そのはち-4



 エレベーターで上に上がって入った部屋。
 部屋のキーがカードで入れることに驚いて、どんな仕組みになっているのか博也に聞いたが、博也はそんなことに興味を持つ春樹に驚いたようだった。
 結局、そのキーの構造は聞けないままに今に至る。
「ん......っん、.........ふ」
 春樹が住むアパートのドアより重厚なドアを開けると、廊下とは違った色の絨毯が敷いてあった。その奥にベッドや小休憩に使うソファーがあるらしい。
 らしい、というのは、春樹がそこまでたどり着けなかったからだ。
 部屋に入った途端、博也がドアに押しつけられるように覆い被さってきた。
 夜景は見れないかもという話は聞いていたけれど、部屋の中にもたどり着けないとは思わなかった。
 被さってきた博也に、唇を奪われて深く舌を吸われる。その激しさに付け根がぴりっと痛んだ。
 薄く目を開くと、ぎらぎらと強い光を灯す眼差しにぶつかる。綺麗だと思えるようにはなったけど、春樹にはまだ強すぎる。
 角度を変えながら口づけを続ける博也は、早急に春樹の服の裾を引っ張りだして、素肌を手のひらで撫で上げた。他人の体温に身体がぞくりと震える。
「ん、っく、.........っ!」
 わき腹から腹、胸板を撫でた手は突起を見つけるとソコを指先でつまみ上げた。もぞもぞと服の下を動く指に春樹は眉間に皺を寄せてしまう。
 擦れて痛む肌を刺激されるのは辛い。
「......っは、エロい顔......」
 キスの合間にそんなことを囁かれた。苦しげな表情と快感に震える表情は紙一重だ。
 普段より現れる表情にその意味を深くは考えずに喜ぶ博也に、春樹もあえて訂正しようとはしなかった。
 博也の喜ぶ顔を見れるのは嬉しい。痛みしか感じぬ刺激に快感が混じる気がした。
「っ、ひろや......」
 掠れる声色にますます気分を良くしたのか、より強く刺激を与えられる。
 春樹は首を反らして目を閉じた。シャツをたくし上げられる気配にはっとしてとっさに手が出てしまう。
「なんだよ」
 抵抗するような春樹の行為に、博也はわずかに眉を上げた。あまり機嫌を損ねたくない春樹はわずかに首を横に振る。
「俺がする。博也の舐める、から......」
 どさくさに紛れて服を脱がずにすめばいい。快感に弱い博也であれば半々の確率でいけるのではないかと思った春樹だが、あっさりと拒否された。
「今日は俺がすんだよ。マグロになってろ」
「マグロ?」
「あーもー面倒だな......黙って俺に任せろっつってんの!」
 声を荒げる博也に春樹は身を固くする。だが、やっぱり身体は見せたくない。
「博也、俺がするから。尻に入れるんだろ。多少は準備もしてきたし、博也は寝ててくれれば......」
 言葉を重ねる春樹の口を、博也が手のひらで掴んで塞いだ。つり上がって鋭くなった眼差しに春樹はそれ以上なにも言えなくなる。
「お前、俺と『セックス』したいんだろ?したいんだよな。したいって言え!」
 強い言葉にがくがくと頷く。すると博也の眼光が緩まった。
「なら、俺がしてやるからてめえは大人しくしてろ」
「でも......」
「んだよ。俺の言うことになんか文句あん......」
 苛立った博也に、春樹は力なく首を横に振った。すっと目を閉じた春樹に、博也も我に返って自分の横暴な態度に気づく。
 謝罪の言葉を口にしようとするが、結局言葉にならなかった。目を閉じている春樹には、博也の迷いも気づかない。
 ただその身を委ねるように動きを止めたままだ。博也にはそれが心の拒絶に見えて、思わず大きなため息をつく。
 春樹は春樹で、そのため息が博也の機嫌の悪さを表しているようで瞼を震わせながらゆっくりと開いた。
「わる、かった。好きにしてくれ。もう何も言わないから」
「......」
 萎縮した態度。怯えを含む眼差し。手を出すのはたやすいが、本当に欲しいものはこのままでは得られない。
 博也は春樹の顔の脇に両手をついてじっと見つめる。
「キスは好きだろ、ねだれ」
 しばし見つめ合った後に博也から下された命に、春樹は何も考えずに答える。
「キスしてくれ博也。......愛してる」
 大人しく従う春樹に口づける。唇が触れ合っただけで下がった博也を春樹は意外そうに見やった。
 少し落ち着いた様子の春樹に、博也も深呼吸して自分を落ち着かせる。
「言いたいことあるなら言えよ」
「何もない。博也の好きにすればいい」
 一度引っ込んだ意見はなかなか出てこない。博也は春樹の頬を軽くなでると、指先で唇をなぞった。
 ゆっくりと、でも途絶えることのないその動きに春樹は戸惑った。
 変わらず食らい付きそうな眼差しを向けてくるが、言わない限りはそれ以上の触れ合いをするつもりがないらしい博也に、春樹は僅かに唇を動かす。
 それに反応してか、博也が手を引いた。
「ほら」
 催促はするがもう触ろうとしない博也に、春樹は黙っていようと思っていたことを口にした。
「............服を、脱ぎたくなくて......」
「は?」
「悪い。博也の好きにしていいから」
「どうして服脱ぎたくないんだよ」
「......」
 理由を問われるのは今までにないことだった。思わずぱちりと瞬きをする。
 するとその顔が可笑しかったのか、博也は口元を緩ませた。
「春樹。......なあ言えよ」
 呼ばれた名前の優しい響きと、その表情に促された春樹はまた口を開いた。
『自分で、感度を上げようとして突起や性器を弄りすぎて、弱い部分を腫らしてしまって痛いんだ』
 それを博也に告げることを考えただけで、恥ずかしさが増した。
 珍しくかあっと頬を赤くした春樹に、何事か分からないままに博也は欲情を抱く。
 身体を渦巻く熱に博也は春樹に触りたくて仕方がないが、それを必死で耐えた。
 問いかけることもせず、春樹が答えるのを待つ。
「わ、笑わない、か......?」
 博也は黙ったまま頷いた。口を開けばまた要らぬことを言ってしまうと、博也も自分を分かってきている。
「感度が、悪いって......博也に言われたから、俺自分でどうにかしようと思って」
 伺うような眼差しを向けられる。目線はわずかに春樹の方が上にも関わらず、上目遣いと潤む瞳に博也は手が出そうだった。
 ぼそぼそと話す春樹に耳を傾ける。
「桜庭に、ローター?とかいろいろもらって、その、弄ってたら......」
 羞恥を堪えて春樹が服をたくし上げる。露わになった厚めの胸板と、真っ赤に充血した二つの突起に博也は理性が消えそうだった。ぎりぎりで止められたのは切々と訴える涙声のおかげだろう。
「い、痛くて......言われた通り、やってるのに全然良くなくて、でも、何もしてないのも、また博也に怒られそうで、怖くて......」
 心情の吐露。不平不満があっても、ほとんど口にしたことがなかった春樹は、それがとても難しくて仕方がない。
「ペニスも、その......似た状態で、い、たいから......だから、服、脱ぎたくなかった。こんなの博也に知られたくなかった」
 言い切った春樹は肩で息をして、腕で顔を隠した。照れて赤い顔が隠されたことに不満を持った博也はその腕を掴む。
「なに隠してんだよ」
「すごい、恥ずかしいんだ。俺を見ないでくれ......」
 顔を見ようとしても、春樹は頑なに腕を退けようとしなかった。なので博也は春樹の下半身に手を滑らせる。
「どうなってるか、見るぞ」
 ジーンズを脱がしにかかる手に春樹は抵抗しなかった。どちらかといえば協力的に足を引き抜く。
 けれど、顔は腕で覆ったままだった。下着を下げられて下肢が外気に触れる。
 じっと凝視する気配に、春樹は羞恥の火で燃え尽きそうだった。
 博也が見る限り、萎えたままの性器は充血して先端が腫れていた。軽く息を吹きかけると春樹がぴくりと震える。
「これ、便所のときとか痛くねえの」
「痛い」
「そっか。......なあ腕退けろよ。キスしてほしいだろ春樹」
 立ち上がって囁くと、ゆっくりと腕が下がった。涙を溜めるまなじりに博也は指を滑らせる。


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