そのに-11
それで、結局はどうなったのか。
「別れたってことになってるんだよね、僕たち」
ずきずきと痛む腹を押さえながら、春樹は山浦と共に帰路に着いた。
別れ際にそんな気になることを言われて、春樹は足を止める。
......どうなんだろうか。別れて、それで俺は村瀬に振られたということになっているんだろうか。
「つっじー。反応なしに考えるのやめてよ」
無表情でぼんやり考えていると、軽く肩の辺りを叩かれる。
それを受けて、春樹は山浦に視線を落とした。
「山浦」
「何」
じっと見上げてくるクラスメイト。
確かに丸くふっくらしているが、愛嬌がある顔立ちをしていると思う。
「もう一緒に飯とか、食べなくなるのか」
恋愛感情を含んでの偽りの関係はなくていい。
でも、これからは普通に友人関係が築ければ嬉しい。
そんな気持ちを込めて山浦の反応を見ると「うん」とあっさり頷かれた。
「ご飯も一緒に食べないし、もう一緒に帰らないよ」
「......」
淡々と告げられた言葉に、春樹は立ち尽くした。
嫌だと言われたも同然だ。自分には友人もできないのか。
そうかと頷くこともできずに、山浦の顔を見返す。
すると、山浦は軽くため息をついた。
「つっじー見てると、なんか動物相手にしてる気がする」
「動物?」
「ほら、会話ができない生き物を相手にしてる感じ。犬とか」
犬に例えられた春樹は、そんなことはないと首を横に振る。
「俺は普通に喋るし、ちゃんと言うぞ」
「表情が薄いんだよなあ。僕もあんまり派手じゃないけど」
苦笑した山浦は、軽く肩を竦めた。
今まで言われたことのない言葉に、春樹は戸惑ってしまう。
「薄いか」
「うん。話すと結構普通なんだけど。今はね、すっごく垂れた尻尾が見える」
山浦が指を指しながら言うので、春樹はつい自分の尻を見てしまった。
当たり前だが、そこには尻尾などない。
「いや、ないでしょ尻尾」
くすくすと笑われ、春樹はやや眉尻を下げて頭を掻くしかない。
「まあ、というわけで、つっじーはむらやんどうにかしてね。それまで僕は近づかないから。もう巻き込まれるのは嫌だよ」
それだけ告げると、山浦は「じゃ」と立ち去っていく。
駅に吸い込まれていく後姿を見送り、春樹はとぼとぼと帰路に着いた。
どうにかしろと言われたが、相手はあの村瀬だ。自分ではどうしようもないと頭を悩ませる。
「どうして、あいつは俺に構うんだ」
ぼんやりぼやいて家にたどり着くと、見知った姿を見つけて、春樹は頭痛を感じた。
アパートの自分の部屋のドアに、手持ち無沙汰そうに寄りかかっている。
気だるそうな雰囲気を纏って待っているのは、自分を殴って逃亡した男に違いなかった。
「村瀬」
春樹が声を掛けると、博也は眉間に皺を寄せながらまっすぐ近づいてくる。
不機嫌そうなその様子に、春樹は反射的に身を硬くしてしまう。
「おせーよ」
だが博也は春樹のカバンを奪うと、そこから勝手に鍵を取り出して中に入っていってしまった。
相変わらず理不尽なほどの身勝手な行動に、もはやため息も出ない。
そのまま立ち尽くしていると、博也が中から顔を出した。
「何してんだよ、入れって。とろいヤツ」
「......」
他人に招かれる我が家というほど変なものはない。
お邪魔しますとか言ったほうがいいんだろうか、などと的外れた事を考えながら、春樹は部屋に入った。
中では。
なぜか博也が正座で座って自分を見つめていた。
目が合うと、少し戸惑ったように視線を逸らされる。
制服の上着を脱ぎ、ハンガーにかけて春樹は冷蔵庫の中を覗く。
それを見て、博也はまた眉を潜めた。
「春樹、ちょっと来い。俺を無視するな」
「お茶でいいか」
「は?」
「何も出すものがないんだ。今お茶を入れるから、待っていてくれ」
暑かったから冷たいものを、と考えた春樹だったが生憎冷蔵庫には何もない。
水道水を出すのもなんだからと、春樹はお茶を入れるためにお湯を沸かし始めた。
様子のおかしい博也に、なんとなく近寄りがたい気がするというのもある。
やかんに水を入れ、換気扇を回しながらコンロの前で湯が沸くのを見ていると、ぐいっと腕を引かれた。
振り返ると、思った以上に傍に博也が立っている。
流し台に寄りかかるように春樹が身を引くと、その分差を詰められた。
茶色の薄い瞳が、よく見える。
「いらねえよ。暑いのにんなの飲んでられるか。そこに自販機あんだろ。買って来い」
唇に吐息がかすめた。
顔をしかめた博也に小銭を押し付けられる。頷いて春樹は外に出た。
無意識に息を詰めていた春樹は、ドアが閉まるとホッと息を吐く。
不意打ちに弱すぎる自分を腹立たしく思いながら、春樹は自販機でペットボトルのお茶を買うと、部屋に戻った。
ひんやり冷たいペットボトルの表面には、水滴が浮かぶ。
「ほら」
春樹がお茶とおつりを差し出すと、ぎろりと睨まれた。
「お前の分は?」
「俺の分?」
「なんで一本だけなんだよ。使えねえやつだな」
不機嫌そうに舌打ちする博也は、いつの間にか胡坐になっていた。
キャップを捻り、お茶を飲む。
博也がごくごくと喉を鳴らして飲む様を見守っていると、ペットボトルを差し出された。