そのに-9


 一週間。
 早かったと思う。春樹はぼんやりと考えた。
 ごたごたがあったのは、その日だけでそれ以降、博也は春樹の前に姿をまったく見せなかった。
 遠巻きに見ることはあっても、向こうから声を掛けてくることはなく、春樹からも声を掛けることはなかったのだ。
 山浦には迷惑をかけたけど、もしかしたらもう諦めてくれたのかもしれない。
 そんな風に考えていた春樹は、放課後になって山浦に呼び止められた。
「ねえ......?いつ、むらやんに言うの。そろそろ一週間だけど」
 山浦の催促に目を瞬かせる。
 少し考えるように押し黙って、春樹は山浦を見下ろした。
 ここ一週間、何もなかった。昼休みも帰り道も春樹は山浦と帰っていたが、その間も博也の接触はない。
「改めて言わないと、駄目か?あいつ、ずっと俺を無視してるようなんだが......。もうそんなことを話していたのを忘れているのかもしれない」
 飽きたんだろうと付け足すと、俯いた山浦が肩を震わせる。
 一瞬、泣いているのかと思った春樹が慌てて顔を覗き込むと、どうやら笑っているらしい。
「やまう」
「ふふ、ふ......ねえつっじー」
 不気味に笑いながら、山浦は春樹の肩をがしっと掴んだ。
 肉つきのよい白い手にしっかりと肩を捕まれて、春樹は無表情のまま首を傾げる。
「絶対絶対、捕まえて言おう。何がなんでも。誤解されたままじゃ困るし」
「あ、ああ......」
「今から、僕むらやん捕まえてくるから。......逃げないでねつっじー」
 低い声で告げると、山浦はふらふらと教室を出て行った。
 それを無言で見送り、春樹は首を捻る。
 特に接触はなかったが、もしかしたら村瀬の暴言が負担になっているのかもしれない。
 最近、元気がなかったようにも思える。
 昼食は小さなおにぎりが1つだけしか食べていないようだったし、授業中も突っ伏している姿を良く見た。
 迷惑をかけ通しだ。きっちり蹴りをつけたほうがいいに決まっている。
 何事もなかったように済まそうとしていた自分を恥じ、春樹は山浦の後を追いかけて博也のいるだろう教室に向かった。



「......で、2人で俺に何の用だよ」
 春樹と山浦が博也を呼び出した先は、校舎の外に設置されている非常口。
 前にここで話をした時は最上階だったが、今度は1階の階段の裏側にあたる場所だ。
 人気のない場所で、人に聞かれたくない話をするにはもってこいだった。
 呼び出しには素直に応じた博也だったが、態度はいつにも増して尊大だった。
 腕を組み、完全に相対する2人を見下す体勢だ。
「つっじー」
 山浦がひっそりと名を呼んで、服の裾を引く。
 それを見た博也の眼光がすっと細められた。
「村瀬。俺たち、別れることにした」
 春樹は表情を変えずに淡々と告げる。
 躊躇するような内容でもないし、これで山浦にちょっかいは出さない筈だ。
 ......ついでに、この一週間のように、自分を放置してくれれば万々歳だ。
 春樹の告白の後、沈黙がその場を支配する。
 動かないまま睨みつけてくる博也に春樹は困惑した。
 口も手もすぐさま出る男だ。無言で立たれるとどうしていいかわからない。
「そういうことだから。僕もう関係ないからね」
 山浦が春樹の後から顔を覗かせて言い、すぐさまその場を離れようとすると博也が動いた。
「まてこの百貫デブ!」
 逃げようとする山浦の首根っこを捕まえて引き寄せる。
「僕、百貫もないって前にも言ったろ?!」
「うるせえ!俺だってちゃんと調べたぞてめえ!この17.333貫デブ!」
 暴言を吐きながら、博也は山浦を羽交い絞めにしている。
「......ああ、1貫は3.75キログラムか。すると、山浦の体重は......」
 2人のやり取りを聞いて春樹は、つい考えてしまった。
「酷い!そんなの考えてないで助けてよつっじー!」
 俺よりも少し重いぐらいか、と脳内で計算し終わった春樹は、とりあえず2人の間に割って入る。
 すると山浦の身体を離した博也に、顎を掴んで引き寄せられた。
 久しぶりに博也の眼差しを受けて、春樹はぎゅっと拳を握る。
「春樹。こいつと別れる理由はなんだ」
「......理由?」
 別れたと告げさえすれば、終わりになるものだと思っていた春樹だったが、思わぬ質問を受けて固まる。
 つい、視線を山浦に向けて助けを求めた。
「性格の不一致だよむらやん」
 よれよれになった服装を直しながら、山浦が疲れたように口にする。
「性格の不一致だあ?本当か春樹」
「本当だ」
 山浦の言うことにはきっと間違いはない。
 至極真面目な顔で頷く春樹。
 すると博也は大きく舌打ちをした。
「嘘付け!こいつは豚だけどな、性格悪くないじゃねえか!」
「......」
 山浦を毛嫌いしていると思っていた博也の、思わぬ言葉に春樹は目を見開いた。
「頭だって悪くねえし、豚だけどな。それに悪口言われたってへこまねえ根性もある。豚だけどな!」
「ぶたぶたしつこいよむらやん!」
 ぐっと拳を握り締めて力説する博也に、春樹は驚くばかりだ。
「だからこの俺が、この豚を単なる豚から、人に見えるような豚にしてやろうと努力してんのに、てめえ性格の不一致なんかで振るんじゃねえよ!!」
 びしっと山浦を指差す博也。
 春樹は博也の意図が掴めず、ただただ博也の指を見て、山浦に視線を移した。


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