、病院とか、マジ勘弁......」
 触れた肌は湯冷めしたのかひどく冷えていて、狼狽える紀伊は、顔を青ざめさせていた。そのくせ、アナルを占める物体が前立腺を責めるのか、先ほど性を吐き出したにも関わらず、可愛らしい紀伊のペニスはちょこんと先端を斜め上に向けている。
「ここじゃ身体が冷える。立てるか?」
 問いかけに緩く首を横に振った紀伊を見た俺は、一つ息を吐くと、紀伊の膝裏と背に手を通した。
「ひ、ぐっ?!」
「少し、我慢しろ」
 下っ腹に力を込めて紀伊を抱き上げる。俺の首に腕を回してくれたおかげでだいぶ歩きやすかったが、ほとんど同じ体型の男を抱き上げるのはかなりきつかった。
 それでも俺はどうにか紀伊を落とさずに部屋に戻って、膝が悲鳴を上げるのを感じながらゆっくりとソファーに下ろす。
 紀伊の身体は緊張でがちがちに強ばっていた。自分で尻のリングに手をかけて引っ張っているが、動きのないそれにまた瞳が涙に濡れる。
 ぴちっと埋まっているソレに、俺は指輪が抜けなくなったときのことを思い出した。
 滑りを良くした方がいいんじゃないのか。
 そう思った俺は救急箱の中から軟膏を取り出して紀伊に見せる。
「俺がやるから力抜け」
「うん......」
 ソファーの上にうつ伏せにうずくまった紀伊の身体にバスタオルをかけ直し、指で双丘の狭間に軟膏を塗り付ける。黒い物体と蕾との狭間にも塗り付けるが、そこはきゅううっと力を込めて食んでいて塗り込める隙間もない。
「力抜けって」
「やってる!」
 焦ったように怒鳴り返すが、ソコは一向に緩まる気配を見せない。ただでさえ容量オーバーしているように見えるのに、身体は緊張しきっていては無理だろう。
「ったく、なんでこんなことしたんだ」
「お前と......したくて......」
 呆れを含んでぼやくと、紀伊は腕を交差してそこに埋めてしまった。言われた言葉の意味を飲み込むのに時間がかかり、そして理解した後は開いた口が塞がらなくなる。
 紀伊は俺のペニスのMAX値をさんざん嫌になるほど見ている。あれほど性交に向かないイチモツはないだろう。
 俺も、俺自身のモノを紀伊に入れたいと考えたことはあるが、物理的に無理なことを望むことはしなかった。
「んな、無茶な......」
「無茶でも! っう、お、お前の童貞は、俺で卒業させんだよ!」
 怒鳴る度に締め付けているのか、つらそうに顔をゆがませながら紀伊は喚いた。
「既成事実、があれば......お前きっと、女としたって俺を見捨てない、だろ」
「なに言ってんだ。俺が女とするわけ......」
「お前にその気はなくたって、お、まえ、モテるし、はずみってもんは絶対、あるから......」
 すすり泣く声に、俺は思考を巡らせた。
 つまり紀伊は、俺とセックスするために準備していたのだ。中に入ったモノの直径はわからないが、土台部分だけでもそれなりの太さがある。それが昨日今日で入るようになるわけがない。紀伊の様子がおかしくなった頃かいろいろし始めたのだろうとあたりをつける。
 とたんに愛しさが沸いた。


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