そのろく-5
「そっか、なるほどね。だから博也が手を出してないわけだ」
「......」
独白のように呟いた関谷の様子を伺いながら、どうすれば自分の上にのしかかっている男から離れられるか、春樹は必死で考える。
「じゃあここで俺が先に手出したら、面白いことになるわけだ」
すっと瞳を細めた関谷に、春樹の背に悪寒が駆け上がる。
背中を膝で押さえた関谷の手が、ゆっくりと下着の中へと潜り込む。
割れ目を撫でられる仕草に、春樹はじわりと目を滲ませた。
同じようなことをされても博也に対しては嫌悪感は殆どなかった。意思を無視する態度に腹立たしさを感じることはあっても、その手を嫌だと思ったことは一度もない。
あれは諦めがあったからか。......なら関谷に対しても諦めればいい。
そう思っても、春樹は身体が硬くなるのを止められなかった。
尻を撫で回されて春樹はだんだんと青くなっていく。
「せっ、せきたに......本当、俺っ」
「大丈夫、気持ちいー状態で終わるって」
「ッ......嫌だ、離してくれ」
ずりずりと前に這って逃げる春樹を眺めた関谷は、にやりと唇を歪ませると改めて圧し掛かった。
下着に突っ込んだままの手を動かし、トランクスをずり下げていく。
ちゅっとうなじに吸い付かれて抱きすくめられた途端、見知らぬ男のオーデコロンに包まれて春樹の涙腺が緩んだ。
動けぬまま、春樹は奥歯を噛み締めた。無表情に見えた春樹の頬をつうっと一筋の涙が伝う。
一か八かで背面の関谷を蹴り上げようと足を動かすが、逆にそのまま膝を割られて今度こそ息を止めた。
鼻歌を歌う関谷が背後で何かをしているのがわかるが、振り返って見ることすらもできない。
拘束されたままの指は、いくら引っ張っても外すことが出来なかった。
「あんま引っ張るなよ。指脱臼するぜ。結束バンドで止めたから、切らねえと外せない」
「ひっ......?!」
ぬるりとした感触を尻の狭間で感じた。驚いて身体を捩って視線を向ければ、手にしたチューブからジェルのようなものを出して下半身を濡らしていく。
関谷は濡れた手で、尻の合間から手を差し入れられて前を扱いたが、雰囲気に呑まれているのか春樹のものが反応する気配はない。
「......まあ、いいか。今日はこっちにしか興味ねえし」
身を硬くしたままの春樹を一瞥した関谷は、そう呟いて手を離した。
それからは本来性器ではないところを責められた。蕾の周辺を丁寧に濡らし、緊張を解すように揉み込む。
ある程度奥まった箇所を重点的に濡らしたところで、ぐっとぬめる指の先を押し込まれた。
「ア、っ」
仰け反った春樹は、自分の歯がかちかちと音が鳴るのを聞いた。
浅い呼吸を繰り返して必死で自分を落ち着かせようとする。が、更に押し入ってくる指先に余裕も何もない。
「せき、ッ......本気で......?」
「ここまでやっといて嘘ってのも、酷くねえ?......にしても、きっつ......」
そう言って笑った関谷が、怖くて堪らなかった。
ぐちぐちと嫌な音が立つ。頬に触れたシーツが冷たい。涙が染みているのだと気づいてもどうしようもない。
目の前をちかちかと光が瞬いた。
呼吸ができなくて必死で息を吸い込むが、喉がひゅーひゅーと鳴るだけで息苦しさは変わらなかった。
意識が掠れかけて、春樹は強く目を閉じる。
「いや、だ......ひろ、......っ、博也......」
「かっわいいな、わんこちゃん。ご主人様呼ぶ?」
覆いかぶさった関谷が、自分の携帯を春樹に見せた。
バイブ音を鳴らすその液晶には、着信を示す『博也』の文字と見知った携帯番号が浮かんでいる。
薄っすらと瞳を開いてそれを目撃した春樹は身じろぎをしたが、拘束されたままではその携帯を取り上げることはできない。
そんな春樹の目の前で関谷はピッと通話ボタンを押した。
『真吾てんめええええええ死ね!ぜってえ殺してやるッ!』
博也の怒鳴り声を聞いた春樹は、うっかり気が緩みかけてしまった。
一瞬意識が遠のきかけて、まだ自分の危険が去っていないことを思い出す。
「ひろ、っ!」
「よお博也。わんこちゃん可愛いな」
春樹が呼びかけようとしたところで携帯が離される。
関谷は春樹の腰の部分に跨ると、そこで博也と話し始めた。
「ああ、っと、怒鳴るなよ。お前が言いたいことはわかってる。っあーはいはい。......ちょっと俺の話も聞けよ博也」
何を言っているかはわからないが、博也の怒声は春樹の耳にも聞こえてくる。
会話に気を取られているうちにどうにか離れられないかと春樹は悪戦苦闘するが、しっかりと腰を押さえられて動けない。
そのうちに、関谷は聞き捨てならないことを言い出した。
「お前が、俺に抱かれるっていうんなら、辻村は離してやるよ。......どうする?」
「!」
逃げようと足掻いていた春樹は、関谷の言葉に身動きを止めてあっけに取られて上を見やる。
にやにやと笑っている関谷は冗談を言っているようでもあったが、電話の向こう側は押し黙ってしまった。
「俺、お前が好きだし。辻村も捨てがたいけど、お前が俺とセックスするんならこれ以上手を出さないでやる」
ワントーン下げて、関谷が畳み掛けた。
春樹は驚愕のまま関谷を見つめる。
自分にも手を出そうとし、あまつさえ博也にまで手を出すのか。
萎縮していた心に、じわっと違う色が混じった。
例えるならば、燃えるような赤。中に広がっていく炎の朱色に、恐怖で固まっていた身体が動き出す。
「あん?ああ、で?............よし!男に二言はねえよな博也。たっぷり可愛がってやるよ」
ぱっと関谷が明るい声を出した。先ほどのような博也の怒鳴り声は、もう携帯から聞こえてこない。
......更に、春樹の怒りが増した。
「ああわかってるって。ちょっと待ってな、いまつじむ、ぅわ!」
今まで春樹を犯そうとしていた割りに、関谷はもう興味をなくしたかのように腰を浮かしかけた。途端に起き上がった春樹にバランスを崩してベッドに倒れこむ。
はっと関谷が視線を上げると、ゆらりとベッドの上に立ち上がった春樹が強い眼差しで睨んでいた。
「あ、れ......わ、わんこちゃん......?」
春樹の纏う雰囲気に、関谷は息を呑んだ。
後ろ手に拘束されたままの手はそのままだ。
服を脱がされた春樹は手元にシャツを絡ませ、その身体には何も身についけていない。
立ち位置は変わったが、それでも十分まだ関谷の方が有利であるはずだというのに。
怒気がオーラのように見えるようだった。普段淡々としている春樹が完全に怒っている。
身長も上背もそれなりにある春樹が出す威圧感に、関谷は背中を冷や汗が伝うのを感じた。
『真吾!さっさと春樹出せよ!お、お前、約束守れよ......ッ!』
関谷の脇に転がった携帯からは、返答のない関谷に焦れたように騒ぐ博也の涙声が届く。
それをちらりと見やると、春樹は足を上げた。
関谷が見ている前で、その足はゆっくりと下ろされていく。
博也の声を発信し続ける、うつ伏せに転がっていた携帯電話の上に。
『おい真吾!しん』
バキ。
折りたたみ式の携帯が逆に曲がり、それきり沈黙してしまう。
関谷はそれを見て頬を引きつらせた。
「辻村、おま......」
「関谷」
「は、はいッ?」
春樹の声にも明らかな怒気が孕んでいる。どうして俺がびくびくしてんだと思いつつも、関谷は僅かにあとずさった。
そんな関谷を追いかけて春樹が動いた。
先ほどまでとは一転、立場が完全に逆になっていた。