そのに-8


 山浦と付き合うという話になって早3日。
 拍子抜けするほど、春樹に対して博也からのアクションがなかった。
 落ち着かなかった春樹だが、自分から博也に会いに行く勇気もなく今日に至っていた。
「......」
 春樹はおにぎりを食べながら、ちらりと目の前にいる山浦に視線を走らせる。
 平日の昼食時。
 付き合うというからには、普段も一緒にいよう。
 という話になり、1人で食べていた山浦との昼食も今日で2回目だ。
 山浦は、体格からすれば女の子が使うような小さい手作りお弁当を食べていた。
 そんな山浦の視線は、弁当ではなく手元のマンガに向いている。
 表紙は、わゆる萌え系の女の子のイラストが載っていた。
 読みながら食べるという器用なことをする山浦に、春樹は当初感心していた。
 初日は読んでいる本のことを軽く尋ねたところ、「3時間ぐらい語れるけど聞く?短くすれば1時間で終わるけど」と言われた。
 とりあえず1時間語ってもらった春樹だったが、山浦がそのマンガが好きということをよく理解しただけで、結局は何を言っているかよくわからなかった。
「あの、山浦」
 熱心にマンガを読む山浦に、戸惑った春樹だったがそっと声を掛ける。
「ん?」
 春樹の呟きに反応しながらも、手にしたマンガから視線を外さない。
「村瀬、なにか言ってきたか?」
 もしかしたら、前のように自分に対して探りを入れてきているかもしれない。
 その際に博也が迷惑をかけてないかという心配もあった。
「ああ、むらやん。相変わらずウザイね」
 山浦は視線も上げずに応じる。
「......」

 むらやん。

 いつの間にか、苗字からずいぶん親しげな呼び方に変わっている。
 ウザイという内容も気になったが、呼び方も気になった。
「なんで、むらやん?」
「村瀬博也だから、むらやん。変?」
「変というか......」
 ぱちりと奥二重の瞳で見つめられ、春樹は言葉に詰まる。
「なんだか、山浦が俺のことを『つっじー』と呼ぶと、村瀬が怒る理由がわかる気がする」
「え、もしかして、つっじーもむらやんが......」
 驚いた表情を向ける山浦に、春樹は少し照れくさそうに笑う。
「山浦にそう呼ばれているのを聞くと、村瀬の方が山浦と仲が良いような気になってずるい」
 するとそれを聞いた山浦が、小さくため息を付いた。
「報われない......」
「え?」
「まあ、僕はなんでもいいんだけど。でもなんだ、つっじーもむらやんのこと気になるんだ?」
 にやっと笑った山浦は、手にしていたマンガをパタンと閉じて、改めて春樹に向き直る。
「むらやんも、凄く気にしてたみたいだよ。......あの日、何があったんだよ」
 あの日。
 つかみ合いになって、山浦を先に帰らせた日のこと。
 ぱっとその時の情景が思い浮かび、春樹は目を伏せた。
「悪い。上手く説明できない」
 状況をそのまま伝えれば、後戻りできそうにない気がする。
 春樹は言葉を濁すしかない。
「そっか」
 山浦はそれ以上追及はしなかった。
 俯いていた春樹は、じっと山浦に見られていることに気づいて視線を上げる。
「むらやんさ。陰口言わないんだね」
「ああ。言う時は本人に言うからな。仲がいい友達でも、直接文句を言ったりしてるみたいだ」
 裏表がないのだと性格を告げると、山浦は少し笑った。
「なんか顔を合わせるたびに、『日本語喋ってみろ』とか『豚は豚小屋に行け』とか言うんだけど」
 相変わらずの悪口に、春樹はこめかみを押さえた。
 申し訳なさ過ぎて仕方がない。
「......すまない。言って聞かせる」
「や。たぶんつっじーが僕を庇うと酷くなると思うからいいよ。で、他の人も真似し始めたんだよね」
 楽しい内容ではないのに、淡々と話す山浦。
 悲しげというよりは、むしろ楽しげな様子を滲ませている。
 だが春樹は、少し心配そうに眉根を寄せた。
「でも直接言われることは少なくてさ。でもそしたら、むらやんが『陰口だせえ!言うなら直接言ってなんぼだろ?!』って。ちょっと、嬉しかった」
 笑顔を見せた山浦に、春樹は複雑な心境になる。
「だけど、村瀬がきっかけになって......その、いじめみたいなことがあったんなら」
 注意しないわけにはいかないと春樹が身を乗り出すと、山浦は肩を竦めた。
「結構いつものことだから気にしてない。それにたぶん最近急につっじーと仲良くなったから、僻まれてんだよ僕。つっじーモてるから」
 かっこいいし。と至極平坦に言われて、春樹は目を見開いた。
 外見を褒められたことよりも、そのせいで山浦が悪口を言われているのだと知って、愕然となる。
「......俺のせい?」
 自分のせいで、山浦に迷惑がかかっているのか。
 ショックを受けた春樹は、目の前が暗くなるような気持ちになった。
「つっじー?」
「ごめん。あの、俺自分の都合で山浦に迷惑かけてばかりで......」
 じわりと手の平に汗が滲み出す。
 友達がいない春樹としては、なし崩しとはいえ山浦と仲良くできることは、本当に嬉しかったのだ。
 だが、そのせいで山浦に迷惑がかかっているとは思ってもみなかった。
 意気消沈した様子の春樹に、山浦は軽く息を吐く。
「あのねぇ迷惑は否定しないけど、ほんとに嫌なら僕ちゃんと言うから」
「でも」
「うじうじ言うなよ。つっじーかっこ悪いぞ」
 なんでもないことのように言われて、それ以上春樹は言えなくなる。
 押し黙った春樹を見つめた山浦。
 「つっじーって、意外に引っ込み思案だな」などと性格分析しながら、会話もなくなったので、また読もうとマンガにに手を掛け時だった。
 白くてふっくらした自分の手に、浅黒く角ばった春樹の手が乗せられる。
「へ?」
 なんだこの手、と山浦が凝視すると、春樹が口を開いた。
「山浦。それでも、俺が迷惑をかけてることには違いない。嫌なことがあったら、力になるから言ってくれ。と......友達、だろ」
 言っている台詞の臭さが自分でも気になるのか、照れたように赤くなる春樹。
 少しはにかんだ表情を見せた春樹に、ちらちらと春樹を眺めていたクラスメイトの女子が小さく声を上げた。
 春樹からしてみれば、精一杯の歩み寄りだった。
「あ、ああうん......」
 頷きつつ微妙な表情の山浦はさりげなく、春樹の手の下から自分の手を引き抜いた。
 それから山浦は制服のポケットに仕舞っていた携帯を取り出す。
 携帯角には、着信を示す点滅がチカチカと灯っていた。
 液晶画面を眺めたあとに、山浦はため息を付いて顔をしかめる。
 そして、周囲をうかがうような仕草をした。
「山浦?」
「あー、食べちゃわないと昼休み終わるねー」
 棒読みで呟いた山浦は、急いで弁当を食べ始める。
 不思議に思いながらも、春樹もおにぎりを食べ出した。

 山浦の携帯には、1つのメールが届いていた。
『手なんて繋いでんじゃねえよ豚!スペアリブになれ!』
 姿見えないんだけど、どこで見てるんだストーカーむらやん。と山浦は巻き込まれたことを、少しばかり後悔し始めていた。


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