そのはち-3



 それからの博也の様子は、少しおかしかった。
 最初の楽しそうな時とも、不機嫌になった時とも違う。
 博也は自分の思ったことを口に出す方だと春樹は思っていたが、押し黙る博也を見ていると、違うこともあるのだと気づいた。
「博也、負けた」
 ゲームセンターでシューティングゲームをしていた春樹は、最終ステージ手前でゲームオーバーの文字が浮かんだのを見て振り返った。
 春樹は自らそのようなゲームに手を出すことはない。
 博也にやるように言われたからやったまでだが、一緒にやっていた博也はさっさとゲームオーバーになってしまい、春樹一人で続けていた。
 コンテニューするわけでもなく、春樹が手にしていた拳銃型のコントローラーを戻すと、眺めるだけだった博也が肩をすくめる。
「お前、こういうのやったことねぇのに上手いな」
「避けて当てるだけだろう」
 複雑そうな博也の顔に、春樹は少し不思議そうに首を傾げた。
 それができていれば博也は早々にゲームオーバーすることはない。
 いつもの博也であれば、そんなことを言われた時点で不機嫌になっているが、今日は違う。
「そうだな」
 何事もなかったように頷いて、春樹を招く仕草をした。
 春樹がゲーム機から離れて近づくと、博也は優しげな眼差しを向ける。なにやらこそばゆい。
 春樹が目を伏せると、博也は自分が買い与えたリングを填めた春樹の指に自分の指を絡めた。
 それは短い時間ですぐに離れる。
 視線を上げた春樹は、時計に視線を滑らせている博也を見つめる。
「そろそろ行くか」
 歩き出す博也に春樹は黙ってついていく。時間からいけば、夕食の時間だろう。
 わずかに後ろを歩く春樹を、博也は腕を掴んで引き寄せて隣を歩かせた。
「今日は楽しかっただろ」
 ちらりと視線を向けると博也は口調と同じく自信満々な笑顔だ。だが春樹がすぐに答えないでいると、不安そうに眉根を寄せる。
「楽しかったって言え」
 そんな強要とともに腕を掴まれる。少し痛い。
「楽しかった」
 ようやく春樹が答えると、博也は安堵したように笑みを浮かべた。
 その笑顔が可愛い。春樹が見惚れて目を細めると、それに気づいた博也は照れたような微笑みに変わる。
 絡み合った視線はどちらともなく解けていく。
 けれどどこか繋がったような気持ちになった春樹は、博也も同じだといいと漠然と思った。
 言葉少なにさんざん遊び通したパレットタウンを出て近くのホテルに向かう。
 暗くなる中に浮かび上がるホテルを眺めると、心が跳ね上がった。
 いよいよと思うと、なんだか気持ちが落ち着かない。
「博也も、楽しかったか?」
「ああ。でもこれからも楽しみだ。早くお前と二人きりになりてえ」
 気をそらせようと何気なく問いかけると、春樹の肩に手を乗せて身を寄せた博也にそう囁かれた。
 思わず博也を見ると、情欲を灯す熱い視線にぶつかる。戸惑いを浮かべる春樹の耳に、博也は軽く息を吹きかけた。
「博也ッ」
「だっせ!こんぐらいで動揺してんじゃねえよ」
 春樹が耳を押さえながら身体を引いて怒鳴る。そんな春樹に博也はぺろっと舌を出して笑った。
 その仕草に自分の緊張をほぐそうとしてくれたのかと、春樹は頬を緩める。が、
「あー早くセックスしてえ」
「......」
 堂々とそんなことを口にする博也に、そっとこめかみを押さえた。
 浮かれている博也とは対照的に冷静になっていく春樹は、最後まで上手く行くのだろうかと不安に駆られる。
 すっかり忘れていたが、下着に擦れて痛む性器はいじりすぎて真っ赤になっている。胸の突起も同じく腫れていた。
 準備をしようとして失敗した結果を思い出して、春樹はわずかに表情を歪ませた。
 暗がりの中での春樹の表情の変化を博也は見逃さない。
「今更嫌がったって逃がさねえからな」
「......」
 きっぱり言い切った博也に、春樹は頷くだけで留めた。
 程なくしてホテルにたどり着く。
 大きくそびえ立つホテルは疎い春樹でも知っているところで、広いエントランスロビーは高級感が溢れていた。
「待ってろ」
 博也は春樹をソファーに座らせるとフロントに向かった。
 場所柄、旅行客が多い。
 家族連れやカップルを見ていると、若い男2人だけという取り合わせの自分たちも、そうそう違和感なさそうだと春樹は胸をなで下ろした。
「飯、イタリア料理だから。行くぞ」
 戻ってきた博也に誘われて連れ立って歩く。
 なんとなくこのまま部屋に連れ込まれるのかと思っていた春樹は、肩すかしを食らった気分だった。
 たどり着いたのはホテル内のレストランで、夜景の見える窓際の席に通される。
 ロビーのようなざわつきはなく、落ち着いた大人の雰囲気に馴染めない春樹は、無遠慮にならない程度に周囲を見回した。
 育ちの良さからこのような場所には慣れているらしい博也は、平然と手渡されたドリンクメニューを眺めている。
「この1890年物のワインを、」
「博也」
 ギャルソンを呼んで注文しようとしていた物に、春樹は名を呼んで諫めた。
 春樹も博也も制服を着ていなければ未成年だとはわからないだろう。
 しかし、だからといってアルコールを飲んでいい理由にはならない。
「ちっ......ま、いいか。飲み過ぎねえとも限らないしな」
 肩をすくめた博也は結局注文せずにメニューを返して、テーブルに肘をついて手を口元に寄せた。
 向かい合うように座る春樹をじっと見つめる。
 それほど広くないテーブルにはクロスがかけられており、博也はその下で春樹の足に自分の足を絡めるように延ばした。
 ふくらはぎで軽く足を擦られて、春樹はぴくりと反応する。
「部屋も、夜景綺麗だって話」
 テーブルの下のイタズラをよそに、博也は朗らかに告げた。
「そうか」
「悪い」
「......?」
 いきなり謝罪を口にした博也に春樹は軽く瞬きをした。
 手で隠した口元が、わずかに笑みの形を取ったのが見える。
「見る時間ねえかもしれないから、先に謝っておく」
 悪びれず告げる博也に、春樹は目を伏せた。恥ずかしさよりも申し訳なさが先に立つ。
 上手くできなければ、また博也に罵倒されかねない。それが怖い。
 奉仕だけで終わらせてくれないだろうか。
 ......無理だろうな。
 自問自答して結論を出した春樹は、出そうになるため息をかみ殺して運ばれた料理に手を伸ばす。

 どこか緊張を含んだ食事は、あっという間に終わった。


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