2-3



「ばっかだなあお前」
 思わず口をついて出た言葉に、紀伊の肩が大きく震えた。泣き声もわずかに大きくなる。自己嫌悪の真っ最中なんだろう。
「ほら身体起こせ」
 横たわる紀伊に優しく声をかけて腕を引く。
 嫌々と嫌がるそぶりを見せるが強ばった身体はうまく動かないらしい。それをいいことに、俺は紀伊を俺の片腕を下に肘掛けに寄りかからせるように横抱きにして太股の上に乗せた。
 片足はアソコに埋まったモノには負担をかけないように足を開かせる。開いた足の間に手を滑らせて、身体をなでた。
「紀伊」
 ......ああ、なんて甘ったるい声を俺は出せるようになったんだ。
 やんわりと声をかけて耳や頬、唇にキスを落としながら俺は苦笑する。
 風香と付き合っていた時も優しく接したつもりだったが、時折慣れないせいで気恥ずかしさが先行した。それが今はどうだ。キスを繰り返し、紀伊の身体から強ばりを取るべく自然と動ける。
 背に回した手はわき腹をゆっくりとなぞらせ、自由になるもう片方の手は形のよいへそを軽くくすぐる。指についたままの軟膏を塗り広げてみた俺の腕を紀伊は掴んだ。指先がひどく冷たい。
 青ざめてこわばった表情を安心させるように、俺は笑いかける。
「楠木、おれ」
「大丈夫。俺に任せろ」
「けど」
「俺が嘘ついたことあったか? ないだろう。大丈夫だ」
 落ち着かなく視線を巡らせた紀伊は、自信たっぷりに言い切る俺にぱちりと瞬かせる。
 それからふわりと微笑んだ。安心しきった表情で俺に身体を預ける紀伊に、身体の奥底が疼く。
 すぐに下肢に埋まるモノに手を伸ばすのではなく、軽い愛撫と柔らかな口付けに紀伊はくすぐったそうに息を弾ませ始める。冷えきっていた身体に徐々に体温が戻り始め、ほのかに頬が色づく。
 俺が紀伊のペニスに触れても、紀伊はいやがる様子を見せなかった。
 紀伊の性器に対するコンプレックスは根強いが、俺の手ではむしろくつろいだ様子を見せるのが堪らない。
「あ、ぁ......」
 痛みを与えないように優しく刺激を与える。俺のとは違ってしごく、というほど力を込めては紀伊は痛がるから、それこそ真綿のようにやんわりとした力加減だ。さっきと同じように腕に紀伊の手が掛かるが、それにはほとんど力が込められていなかった。
 紀伊の表情を注意深く観察しながら、陰茎の下の柔らかい袋を揉む。指で転がすと紀伊は吐息を甘く零す。
 弛緩した身体にそっと最奥に指を滑らせて、リングを掴んだ。引っ張ると紀伊の身体が大きく跳ねる。
「くす、......ん」
 目を見開いて、せっぱ詰まったように俺の名前を呼びかけた紀伊の口を、自分の唇で塞ぐ。ぎこちなく舌を絡ませると、俺の身体を押し掛けた手からゆっくりと力が抜けた。
「大丈夫。柔らかそうだ。本当に俺のも入るんじゃないのか」
 少し声のトーンを上げて囁くと、紀伊は眦を下げた。苦しそうにも見えるが笑ったようだった。
「ぜってぇ、入れる」
 かすれた声でそう返した紀伊に俺は微笑むだけに留めて、リングをぐぐっと引っ張る。紀伊は呻いたが、さっき試したときより動いた。柔らかくなっているのを確かめた俺は、さらに軟膏を塗り付ける。あまり衝撃を与えないように前後にリングを動かしてみると、紀伊の腰が跳ねた。
「ぁ、っでそ......」
「......」
 その言葉に俺は手を止める。さっきもイったばかりだ。そうそう体力が持たないだろう。
 ただ、紀伊が後ろだけでも十分に感じる身体になったということが、ひどく俺の欲情を誘った。
 下半身が張りつめて紀伊の背中に当たる。紀伊もそれを感じたのかちらりと俺を見た。
 見つめ返して、リングにかけた指に力を込める。
 自然と互いに唇を寄せて口づけを交わす。紀伊のキスは相変わらず上手くて、いろんなギャップを感じた。
「んんっ」
 口づけの合間に指を引くと、一気に抜けた感触があった。下肢に視線を向ければ、丸い球体がてらてらと腸液に濡れている。土台よりもその球体の直径は広かった。こんなものが入っていたら確かに抜けないだろう。
 まだ先はあるようだったのでさらに引き抜くと、それより小さい球体がぽこっと出てきた。
 なるほど。連結してるのか。
 初めて見た性具の構造に少し感心しつつ、あまり衝撃を与えないように、でも確実に引き抜く。一番太いところが抜けたおかげか、残りは驚く程スムーズだった。
 くちゅりと小さく卑猥な音を立てて引き抜いたそれは、小中大と大きさが異なる球体が5つほど連結した玩具だった。
「っはぁ......」
 紀伊の身体は汗で濡れていた。身体を苛む道具が抜けてほっとしたのか、ぐったりとしたまま目を閉じている。
 俺は引き抜いた玩具をまじまじと眺めた。
 これが入るなら......。
 無意識にごくりと生唾を飲み込んでしまう。
「いっ......」
 試しに指を紀伊の蕾に押し込んでみた。柔らかく綻んだ部分は指一本ぐらいは余裕だ。
 もっと指を押し込みたい衝動に駆られたが、紀伊が辛そうに眉間にしわを寄せたのを、俺は見逃さなかった。途端に身体の奥で燻る熱がじゅっと水を掛けられたように消え去る。
「痛いか?」
 下手に男根の形をしていなくてよかったかもしれない。そう思いながら俺は指を引き抜いた。
「へいき、だ。楠木、やるなら......」
「デリケートな部分なんだから、無理するな」
 軟膏を用意しておいてよかった。傷はついていないが、念の為にそのままそっと内部に軟膏を塗り込める。軟膏を救急箱に戻して立ち上がろうとした俺の腕を紀伊は掴んだ。
「楠木、俺は平気だって」
「馬鹿。お前が平気っていっても、俺のは普通じゃないんだからそう簡単に出来るか。二度としないってわけじゃない。俺もお前と出来るなら嬉しいけど今のままじゃお前が辛いし、好きなお前に無理させたくないからしないって言ってるんだ」
 言葉に出さないと伝わらないことはある。紀伊を抱きしめて耳元で噛み砕いて伝えると、紀伊の肩から徐々に力が抜けた。
 ほう、と紀伊は深くため息をつく。
「......お前って、ずるい......」
 子供がぼやくような囁かな言葉に俺は軽く笑った。そのまま紀伊をソファーに寝かせてると、俺はごく簡単にあちこちの後始末をした。
 身体に負担をかけたせいか、紀伊も動くのは億劫そうで、申し訳なさそうなままおとなしくしている。
 アルコールを飲ませるのは気が引けて、冷蔵庫にストックしてあったオレンジジュースを渡すと、喉が乾いていたのか紀伊はごくごくと一気に半分以上を飲み干した。
 それを眺めながら俺はソファーの前に腰を下ろしてあぐらをかく。
「とりあえず、だ。お前一人で拡張してたから様子が変だったんだな」
 落ち着いたところでずっと俺が気にかけていたことを尋ねると、紀伊は口をへの時に曲げて小さく頷く。
 紀伊が俺としたいと思ってくれているのは、あの大きさを見ても怯まないでくれることはとても嬉しかった。
 だがさっき聞いた言葉だけは少しだけ納得できない。
「俺が弾みで女とするって、本気で思ってんのか」
 攻める口調になったことに気づいた紀伊は首を竦めて唇を尖らせる。どんなにかわいい顔してるのか、きっと紀伊は自覚ないだろう。
「......わかんねえじゃん? 酒で酔わされてとか、懇願されてとかしたら、お前だって」
 優しいから、と小さく付け足された言葉に、俺はこめかみを指で揉んだ。
「あのな。俺はお前と付き合ってる。お前以上に優しくしたい相手はいないし、お前を悲しませるぐらいなら誰にだって冷たくする」
「ああぁう......けど、さ」
 俺の言葉に顔を赤く染めた紀伊は、そこで諦めるかと思ったがまだ納得していない表情だ。
 紀伊が踏切に飛び込みかけて以降、俺だって恥ずかしいと思いながらも風香と付き合っていた頃以上に、紀伊には心情を吐露しているつもりなのに、通じないのか。
「......難しいもんだな」
 俺が呟くと紀伊ははじかれたように俺を見た。その瞳におびえが含まれているのがわかる。
 紀伊が心配していることは理屈で納得できるものじゃない。俺の努力次第ってことか。けど、まあ。
 俺は耐えきれずに笑いながら、膝立ちになると軽く紀伊の頬に口付けた。
「俺はお前がそんなに俺におぼれていてくれて嬉しいよ」
「な、その、それは......」
 耳まで赤い紀伊が可愛い。愛おしい。
「けど、俺だって紀伊のこと心配してるんだからな」
「俺? 女がもう駄目だって楠木は知ってんじゃん」
「女じゃなくて......まあいいや」
 下手なこと言って意識させるつもりはない。紀伊の目は俺にだけ向いてればいい。
「とりあえず、まだお前は俺を受け入れるつもり、ある?」
「もちろん。あそこまでやったんだから。俺でお前の脱童貞は譲れねえ」
 真面目な顔で頷く紀伊に、俺はもう一度キスをした。
「じゃあ、拡張はもう一人でするなよ。俺とやろう。あとそんなに不安なら紀伊が俺のをもう出ないってぐらい搾ってくれ」
 冗談めいて提案したが、紀伊は「その手があったか!」と手を叩いた。
 その爛々と輝いた眼差しに少しだけ言ったことを後悔しかけたが、紀伊が安心できるならそれでもいい。
 結局その夜はわだかまりも溶けて仲良く眠るだけに留まったが、翌日になって動けるようになった紀伊に朝っぱらから伸し掛られた。
 最終的に紀伊に釣られてここしばらく禁欲生活をしていたせいで、我慢しきれず俺も紀伊に触りまくった。感じやすい紀伊が俺を搾り取りきるに至らず逆に搾り取ってやる。

 ベッドに撃沈して悔しがる紀伊がリベンジを誓い、自分の開発を俺に隠れてこっそりと続けて、うっかりまた抜けなくなって俺に泣きついてくる羽目になるのは、それから一週間後のことだった。


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