そのに-12


 半分ほどに減ったペットボトルを見て、春樹はきょとんとした表情になる。
 それを見て博也が更に舌打ちをした。
「飲めよ」
「ありが、とう」
 勢いよく勧めてきた博也に思わず受け取る。
 それほど喉が渇いていたわけではないが、受け取った以上飲まないわけにもいかないと春樹はペットボトルを傾けた。
 と。
「!」
 口にペットボトルが触れる前に、肩を押されて春樹は博也に押し倒される。
 傾いたペットボトルから零れ落ちた液体が、春樹の首から胸元を濡らした。
 起き上がって拭こうにも、博也が春樹の肩を掴んだままで動けない。
 さらに、膝で先ほど殴られた腹を押さえられてしまい、春樹は小さく呻いた。
「むらせ」
「お前俺が好きなのか」
 見下ろしてくる博也には、先ほど見せたような動揺は見当たらない。
 ニヤニヤと食えない笑みを浮かべている。
「俺がいればいいって?ふうん」
 含みを持った笑みに、春樹は背筋が凍るのを感じた。
 手元を離れたペットボトルが転がるのが視線の端に見えたが、それどころではない。
「知らなかったな、春樹くんがそーんなに俺のことが好きだったなんてなあ」
「嫌なら、別に」
「気持ちわりいとは思うけど。まあ」
 春樹の顔の横に手を置いた博也が、顔を寄せてくる。
 ふっと耳に息を吹きかけられて、春樹は顔を逸らした。
「いいよ。付き合ってやる。お前俺の女な」
 女。
 男の自分に対して、そのあからさまな侮辱とも取れる表現に、春樹は思わず博也を睨んだ。
 途端に顎を強く捕まれる。痛さに目を細めて、視界が歪んだ。
「なんだよその顔。気持ちわりいけど付き合ってやるって言ってんだよ。もっと嬉しそうな顔しろよばあか」
 この状態で、どうして嬉しいと思えるんだ。
 言い返せば更に酷い状態に陥るのは身を持って知っている春樹は、ただ黙って見つめ返す。
 すると博也が目を細めた。
「......言えよ」
「何を」
「俺が好きだって言え」
 偉そうな態度で見下ろす、腐れ縁の幼馴染。
 眼差しやその口調が全てを強制させる。
 それでも答えずにいると、殴られた腹に乗せた膝に力を入れられた。
 息を詰めて痛みに耐える。
「早く」
 催促を受けて、何度か春樹は瞬きをした。
 口を開き、乾いた唇を舌で舐めて湿らせる。
 博也は答えを待っているようだった。
「......きだ」
 ややあって掠れた声で告げると、博也は春樹の胸倉を掴んで持ち上げる。
「聞こえない」
「す、きだ」
 思ってもないことを口にするのは、あまり気分の良いものではないなと、春樹が僅かに目を伏せた。
 だから、言葉を聞く博也が嬉々とした表情をしていることに気づかない。
「もっと言え」
 視線を逸らしていても、催促は続く。
「好きだ」
「もう一回。俺の名前も言え。苗字じゃなくて、名前」
「博也が好きだ」
「............どれぐらい?」
 不意に尋ねられて、春樹は視線を上げる。

 きらきらと、光る瞳に、僅かに紅潮した頬。
 嬉しそうに弧を描く唇。

 春樹は内心首を傾げた。
 俺が気持ち悪いんじゃないのか。そう思っても、尋ねられない。
「なあ、どれぐらい?」
 思いの深さを測るような問いかけだった。
 どのぐらいと言われても。と戸惑う春樹をよそに、博也は答えるのを待っている。
 様子を伺いながら、春樹は手で思いの大きさを表した。
「このぐらい」
 途端に博也の眉間に皺が寄る。
 不快感を露にした表情に、春樹の動きが止まった。
 博也はふーっとため息をつくと、口を開く。
「じゃあ白豚はどのぐらい好きなんだ」
「しろ、山浦は......このぐらい?」
 僅かに大きさを縮めて春樹が答えると、途端に頬に痛みが走った。
 拳で殴られたのだ。
 痛みに顔をしかめて博也を見つめると、膨れ面をした博也が睨んでくる。
 博也を優先したように見せたのに、何が悪かったのか。
「恋人の前で、他のヤツが好きとか言うんじゃねえよデリカシーのないヤツ!」
「......」
「この俺が付き合ってやるんだから、お前毎朝迎えに来いよな。帰りは見送れ。それから昼飯は俺のグループと食べること。あと勉強教えろ。んでもって......」
 博也が指折り数えながら、条件を挙げていく。
 そのどれもが、恋人同士というにはそぐわないものばかり。
「......わかった」
 あーだこーだと自分の都合だけを上げていく博也に、春樹は口の端を上げる。
 要は体のいい奴隷か。今までと何も変わらない。
 すっと身体の芯が冷めていく感覚を覚える。
「毎日、俺が好きって言わせてやってもいいからな。嬉しいだろこの変態」
「ああ」


 思いとは正反対のことに同意すると、博也は嬉しそうに目を細めて笑った。


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